13-5
かつて多くの若者がかれを目指して騎士となり、その実力は古参の騎士を脅かすほど。それゆえかれと進んで対立しようとする者はいなかった。
アーノルフィニは分裂した王宮騎士の統一に、テオジール・クローヴィスを頼りとした。服従の代わりにテオジールは4名の減刑を求めた。アーノルフィニは交渉に応じる姿勢を見せたが、グランディオは反発した。グレンとキースも同様、それどころか変心したテオジールを強く非難した。曖昧な態度のアーヴィンを含むかれらを、テオジールは連日連夜、アストレーヴの地下牢を訪れ説得したが、3人は頑なにアーノルフィニへの忠誠を拒んだ。父親が若く病死し、ロスカに兄を奪われ、ほかに兄弟のいなかったアーヴィンは家の存続のために苦渋の決断をし、テオジールに従った。
なんども王宮へ来るテオジールにアーノルフィニは、今後一切ルードベックの減刑を要求しないのであれば、他のふたりの恩赦を認めると条件をだし、テオジールはここで見切りをつけた。
ハーシュメルトに関しては、はじめから罪に問うつもりはなかった。ハーシュメルトの父エドアルドの追放によって解消された、スフォルツァ家との美術品の取引を再開させたかったアーク個人の希望によるものだった。アクリの戦乱に乗じて武器を売り込みに行く商人が多発したとき、一貫して武器の売買に手を出さず、美術商としての誇りを守ったエドアルドの心意気が、アークは好きだった。
王宮の3階にある廊下を進み、突き当りの壁に飾られた絵画の前に立つ兄を、セシルはようやく見つけた。
「兄さん、ここにいたんだね。これ、エドアルドさんから」持っていた手紙を渡すとき、壁に吊るされた絵に気付いてセシルはおどろきの声をあげた。「この絵は! いつのまにか描きあげていたのか。兄さん、ルディアーノがよくこの絵を手放したね。サンセベリアへ持って行くと思っていたのに」
「買ったんだ。くれると言ってくれたけれど、さすがに無償というわけにはいかない。本人がそばにいるからこれはもういいそうだ。当の本人はすこしばかり残念そうにしていたけれど、いつでも観に来ればいいではないかと伝えておいた」
一定の間隔に絵画を飾り、この殺風景な廊下を画廊にしようとアークは考えていた。雨の日には軽い運動も兼ねて、長い廊下を観てまわるのだ。
アークはエドアルドからの手紙をひろげた。「次の交易の際にいくつか絵画を揃えてくださるそうだ、待ち遠しいね」
「そういえばハーシュがすねていたな、どうしてぼくに頼んでくれないのかと」
「芸術に関心のないかれの審美眼をどう信じろというのだ。ぼくはできれば駄作はあつめたくない。すねていたの?」
「ええ、この前もらった手紙で。それが主要な用件ではないけれど。気にはしているようだった、兄さんのことをね。具体的には書いていないけれど、ルードベックのことを聞きたいんだと思うよ。兄さんとふたりで話ができるのか、ぼくに聞いてきた」
「そう、困ったな。ぼくも案外孤独なのだとでも言っておこうか。やはり真実なんてものは言うのも聞くのも好きじゃない。価値のあるものならなおさら。どうも言葉というものはそれだけで俗臭芬々として、好奇心がうすれる」
途中から独り言のようなので、弟は黙って聞いていた。
「セシル、ハーシュの誕生日はもうすぐだったね、いくつになる? 18? あれを買っておいてくれないか。以前ルディアーノがかれに贈った香水を。クーラントに売っていたね? それをかれに送っておこう」アークはエドアルドの手紙をしまい、立ち去るときにもう一度、目の前の絵画に見入った。
かつてこの絵の人物が苦悩の呪縛に苛まれ、唯一の救いを連れて闘技場の控室に逃避していたときの姿を描いたものである。華やかな衣装は見事だが、なにかに心奪われて、ずれた王冠に気が付いていない。たくさんの花に囲まれて、くずれた姿勢で王座に座り、前方に右手を差し出して壮快に笑う絵の中のかれを見た者は、まるでこちらに声をかけられていると錯覚してしまうほど生動感があり、魅惑的だ。
アークは可憐な画家が描いたこの絵をとくに気に入り、いつまでも手放さなかった。おさないルディアーノの青い髪をたしかにこの目に見たアークは、未知なるエルトリアの魔術らしき力によって、神秘的で不可解な現象が万一にでもこの絵に現れはしないかと、頻繁に足を運んでは、想像を膨らませるのであった。この密かな想像が、若いセザン国王の、儚い生涯の娯楽のひとつとなっていた。




