啼け、永久に
水平線の見える岸に立ち見えないはずの向こう側を眺める。
ゆっくりと座るとまるで緊張の糸が切れたように体の力が抜けていく。腕も足も、動かし方を忘れてしまったみたいになって空を仰ぎ見た。
「……………………短いな」
最後の一カ所。彼らはもうこの地を離れているだろうか。
いや、きっともういないだろうな。ビーコンを置いても達成感なんてものを感じることは無かった。
ミストガンからしたら私が裏切るなんてことは予測できたのかな。
「こんなことならもう少し外の世界を楽しんでおけばよかった」
魔力はもうほとんど無い。使い切った体がゆっくりと地面に体を預ける。最後に見える景色が個々で良かった。沈みゆく夕日と共にルッチの目はゆっくりと閉じていく。
「さようなら。この世界とのお別れに祝福を」
死の間際に起動した彼の魔術はビーコンの一つを起動させる。
それが網のように他のビーコンへと伝播していくと全てのビーコンが滞りなく起動する。
鳥籠を思わせるような魔術はゆっくりとカーテンを引くように大陸を覆い隠していく。そうして何もかもを隠してしまった彼の魔術が世界を隔てた。これ以降、歴史にその大陸の存在が消えることは無いが実質的に消えたと言っていい。再びその大陸の姿を見せるのは何年後になるのか。
それを知るのはきっとルッチだけだ。だが彼もまたこの世の生はとうに全うした。
そして、消えた世界に目を向けられるほど隔たれた世界は平穏ではない。
オーストラリアの消滅が、世間に大々的に報じられて数日。彼の魔術は完成に至り一時的に姿を見せていた大陸も雪広のおかげで戻って来た今、再び見ることは叶わない。
これが魔術師にとって、はたまたNo.0にとってそしてあるいは何も知らない人々にとってどんな影響を与えるのかは分からない。ただ分かるのは、もうNo.0がどんな手段を使ってくるのか分からないということ。裏切り者がこうも続けて出た今、悠長に事を進めることはできなくなっているはず。
ともかく今は、オーストラリアの事後処理に誰もが務めないといけない。
そして僕達もまた、ロビンソンたちの件をイギリスに伝えるために魔狩師協会に来ていた。
「なるほど。君がノームの先祖返りっていうロビンソン君か。そしてそのお目付役のウルラちゃんね。二人ともよろしく。僕は空咲譲。気軽にカラ爺って呼んでくれるかな」
「何してるんですかカラ爺。二人はサイドゥンさんの研究室の共同研究員っていう名目になっているんですから手続きを早くしないと。あっちの事務の人はみんな口うるさいんですから。こっちの気にもなってくださいよ」
「あはは、ごめんごめん」
「カラ爺なんて呼ばなくていいんだよ愛歌。こいつは空咲って名前がちゃんとあるんだから」
そう言う彼女は今もなお転移の魔術で消費した体力に息切れしている雪広の方へと向かった。
確か、あの人は白井さん?最初にこの魔狩師協会に来た時に会った以来だからあまり記憶に無い。
雪広を覗き込むようにしている彼女に対して椅子で休憩していた雪広は目を開けると白井の存在に気がついて睨みつける。
「柚葉、何の用?」
「なんでもないよ。静ってこんなことでへばるんだと思ってさ。やっぱり実践ってなると難しいよね、静じゃさ」
「へぇ、こんなとこで依頼が来るまで暇してる人がそれ言う?私、カラ爺のところで働いてて暇だったことないから分からないなぁ」
「はぁ?言うじゃない。なら、今から模擬戦でもする?そしたらはっきり差が分かるもんね」
「受けて立つわ。あんたなんてちょっと休憩したくらいで十分よ!」
さっきまでしんどそうに疲れていたことなんて忘れているみたいに雪広は立ち上がって彼女を睨みつける。このまま一番近い練習部屋に向かっていってしまいそうだ。
「ちょ、落ち着いて二人とも」
思わず割り込んでしまったが、案の定彼女に睨まれた。
「あなた、誰?」
「柚葉が知るわけ無いじゃない。こいつは家接。シルフ、風の精の先祖返りよ」
彼女はふぅんと言うとさっきまでの勢いを無くす。何か思うところがあったのか。まぁそれは良いとして二人とも頭が冷えたのか椅子に座る。隣あって座るのは嫌だったらしく二人の間には一人分くらいの隙間が空いている。
「ちょっと家接」
「ん?ってあぁ!」
片手を引っ張られて無理矢理その間を埋めるように座らされた。
とんでもなくいたたまれないが、これで喧嘩が起きないならそれでいいか。気まずい雰囲気を感じ取りながらしばらくするとカラ爺並びにサイドゥンやロビンソンたちが戻ってくる。手続きなんかは終わったみたいで、後は帰るだけでいいらしい。
「思い返してみると、全然日本観光をできなかった。それに、あっちでは惜しいことをした」
未だに彼女はⅡの持っていた魔眼について悔やんでいた。どれだけ魔眼に執心しているんだ。まぁ、魔眼のためにわざわざあんな屋敷に出向く行動力があるんだ。尋常じゃ無いのは確かだな。
「というわけだ。空咲譲はいるかな」
「誰か、僕の事呼んだ?」
彼女の後ろにいたカラ爺は答えた。驚いて体が跳ねた彼女は咳払いをする。
「少しお願いがある。この辺りで魔眼が絡んだ事件だったり問題だったりあったりしないかな。もしよければ私が無償でその事件の解決をしたいと思っている。幸い、休暇中に起きた事態も事態ということであと一週間ほどはこっちいることができる。どうかな、そこまで悪い話だとは思わないけれども」
悪い話では無い。だがそれは全面的にサイドゥンから見た場合の話だ。
魔狩師協会からしたら魔眼マニアの少女が徘徊するのをみすみす見逃しておけない。
「まぁ、別にいいけれど条件はつけさせてもらうよ。一応ここは日本だからね。管轄外の場所の不都合は許して欲しいかな。あと、オーストラリアの件に片が付いたら一度戻って来てもらうよ。今後のことについて一つ、話しておかないといけないことがあるから」
「もちろん。それくらいは受け入れるとも」
しばらくしてサイドゥンはその条件を受け入れて魔眼を持つ人物によって被害を被っているであろう場所に向かった。運転席には白井。助手席には暢気に眠りについているサイドゥン。そして後方の席には雪広と僕、マイクラストが乗っていた。
「待て待て待て。なんで僕がこの面子の中に放り込まれないといけないんだ」
「僕が一人だとこの三人を止められないからだよ」
静かに三人を見回すとゆっくり頷いた彼は嘆息した。メイニーとよくいる彼からしたらこんな修羅場みたいな雰囲気には基本的になりそうにないだろうから、状況に慣れていないのはお互い様。
巻き込んでのは申し訳ないけど、僕はこんなところで死にたくない。なんとか二人で止められたら良いな。
「もうそろそろ着くよ」
いやいや運転を引き受けた白井も道中は安全運転で目的地まで連れてきてくれた。ここからも安全とは限らないのは考えたくも無い。車を降りたサイドゥンはさっそく張り切って行ってしまいそうだ。
「さて、魔狩にいこうか」
「残念ながら今回は運び屋はいないですよ」
そんなことを彼女は聞いていない。ひとりでにこの不気味な団地へと足を踏み入れていった。




