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KING  作者: 安三里禄史
十三章
73/77

13-2

 王宮の一室にいるジーク・エリオスはアグニを待っていた。王都へ護送されて来た姉たちは投獄されず王宮内に留置されており、ジークが懸念するよりもはるかに寛大に扱われていた。きっかけとなった、ハーシュメルトの所行への怒りを相殺する手段としての慎重な配慮が背景にある。それでも数日のあいだ接触は禁じられ、今日になってようやく対面が許されたのだ。

 新国王となったアークにセザン渡来の理由を問われたあと、アグニはここでなにを聞いたか。ジークはそれが気掛かりだった。ノーラル付近の海からセザンに上陸し、集落の者に手引きされ、ウォールレストに着いた。そこであつめた情報で事態を詳しく把握していたようだが、所詮、遠く離れた地の風聞、真実には到底およばぬ話と言い聞かせるつもりであった。しかし、国王から告げられる真相を、いかにして偽れようか。闘技場の王の所行を赦せるロスカ人はいないだろう。少しの禍根も残さぬよう誓ったというのに。それが真実を隠し、ひとを欺く行為だとしても。

 ジークは王宮に保護されて以来、客室として使う部屋を与えられていた。3階にあるこの部屋の窓からは彩り豊かな庭園も、キングの居住する屋敷もよく見える。ジークはもう一度セレヴィスの娘に会って話を聞きたかったが、外出は許可されなかった。

 訪れたアグニが部屋に入ると、静かに扉が閉められた。疑問を抱いたジークが扉をあけると、外にヴァンクールが立っていた。監視しなくていいのか、と問うとかれは「じつの姉だと聞いた。ゆっくり話せばいい」と答えた。

 ドルレアンの好意に感謝し、ジークは部屋へ戻った。姉の面持ちは非常にきびしかった。

「姉上、これは父上の命ですか」

「おまえがロスカを発って1年となる。書状を渡すだけでなぜこれほどの時がかかるのか。おまえを連れ戻しに来たのは自らの意志だ。父上はいまそれどころではない」

「ロスカは現在どのような状況なのです」

「おまえの家族はみな生きている。が、まずはわたしの問いに答えろ。ジーク、ここでなにがあった? なぜアーキルらは死んだ? 殺したのはだれだ? 当時の国王はすでに亡く、いまの王はまだ日が浅いというではないか。先代王の息子のようだが、なにも知らぬと言う。闘技場にはまた別の王がいて、そこでのことを国王はいっさい関知しないらしいな。理解できぬ、セザンはどうなっている? 王がふたりいるとでも言うのか、それともわたしははぐらかされているのか。わかるように説明しろ」

「そうですか、なにも知らぬと言われましたか」ジークはアークの思慮深さに恐れ入る。「わたしにも、詳しいことはわかりません。けれど、関知しないというのはどうやら事実のようです。闘技場の王と呼ばれる者は、闘技場においての権力者であり、絶対であり、法であると。ただ、それ以上のことはわたしにもわからぬのです」

「わからぬとはどういうことだ。アーキルらはその闘技場でひとりずつ処刑されたのではないのか? ならば闘技場の王が命じたのであろう。それはあの少年で間違いないはずだ。なぜおまえは庇う? 庇う理由を頑なに言わぬのはなぜだ」

「手を下したのがかれではないからです、姉上。あなたは危うく無実の者を傷つけるところでした。ここはロスカの法の及ばぬところ。目先の正義にとらわれ真実を見誤れば、消えるはずの火種をまき散らすというもの……それを軽率だと言いました。姉上、かれらを手にかけたのはわたしです。わたしがかれら全員の命を奪ったのです」

 事実、ジークは4人の同胞を傷つけた。あの少年が闘技場にあらわれなくなった期間、みずからの手でかれらの体から血を流れさせたのだ。それをすべて己の所行であったと言い張るほかに、あの少年への、セザンへの争いの口実を与えぬ方法があるだろうか。アグニのように報復を考える者が後を絶たないだろう――誓ったのだ。

 1年前、ともにセザンへ来た7人の顔を、ジークは思い浮かべた。サンセベリアでまもなく捕まり、ウォールレストで身分を明かすも虚言だと鞭打たれ、王都では恐怖心から慎重になりすぎたと後悔しても遅い。

 王都の牢獄で、策があると嘘をつき、兄を出し抜き真っ先に犠牲となった弟アーキルは、悪夢のような現実を予見し身代わりとなったのだ。ジークの妻の叔父シャオフは抗おうと立ち上がり、その子セリクも父のあとを追った。セザン人に殺されるくらいなら皇子に命を預けたい、と涙で訴えた配下のひとりティエトラ。解決策を見出せぬまま一日でも長く皇子を生かさねばならぬ、と自らの死を望まざるをえなかった配下のトハイルとメルレイン。

 そして人数の減った牢獄で何度も諭された――我々の選択が皇子を罪人にしてしまう。だが、生き残るのは皇子でなければならない。セザン人は約束を違えるかも知れぬ、生き残ったとしてもさらなる困難が待ち受けているかも知れぬ。けれどもそれに耐え、この過酷で無慈悲な宿命を見届ける資格があるのは我々ではなく皇子ただひとりなのだ。けっして報復を考えてはならぬ。我々の目的はセザンとの争いを回避すること唯ひとつであり、ほかにはなにもない。身籠っているにも関わらず無謀な決心をした姉の代わりにロスカを発つと決めたとき、何度も念を押したはずである。予期せぬ困難に見舞われようとも、それに勝る覚悟がなければこの役目は任せられぬと。目的のためには多少の犠牲はやむを得ない、犠牲となるものが命であっても。こんな仕打ちと憎しみがわいたとしても、その憎しみはかつて被害を受けたセザン人も同じ気持であっただろう。元凶はロスカの内乱である。憎しみに囚われたとき、我々の死の経緯を思い出せ。恨みがむさぼる餌となるため死んだ者はひとりもいない。容易でないとわかっている、だがここへ来たからには誰かがやらねばならぬ。その立場にあること、この惨劇を避けられなかったことすべては宿命であったと認め、かならず目的を果たしてほしい。

 そうして最後に犠牲となったのは、ジークが幼い頃からよく知る現皇帝の重臣、ファルージだった。

「おまえはなにを言っている。殺すよう命じられたのか?」姉は訝しげな眼差しを弟にむけた。

「いえ、自らの意志です」

「ジーク、意味がわからぬ、気でも狂ったのか」

「はい、原因はわたしの乱心ゆえ」

「まともな説明をしろ。納得できるはずがない。乱心の理由はなんだ」

「わかりませぬ」

「言えぬ事情があるのか。乱心したのは誰だ? 正直に言え」

「わたしです、姉上」

「説明する気がないのだな、話を変える。おまえたちはサンセベリアで捕まったと聞いた。おまえたちはコルナへ向かったはずだ。なぜサンセベリアへ寄った?」

 勘違いをしたのだ。ロスカを出て南東へ進むと見えるちいさな漁村から、さらに陸沿いに東へ行くと着く、大きな港町を目指していた。だがその場所はちいさな漁村にはとても見えず、そこがコルナかと迷ってしまった。たしかめようと、湾の中に入って行くと、むこうの住人は我々の船を商船と勘違いして迎え入れた。住人から話を聞いて船に戻ろうとしたとき、セザンの騎士が現れ、地下牢へ連れて行かれた。4日ほどそこで夜を越すあいだ何度も事情を説明したが、信用してはもらえなかった。

 こう話すあいだ、アグニはずっと腕を組み、ときに不服そうな顔で聞いていた。情けない失敗に責める気も失せたのであろう、アグニはなにも追及せず質問を変えた。

「それで1年ものあいだ牢にいたとでも言うのか?」

「サンセベリアの商人一家を探しておりました。両国にある出入国の記録に相違があり、手間取りました。直前に渡航者の変更があったのを、ロスカに報告していなかったようです。それに、帝都にあった渡航者名簿が破損していたのも、発見が遅れた理由のひとつです。ですが、ようやく見つかりました。姉上の手を煩わせてしまい、申し訳ありません」

「それについてはおまえの言い分を信じよう。わたしに詫びる必要はない。セザン国王は謝意を受け取り、ロスカを攻めるつもりはないと約束してくださった。それでじゅうぶんだ。だがジーク、やはりわたしはアーキルの死について知りたい。乱心のきっかけはなんだ、なぜ弟まで殺さねばならなかった。ひとりで抱えるな」

「姉上、なにも聞かないでください。覚えておらぬのです、乱心中のこと、どうして覚えておられましょう。気付いたときには終わっていたのです。いつ始まったかなど思い出せませぬ」

「ウォールレストでわたしが聞いた話は何だ、ありもしないことが噂となるか? あの少年は罪を認めた。恐怖におびえ錯乱しているようには見えなかったぞ。ジーク、なぜ言わぬ。弟の死の原因を聞くなと言うのか? せめて言えぬ理由だけでも教えてくれ」アグニは力なく椅子に腰かけ、頭を抱えた。

「時にはありもしないことが噂となりましょう、姉上。かれが罪を認めたように聞こえたのは、闘技場で死人が出た事実に対して責任を負う、という意味ではないでしょうか。なんど問われてもわたしにはもう言いようがありません。覚えていないものは説明しようがないのです」

「どうしても話さぬか、ジーク。おまえは余程のことでも心の乱れぬ男だ。そのおまえが乱心したなどだれが信じる。わたしには話せぬということか、父上にどう報告するつもりか。おまえがファルージまでも手にかけたというのか、おまえが太刀打ちできる相手ではあるまい、抵抗せずに死んだというのか? 配下の者は誰ひとりおまえをとめなかったか、シャオフとセリクの死についておまえの妻にどう説明するつもりだ!」アグニは次第に感情的になり、声を荒らげた。

「もうおやめください、姉上」

 耐え難かった。同胞の名によって掘り起こされる過去を、冷静に聞けるはずがなかった。ジークは姉の前に膝をつく。「わたしにはもうなにも見えぬのです。この声は枯れ、記憶は霞み、心は御神の懐へ預けたのです。まこと知りたくば、わたしの胸を切り裂き、魂の声にて真実をお探しください」

 部屋が無音となった。配下たちの死に涙を流さぬどころか眉ひとつ歪ませぬ弟の目は、狂気すら感じられた。

「隠さねばならぬ事情があることはわかった。もうなにも聞くまい。だが父上の前で同じ説明はするな。おまえがひと殺しとあっては後々面倒だ」

「姉上、わたしは罪から逃れるつもりはありません。手にかけたのは事実。いずれこの裁きは受けるつもりです」

「ならぬ。同胞への殺人は極刑だ、いくらおまえであっても。おまえを死なせるわけにはいかぬ。ひとつ隠し通すと決めたのならば、すべて隠し通せ。それが出来ぬならいまここで真実を打ち明けろ、わたしはおまえに味方する」

「しかし、手にかけたのは紛れもない事実なのです。姉上、たしかに、事実なのです」

「罪科を背負い生きるのが苦痛か。それとも死がおまえにとって最たる苦難か」

「死など恐れてはおりません。己の命に執着など致しません」

「死が容易きことか。ならばその道へ行くことは許さぬ。わたしは何も知らぬが、死者の国にいるあの者たちはおまえの死を待ち望んでいるか? その手にかけたのならば、あの者たちの死の間際の眼差しくらいは覚えているだろう? それすらも記憶にないか? おまえだけが生き残った、いや、もう追及はせぬ。裁くのは御神のみだ、ジークよ、御神の断罪のみ受け入れろ。ロスカに帰ればここでのことはおまえしか知る者はおらぬ。知らなければなにもできぬ」アグニはゆっくりと席を立ち、弟に立ち上がるよう命じてから窓辺へ移動し、呟いた。「なにもするなと言うことか」

 かろうじて聞き取れたその呟きに、ジークは窓の外を見る姉の背を見るが、すぐに視線を落とした。見つかった太陽神やセザン人奴隷の解放など、対処せねばならない問題がまだ残っていた。両肩にのしかかる重責と罪科がつめたくかれを拘束する。この宿命へと導いたのは、もしや偽りの太陽神ではあるまいか。青年は真の神に問いたい気持であった。

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