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アンハッピー・アライブ  作者: 八千夜
8章 貴方が見えない世界の果てで

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君の見る景色

 三人の戦いに一旦の終わりを向かえて、サイドゥンはルッチの用意した隠れ家の一つに連れてこられていた。

「それにしても随分と酷い扱いじゃないかな、この麗しい美少女にする仕打ちとは思えないよ」

「捕虜になってもその口だけは随分と回るみたいだ。できればその華奢な肢体に傷はつけたくない。余計なことはしないことをおすすめするよ」

 そうは言ってもサイドゥンからすれば抵抗のしようがない。手足を縛られた今、最大の情報源である正常な視覚を有していない彼女にとって現在地を知る方法なんて無いに等しく、そんな不確定な場所で逃げる選択肢はそもそも無い。

「私なんかを人質にしてもあまり意味が無いとキミは思わないのかい?」

「あるとも。魔術協会の人達に無くともあのシルフの先祖返りには大いにこの釣り針に食いつく意味がある。それだけで十分さ」

 作業をしながら彼は答えた。ずっと衣擦れのような音が耳の周りを伝っていて、時折聞こえてくる水の滴る音から察するにそこまで言い拠点ではない。彼が目的のためにこの大陸中に設営した休憩地のようなものの一つのはずだ。

「ところで、一つ聞いてもいいかな?」

「本当におしゃべりが好きだね。作業をしていてもいいなら答えてあげてもいいとも」

「ならお言葉に甘えて。Ⅱの本当の目的はなにかな?」

「質問の意図が分からないな。これまでの私の行動を見て察することができないなら、よっぽどの鈍感だと見受けられる」

「なら、そんなにも負傷してまでその目的を果たそうとする理由は?やっぱりどう考えてもキミは組織に忠実に従っているようには見えない。じゃなきゃ今頃は私なんて魔眼を引き抜かれて捨てられていただろう。そうしないということは少なくとも殺す気は無いということじゃないのかな」

 あくまでこれはサイドゥンの予測。彼の答え次第では状況が悪くなっても仕方が無いほどの発言だ。ルッチはしばらく作業を止めることなく続けるとガタリと何かが動く音がして彼は「ふぅ」と息を吐いた。

 気づけばサイドゥンの両腕を縛っていた縄は解かれていて、ほとんど意味の無い目隠しを自分で取る。ルッチの方を見るとその手には魔石を持っているのが見えた。

「その疑問に答えよう。はっきり言えば、私は別にミストガンの思想に賛同しているわけでは無い。ただ自分に課せられた目的がとても都合良く感じたからだ。それにそもそも私は魔術世界になど興味が無い。魔術の世界で生まれたとしても、この身はとうに奇術の世界に委ねている。だから私は私のためにこの立場を利用したんだ。そんな魔術世界のいざこざに私の故郷を穢させないために」

「なるほど。つまりキミはオーストラリアの大陸をこの世界から閉じようとしているというわけだ」

「そういうことだとも。そこにあってそこに無い存在。人類史からオーストラリアが消える未来はもう目の前まで迫っている」

 それだけ聞けば陰謀論のように聞こえるが、彼にはそれができるだけの能力と準備をしてきたのだ。こればっかりはハッタリなんかではないとサイドゥンも感じた。

「そうだな。貴方たちが私の邪魔をしないということを約束できるのであれば私は一切手を出さないということを約束しよう。もとより殺生なんて望んですることじゃない」

「つまりここから何も言わずに出て行けっていう話かな」

「何なら決別の証を今見せてもいいよ。もう欲しいものは無い」

 懐中時計が地面に落ちる音がしてそれが強く踏みつけられて秒針の透かした硝子が砕けて響いた。

 サイドゥンは考えた。ここで大人しく引いてそのまま家接たちを連れてこの大陸を出るか、最大で最高の好機に乗じて彼を殺すかを。だがどう考えてもその天秤は傾かない。

「分かった。そうするよ。キミのような貴重な魔眼を死ぬまでに見れなくなってしまうという悲しみはあるが、それ以上に魅力的なものはこの大陸の外にある。また会うことがあればその時は今度こそその魔眼、いただくことにするよ」

「ああ、そうするといい」

 私は杖を返してもらうと、その小さな小屋を出て行く前に彼がいるだろう方向をサイドゥンは見た。

「さようなら。キミの幸せを祈っているよ」

 そう言って彼女が小屋から離れて一分経った頃だ。突然その小屋が木っ端微塵に吹き飛んだ。

 サイドゥンは振りかえることもなく、その手に握られている札を見る。

「やはり彼の札の性能は抜きん出ているな。こんな魔術を札に格納できるなんて正気じゃ無い」

 そう言って魔術の使えなくなった札をゆるやかに吹く風に靡かせるようにゆっくりと手を離した。

 小屋の中にいたⅡはそれに気づいて予め逃げていた。塵芥と化した小屋を彼はただただ呆然として眺める。

「これが魔術師か。……やっぱり私には向いていないな」

 


 サイドゥンはあてもなくしばらく歩いていると遠くから聞いたことのある声がした。目を開けるとそこには家接らしき人影と他数人の姿があり、彼女の前で車が停まる。

「僕達一生懸命探してたんですよ。どこに連れて行かれたんですか?」

「その件は後だ。とりあえず雪広を今すぐ呼んでくれ。あとはあの背の高い男もだ」

 とりあえずそのまま魔術協会に向かい、彼女が言った人たちを集める。部屋には彼らと共に何人かの魔術協会のお偉いさんも同席していた。

 理由はこれもまた、彼女がそうして欲しいと言ったからだ。空気としては少し堅苦しいものがあるがそれもこんな時では仕方ないだろう。全員が見える位置に立ったサイドゥンは、攫われていた間の状況を説明し始めた。

「私がこうして無事に戻ってくることができたことからも分かるとおり彼、つまりⅡは私たちと敵対するつもりは恐らく無い」

「だが君はⅡに気絶させられて連れて行かれたとそこの少年が言っていたぞ。意識を失っている間に何かされているなんていう可能性は大いにあると思うがね」

「話が逸れるから、黙っていてくれないか。そんな無駄口を言わせるために私はお前たちのような老獪を呼んだわけじゃない」

「なっ!」

 すぐに何かを言い返そうとしていたが、僕と酒花さんで何とか落ち着いてもらう。静かになると彼女はまたⅡとの会話について話始める。

「彼との会話の中でⅡ自身の果たすべき目的について知ることができた。これについてはまだ私は明かすつもりはない。というよりも明かすことができないといった方がいいかな」

「ミトラの書か?」

「そんな大それたものじゃない。彼の魔眼が少々特殊な物だったとだけ言っておくよ」

 それだけでこの界隈に長くいる老獪の方々は察した。たとえ主要な大陸から離れたこの場所でも魔眼所有者は現れる。そして複雑怪奇な魔眼のことについて話すと時間が余計にかかるのは彼らであっても理解していた。

「ともかくだ、Ⅱはいずれ訪れるであろうNo.0との戦いの戦火にこの地を巻き込みたくないみたいだ。だから彼はオーストラリアを閉じて世界との繋がりを絶とうとしている」

「それだけを聞くとあまりオーストラリアの人からすればあまり悪い話でもない気がするね」

 楽観的な見方をする酒花に対して集められた魔術協会のご老人方は真っ向から意見が違っていた。

「それはつまり、我々はそのⅡが敷いた魔術の檻の中で一生を生きていかねばならないとうことだろう。ましてやNo.0はその主要メンバーの半数すら目撃情報が無いというのに、なぜそんな奴らに怯えて従わなければならないんだ。しかもその魔術を敷いている本人もまたNo.0の幹部だなんて馬鹿げた話だ」

 呆れたように言う老人だが、サイドゥンはもう彼らへの説明はするだけ無駄だと内心分かっていた。だから彼らに印象付いたサイドゥンの高圧的なイメージを利用する。

「なら、あなた方だけでⅡを見つければ良いのでは?それで彼を殺すなり焼くなりすればこのオーストラリアが世界から断絶されることはないのだから。私たちはあくまで消えてしまったオーストラリアの調査という名目でここに来ている。もし万が一Ⅱの言うとおりになるのだとしたら即刻ここを発つだけだ。それに、状況を理解していないようだから言っておくが、彼はすでにこの大陸を隠すための準備をほとんど終わらせているよ。今から私たちが血眼になって探したところで見つかりやしない。この大陸中をどうやって探すんだ。もうⅡを倒す倒さないを考えることのできる段階を過ぎているんだ。いい加減考えてから発言してくれ」

 やっと状況を察したようで、それ以降何も言うことはなくなってしまった。すでに彼が魔術の起動準備をも終えていると考えると残された時間はあまりない。話に参加していなかった雪広だがすでに外で日本に帰るための準備を進めている。

「ところで、そこで聞き耳を立てている二人。何か話しでもあるのかい?」

 目の見えていないサイドゥンに気づかれて驚いたんだろう。隠れていた二人は声を上げてその居場所をばらしてしまう。いそいそと出てきた二人は何か言いたげに彼女を見ていた。

「もし、オーストラリアを出るなら僕達も連れて行って欲しいんだ」

「私はほら、一緒にいておかないと何をしでかすか分からないから」

 ロビンソンとウルラはそんな言い訳をして僕達の帰路に着いてこようと懇願した。時折老人たちの様子も伺いながらの二人になんと言えば良いか分からない様子で困り果てている。だがサイドゥンはそんな彼らの要求をあっさり受け入れた。

「私の研究室に所属するというのなら多分問題ないと思うがそれでも良いのかい?私の本拠地はイギリスだけども」

「良いよ!海の向こう側に行けるならどこでもいい!」

 喜びに満ちた子供の声に見ていた老人は止めることすら叶わない。

 準備が整い次第、ここを出て行くという話になるのには時間はかからなかった。雪広のところに行くと魔方陣の上に大量の魔石が置かれてその外側にある屋根の下で熱そうに手で仰ぎながらみんなが来るのを待っている。

「遅い!どれだけ時間がかかってるの」

「そんなこと言われても」

 こればっかりは僕達でどうこうできる話じゃない。遅かれ早かれ彼らに説明する時間は必要だったわけだし、逆に短時間で済ませたサイドゥンを褒めてあげて欲しかった。

「静の言うことも一理ある。早めにここを離れた方がいいことには違いない。もう準備はできているんだろう?」

「当たり前でしょ。早く陣の中に入って」

 予め陣を大きめに作っておいてくれたおかげでロビンソンたちが入ってもなんら問題は無い。少し窮屈だなと思うのは気のせいだ。雪広は全員が陣の中に入ったことを確認すると本当に一瞬で転移してしまう。

「はぁ、はぁ。帰ってきたわよ」

 一体いつになったらこの損な役目から逃れられるのかと、雪広は息も切れ切れになりながら思った。

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