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KING  作者: 安三里禄史
十三章
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13-3

「面影がまったくないわ。すっかり変わってしまったのね」ルディアーノはユリエラの画廊で見たサンセベリアの風景画を思い出して言った。

「帰るたびに建物が増えてる。ほら、あそこでは道路をつくっている。ぼくらの家のある丘と、海をつなぐ道だ。あの道沿いに商店をつくるんだって。リクトワールからもひとを呼ぶらしい。そうなれば外国製品をもっと手軽に買えるようになる」

 町を一望できるソルド橋から、建設が進む町のようすをふたりは眺めていた。

「川の左側の村が元々あったサンセベリアだ。あの村でソルドは生まれたんだ。家はもうないけど、円花壇の広場の3軒先あたりがソルドの家だったところだよ」と言ったところで、ハーシュメルトは背後の陸側から来る一隊を見つけた。「ああ、来たみたいだ。もう帰ろう。ルディ、きみはしばらく2階にいて。会わないほうがいい。色々聞かれるのも面倒だ、ね?」

「それなら、村のほうを見に行っていてもいい?」

「いいよ。かれらは村のほうへは行かないだろうからね。けど、気を付けてね。なにかあればすぐ闘技場か、うちに帰ってくるんだ、いいね?」

 心配するハーシュメルトと約束をして、ルディアーノは橋をおりて行った。



 一方、家に戻ったハーシュメルトは居間のテーブルに置いてある手紙をとった。差出人はレイミーだった。訪問者を待つあいだ、かれはソファに座り、手紙に目を通していた。内容はおおよそ、その後のアストレーヴの日常の報告だった。

 読み終えた手紙をしまいに2階の自室へ行っていると、階下にいる父親に呼ばれた。玄関にはリーズとジーク皇子がいた。

 ジークとその姉たちはロスカへの帰国が認められ、今日サンセベリアを発つ。かれらの乗る船には太陽神も積まれている。ドルレアン家の古記録に、昔ロスカからセザンに太陽神と思われる剣が渡ったという記録があった。が、それ以前の時代にロスカがセザンから持ち出したという記録は見つからなかったようだ。いずれにせよ、ハーシュメルトの暴挙への謝意を表し、アークが譲与を決定したのだった。

 帰国の前に「渡さねばならない物を届けるためジークが立ち寄る」と連絡は受けていた。ハーシュメルトと軽く言葉を交わしてから、リーズはジークを残して門のほうへ戻って行った。リーズはキングとしてサンセベリア会場の巡回も兼ね、ジーク皇子の護衛を任されていた。リーズのそばには側近となったマクスベルト・コーマックと、もうひとり少年がおり、それはリーズとおなじノーラル出身のアルベルト・グローリンだった。

 ジークは小袋をハーシュメルトの父に手渡した。エドアルドは袋をあけ、丁寧にくるまれた布をめくる。中身は銀製の蝶の形をした髪飾りで、いくら探しても見つけられなかった、妻ダリアの遺品だった。

「ロスカの内乱に巻き込み、そして被害を防げなかったことの責任は重く受け止めております。罪のないセザンの方々を苦しめた者たちを、わたしは赦すつもりはありません。かならず捕らえ、処罰する考えはけっして変わりません。セザンに、そしてセザン国民に、受けた悲しみを超える安らぎが訪れるよう、わたしは神に祈り続けます。どうか、御赦しください」

 ジークが話しているあいだ、ハーシュメルトは下を向いて聞いていた。父親は皇子へ、ロスカを責めるつもりはない、遺品を届けてくれたことはなによりもうれしい、と答えていた。

 ハーシュメルトは、「すこし待っていてください」と言って、部屋の奥へ移動した。そして居間に置いていた小さな布袋を取り、玄関へ戻ろうとすると、話声がしたため足をとめた。父親は王都会場での息子のおこないをジークに謝罪していた。ジークは落ち着いた口調で一貫して、相手に非はない、と答えていた。

 出るに出られなくなったハーシュメルトがその場でまごついていると「息子を呼んできます」と言う父親の声が聞こえたため、素知らぬふりをして玄関へ戻った。

「これを、持って行ってください」

「これは?」ジークは渡された袋の中を見て尋ねた。

「この辺りだけに咲く、サンセベリアという花の種です。縁起の良い花ですから、幸運をもたらしてくれると思います」

「ロスカの大地で生きられるでしょうか」

「力強い花なので、きっと。セザンでは、その花ひとつひとつにちゃんと意味があるんです。この花には、不滅という意味がこめられています。ロスカの、一刻も早い回復と平和を願っています」

 ジークは頷いて、袋の口を紐で固く結んだ。それから親子に一礼すると向きを変え、庭を歩いて行った。ハーシュメルトはその後姿を見て、扉を閉めかけた手をとめた。少年の罪悪感はまだ消滅していなかった。罪に苦しむのは自業自得であるにせよ、なにかひとつ、このままではいけないという思いがよぎった。今まで避けてきたのは、それが無意味で、己の救済にしかならない不毛なものだからだ。だが、それでもジークはここへ立ち寄り務めを果たした。かれの誠意を受け取ったままとするのは、あまりに不誠実ではないか。一瞬の臆病なためらいが引き起こした不誠実は、やがておおきな心残りとならないか。かれと対面する機会はおそらく二度と訪れないのだ。ハーシュメルトは思い切って、まだ庭を歩いているロスカの皇子を呼び止めた。

 急に家を飛び出した息子を心配してエドアルドは玄関へ戻った。息子は庭で皇子と話をしていた。息子は頭を垂れ、時おり涙を拭っているようだった。父親としては、息子の心に後悔があることだけはせめてもの救いだった。どうしても息子みずからの意志による所行だとは信じられず、かりにみずからの意志によるものだとしても、そうしなければならない何か、重責による使命感のようなものがあったのだと信じていた。

 ハーシュメルトが家へ戻ると、居間にいる父親は装飾品を置く台座をながめていた。息子はテーブルに寄り、父親の近くに座った。両手に持つ台座にはすでに母親の髪飾りが置かれていた。一部は破損し、細かな傷によって本来のかがやきは失われていたが、手元に戻ってくるだけでも奇跡と思われた。

「ようやく、帰ってこられたな」

 父親は呟いて、目頭を押さえていた。

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