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KING  作者: 安三里禄史
十三章
72/77

13-1

 帰郷する日の早朝、ハーシュメルトとルディアーノはアストレーヴの広場で馬車に乗った。かつての側近たちも、護衛のためサンセベリアまで同行する。ひと気のない仄明かりのなか控えめに広場を進んでいると、すれ違いそうになった一台の馬車からひとが出てきた。

「今日、帰るんだってね。間に合って良かったわ。これ持って行って」

 画材屋の女店主ユリエラが、餞別にと持ってきた木箱をルディアーノに渡した。中身は画材道具だった。

 渡された品物をハーシュメルトが荷馬車へ運んでいると、友人たちが駆け寄ってきた。ハーシュメルトの素性を知らなかったかれらは、急なわかれを受け止めきれず、心残りの空洞に取り残されてしまったような気持でいた。ハーシュメルトは餞別に、ウェルダーから革製の財布を、アデルから陶製の花瓶、レイミーから色違いの手袋を2組もらった。ちいさいほうがルディアーノ用だという。

「とっても寂しいわ、ハーシュ。この数年間ほんとうに楽しかった。わたし、ハーシュはコルナの出身だと思っていたの。グランディオさんのご親戚とばかり。サンセベリアだなんて、もう一生会えないくらい遠いわ。手紙を書いてね、ハーシュ。わたし本当にたのしかったの。もうみんなで遊べなくなるなんて考えてもみなかった。ハーシュはずっとアストレーヴにいるものだと思っていたから。ハーシュ、ありがとう。わたしきっとこう思うのよ。ハーシュがアストレーヴにいたころが人生で最も大切な思い出になるって」

「ありがとう、レイミー。でも一生会えないなんてことはないよ、2日もあればアストレーヴへ来られるからね。サンセベリアの港が完成すれば、もっと自由に船でも行ける。なにかの折にまた来るよ。ぼくも楽しかった。レイミー、ぼくがアストレーヴへ来たとき、最初に声をかけてくれたのはきみだった。ぼくはそれを忘れないよ」

 ハーシュメルトは3人と別れの言葉を交わし、しっかりと握手をしたあと、ユリエラと話すルディアーノを呼んでから名残惜しそうに馬車に乗った。走り出す馬車の窓から顔を出し、姿が見えなくなるまでハーシュメルトは手を振っていた。

 一方、レイミーは馬車が見えなくなると、わっと泣き出してしまった。アデルは慰めようとレイミーの背中に手をあてた。隣にいるウェルダーも、目に涙をためていた。



 午後、ウォールレストへ着き、一泊するためキングの屋敷へ行った。屋敷を利用できるのは、テオジールの計らいによるものだった。現在、ウォールレストに住むロスカ人は居住区からの出域を禁じられているが、危険を考慮する必要はある。ひと目を避けてハーシュメルトを屋敷へはいらせ、それ以降の外出は控えさせた。

 夜、ハーシュメルトは壁掛け灯の明かりを頼りに廊下を進み、グランディオのいる部屋の前まで来たが、室内から聞こえる会話がなかなか止まず、立ち尽くしていた。

 話し相手はテオジールだった。

「いつまであれを放置するつもりです? いま、打ち壊しておかなければ、のちの世の人間は必ず我々……過去の時代の人間を恨むはずです」グランディオはウォールレストの教会、そしてロスカ人居住区の存在を問題視していた。「近い将来この島はロスカ人で埋め尽くされ、セザン人は世から消えるでしょう。目に見えていること、それなのにどうしてこうも危機意識が低いのか、異常ですね。アーノルフィニにはロスカの血が入っている、かれらはセザンのことなど考えませんよ。我々が事を起こさねば、ロスカを憎むにとどまるだけでは何も変わらないというのに。真のセザン人はもはや絶滅しているのかとさえ思いますよ」かれの冷静な口調の奥には憤りが混ざっていた。

「共存をするべきだと言うつもりはないが、いまは落ち着いて考えろ」テオジールは時おり賛同していたが、ともに戦おうとする意志はないようだ。

「あれが王となったいま、すぐにでも事を構えねば、我々には時間がありません。このままおとなしくしていたところで」グランディオの声はここで途切れ、深いため息が聞こえた。

のちの世を憂えないわけではない」テオジールの声がする。「後のセザンを守ることが重要な問題だと理解はするが、それよりも守るべきものがまず現世にある」すこし間があって、それは家族だと答えていた。

「アーノルフィニにくだるつもりですか」微かにグランディオの声を聞きとれた。

 少年はテオジールの返答を待っていたが、廊下の奥から聞こえてきた足音に反応し、その場を離れた。廊下の角から窺っていると、外を巡回していたアーヴィンがグランディオの部屋に行き、外の様子を報告していた。すぐにアーヴィンは自身の部屋へ戻るのにこちらへ向かってきたため、ハーシュメルトは急いで背後の階段の下に隠れた。

 アーヴィンのすがたが見えなくなってから再度廊下の角へ移動したハーシュメルトは、立ち聞きをしてしまった行為がなんとも後味悪く、それ以上部屋へ近づけなかった。グランディオと話をしたかったのだが、一向に扉はあかず、最後にはあきらめた。



 サンセベリアへ着いた日の翌朝、王都へ帰るグランディオたちを見おくるため、ハーシュメルトとルディアーノはスフォルツァ邸からソルド橋を渡って闘技場方面へむかった。闘技場のちかくにあるキングの屋敷から出てきたおとなたちに声をかけ、ひとりひとりに世話になった礼として、外国産の瓶入りの酒を渡した。

 テオジールはハーシュメルトの身を案じ、当分のあいだ単独でウォールレストに行かぬよう、用事があるのならかならず一報いれるよう約束させた。

 グランディオはルディアーノと言葉をかわしたあと「絶対にルディアーノを傷つけないように」とハーシュメルトに誓わせた。少年を無理に引き止めきれなかったのは、天涯孤独となった友人の娘、同郷でありもっとも尊敬するセレヴィスの娘のしあわせを優先したからであった。

 ソルド橋を戻りながら、平野を遠ざかるグランディオたちを気に掛けるハーシュメルトに合わせて、ルディアーノはその都度足をとめた。

 グランディオとのあいだにわだかまりが残る気がしてならなかったが、進みたい道が異なるのでは解決法はないのだと、少年は自分に言い聞かせた。

「それでも」ハーシュメルトはつぶやく。「自分はこうしたい、とちゃんと言うべきだったかな。理由はどうあれ、たくさん面倒を見てもらったわけだし。自分ひとりで考えて、裏切るようなことをした。もし相談していたら、グランディオはサンセベリアへ帰ることを許してくれたろうか。ぼくは許してもらえないとおもったから、言わなかったのだけれど」

「またいつでも会えるわ。それに手紙でも。時が経てば、あのときはこう思っていた、って笑って話せると思うから」

「そうだね、ルディ。もう悔いても仕方ない。ぼくが決めてきたことだからね。きみの言うように、あとで手紙を書くよ。グランディオがぼくへ文句のひとつでも書いてくれたら、だいぶ気が楽なんだけどな」

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