錆びること無し、その刀
「雪げ、錆丸」
「なんだ、その刀」
「れっきとした日本刀ですよ。少々特殊なだけで」
彼が刀で払うと水の壁は刀の軌跡通りに切り裂かれてしまう。足止めをするのに特化しているこの魔術が意味を成していなかった。
「嘘だろ。鋼鉄ですら切り裂く高水圧の水の壁がそんなもので壊せるはずが無い」
「ですが現に攻略されてしまっていますね。どういうことでしょうか」
言っていても仕方がない。あいつの言う通り、水の牢は突破されてしまっているんだから。
マイクラストは魔術を解除する。こんなものに魔力を使うなら他のものに使った方が良いからだ。とは言っても相手の魔術の原動力が分からない以上、下手に手を打てない。
恐らく、あの刀に何か魔術が施されているのは分かる。でなければわざわざ抜刀するときに詠唱をする必要が無いからだ。だがそれよりも明確に戦うのに厳しい理由がある。
「さて、眠ってもらいますよ」
「そうくるよなさすがに」
男はマイクラストに向かって迫る。杖を持っているからして接近戦が得意じゃ無い相手に対して距離を詰めるのは正しい判断だ。考える時間は与えてくれないか。せめて時間稼ぎになれば、と逃げながら詠唱する。
「……やるか。満ち満ちて爆ぜろ、泡霰」
杖の先からシャボン玉のような泡が宙に舞っていく。一つが割れて攻撃性が無いと判断した男はその泡の中を無視して突っ込んで最短距離でマイクラストに迫る。全身が泡のある中に入ったところで後ろを見たマイクラストは杖を向けた。
「爆ぜろ」
泡は水の爆弾へと変わり、爆ぜた衝撃で木々は倒れ砂土が舞って男の姿は消えた。
さすがにこれでやったとは思えない。合流を優先して家接を探して森の中を走り回る。
「あ、今の爆発は?」
何かの準備をしていた家接をやっと見つけた。
「何してたんだ。僕が戦っていたのが見えなかったのか?」
「そんなことはないけど、でもやられるとも思わなかったからさ」
信じているのか見殺しにする気なのかどっちか分からない。まぁいつものこいつを見ていればたぶんきっと前者なんだろうな。土煙が晴れて見えるようになった遠目に見える彼の姿には確かに攻撃の跡はある。あるが、かといって聞いているようには全く見えなかった。
「あれが、感知したっていう相手だね」
「手強いぞ多分。それに変な刀を使ってくる」
近づく男は錆び付いた刀を一振りするとさっきまでマイクラストの攻撃によって汚れていた服が一瞬のうちに新品同様に生まれ変わった。歩く姿には相当の余裕があるのか、二人に増えたところで関係ないと言いたげだ。
「さて、それで私を倒すつもりですか?大人しく彼女の元へと連れて行った方が懸命ですよ。私とてこれ以上無用な争いはしたくないのでね」
「残念ですが、それはできない約束です。サイドゥンは一度標的にしたら相当のことが無い限り諦めないので」
家接はそうは言ったがすぐには動き出さなかった。正直言って、仕掛けたものが意味のにない物になったことは残念だけど刀剣を用いる以上遠距離中心の戦いを得意としないのは確かだ。このまま一定の距離を取って戦えば勝機は十分以上にあるはず。
「確かにそう考えるのは妥当です。ですが私は貴方たちに興味が無い。すぐに撤退するか、我が愛刀の餌食になってもらうだけですね」
思考を読む何かしらの能力か。それってどこまで読めるんだろう。
家接は相手の能力を前にして真っ先にそれを思った。なら、一度やってみよう。
「錬炎、悉く燃やし尽くせ」
先祖返りの力を解放した家継は相手に向かって炎の風を纏った短剣を投げつける。同時に足に力を込めると跳躍の要領で側方に跳んだ。空中で短剣を拾い上げ、勢いの付いたまま腕を払う。
金属のぶつかる音がすると同時に地面で踏ん張ることで砂埃が巻き上がる。そのまま後方に押されていたが背後にあった木に背中が当たることで勢いが止まった。それで短剣と触れ合う刀は熱を受け取り始めて少しずつその色を変えようとしている。
「荒いかたですね」
「それはどうも。決断力を鍛えた方が良いと思っていたので」
そのまま纏った風で勢いをつけて振り切る。咄嗟に剣を立てた相手は傷を負うことは無かったが、短剣はそのまま切っ先が木に当たる。その先が一瞬にして粉微塵になってボロボロと崩れるのを見た男は認識を改めたらしかった。
「そこまで一気に出力が上がるものですか。驚きですねこれは。なら、これも受けられますか?」
好奇心を乗せた一撃を家接は軽々と受けたが、異様な違和感を覚えた家接はすぐに短剣から手を離して攻撃を避けた。短剣を握っていた手を何度か開いて閉じるが問題は無い。今のはなんだったんだ?
「お答えしましょう。私の錆丸の能力は洗い流すというものです。短剣に纏わせた炎、魔力によって生み出された雷、そして先祖返りの能力を開放しているという状態。あのまま触れていれば先祖返りの力を失った時の反動で受け切れていなかったですよ」
短剣を拾って試しに炎を纏わせてみるが問題は無かった。文字通り濯ぐということらしい。
「なるほどな。それなら問題ない」
「マイクラスト?」
杖を持った彼が出てきた。彼の足取りはぬかるんだ地面を踏むことで姿が見えなくてもどこにいるのかははっきりと分かる。当然、男はその木々の中へと踏み込んだ。近接戦になれば勝てないのは分かっているはずなのにどうしてそんなことするんだ。家接も遅れて木々の中に入っていったがそうして良かったと思った。
「波紋は消えた、ゆらぎが示すは彼の敵。水面に沈み凪を成せ。水纏、空殻」
「同じ手が通じると思っているのか。こんなもの」
一振りで魔術は解かれる。だがそれを見こしてすでにマイクラストは詠唱を始めていた。
「見える世界は傾いて、止まる世界に気づけない。砕けて散るのは血と命。氷纏、空殻」
全てが一瞬にして凍り付く。そんなことすら気づけずに、マイクラストは杖を振るって氷を砕いた。
殺す気でいたとはいえ、本当に殺すとは思っていなかった。氷の欠片となった相手を見てマイクラストは思い耽る。
「良い攻撃でしたが、一歩及ばずですね」
「なにっ!」
剣をマイクラストに向かって振り下ろす直前、家接が割り込んで攻撃を受け止める。
「すまん家接」
「大丈夫、とにかく離れて!」
もう片方の手で魔術を使おうとしている。受け止めたまま下がって木々を利用しようとするが、足がもつれて地面に押しつけられる形になってしまった。
「天は君を味方してくれないようだ。貴重な先祖返りがこの世から消えるのは残念ですが、目的のためです。必要犠牲というやつですよ」
マイクラストの魔術でも僕の魔術でもこの距離の攻撃は防げない。……どうする?
「魔弾、射出」
その一撃は男の左手に致命打を与える。ゆっくりとこちらに近づいてくる三つの足音。
顔を上げると、そこには見知った相手がいた。男は何事かと思い僕から離れていくが、逃げることすら許さないと言いたげに魔弾の追撃が迫る。
笑みを浮かべた彼女は、その魔眼を見開いて恍惚な表情をしている。
「やっと見つけた。どうやら、私自らが手ほどきをしてあげないといけないみたいだ」
「……ありがとう、サイドゥン」
やはり彼女は、心強い。




