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KING  作者: 安三里禄史
十二章
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12-3

 漆黒の森を逃げ惑うルディアーノには、ここが夢のなかであろうことは漠然とわかっていた。木の葉の揺れる音におどろいて立ち止まると、目の前の草むらから若者が現れた。若者は持っていた弓をかまえ、ルディアーノに狙いをつける。はっきりとした姿は見えずとも、ルディアーノはその若者がロスカ神話に登場するパリウトなのだと夢の中では知っていた。メレイダの行方を聞かれ、答えられずにいると若者は矢を放ち、少女の胸を貫いた。

 その衝撃で目を覚ましたルディアーノは、メレイダは死んでいるのだった、とぼんやり思い出していた。ハーシュメルトを信じて明日の朝まで待とうと決めたが、馴染みのない夜の気配に、いまはいつ頃かと起き上がる。

 覗いた窓の外には漆黒の闇が広がっていた。夢のなかと同じ暗さだった。ルディアーノは瞬時にこの沈む夜に不審を抱く。屋敷へ来てから深夜に目覚めるなど一度もなかったことがいま起こるとは、かならずなにか意味がある。そう考えたルディアーノはソファにかけていたフード付きの外套を無意識に取って部屋をでた。

 扉を叩くことなくハーシュメルトの部屋へ入る。焦る気持がそうさせた。無人のベッドには微かなぬくもりだけが残っている。明かりのない部屋でなんどもかれの名を呼び、窓をあけ、月光を頼りに部屋中探しても、かれの姿はなかった。

 部屋を出ると、ふと自室の扉の取っ手の光が目にはいった。見覚えのある、ハーシュメルトの首飾りだった。少女は取っ手に掛けられていた首飾りを握りしめ、胸騒ぎに従って屋敷の外へ急いだ。

 階下の門の錠はあいていた。広場へ出て、辺りを見渡す。ひとの気配はなく静まり返っていた。町にひとり取り残されたようで心細かったが、ルディアーノは当てもなく大通りを進み、路地を覗きながらハーシュメルトを探した。夜の町を巡回する王宮騎士に出会えば頼りたかったが、それがヴァンクールだった場合を考えると気が重くなった。

 記憶に自信のある路地をルディアーノは進んだ。ベリンダの店のある通りへの近道としてハーシュメルトが利用している道で、使いの用事があるときにルディアーノもここを通っていた。

 水路にかかる橋を渡っていると、足もとのおぼつかない男とぶつかりそうになった。よろめく男を避けようとしていたのだが、なにが癪に障ったのか、ルディアーノは男に怒鳴られた。それによって押し込んでいた恐怖心があふれだし、直ちに少女は大通りへと戻ってしまった。

 ハーシュメルトが屋敷をでたのか確証がないまま外へ来たルディアーノは、無計画に探すよりグランディオたちに知らせるべきだったと思い直す。向きを変え、屋敷に急ごうとしていると、路地から飛び出てきた男と再度ぶつかりそうになった。先程の男かもしれないと怯えた少女は、「すみません」と言い、逃げるように立ち去った。

 しかし男は追いかけてきたようで、ルディアーノは着ている外套のフードを掴まれた。おどろいて振り向くよりも早く、男は少女の前にまわりこみ、ひどくあせったようすで喋っていた。

 ルディアーノは男の言葉が聞き取れず、月の光を頼りによく見てみると、髪は黒く、そしてどうやら肌の色が濃い。ロスカ人だろうか。

「ロスカ語はわからない」とルディアーノが首と手を横にふっても、男はなおも喋り続けていた。

 少女が困っていると、そのうちに男は王宮とは反対方向、アストレーヴの東門のほうを指した。その方向を指し続け、男はどうすれば伝わるのか試行錯誤しているようで、時おり頭を抱えていた。が、ようやくルディアーノは男のある言葉だけ聞きとれた。

 聞きまちがいではないか、念のためルディアーノは、「ウォールレスト?」と聞く。

 男は繰り返し大きく頷く。のばした腕は依然アストレーヴの東門を指していた。ほかにわかる言葉がないか、少女は注意深く耳を澄ます。すると、べつの言葉が聞き取れた。

 その言葉は「キング」だった。

 ルディアーノは咄嗟に、「ハーシュメルト?」と尋ねたが、男の態度は曖昧だった。男はとにかくそこへ行けとでも言うような手振りをして、少女が反応した二語「ウォールレスト」と「キング」を反復していた。

 ルディアーノは「理解した」と伝えるため何度か頷いて、その場を離れた。王宮方面へ歩きながら背後を見ると、男はまだ腕を伸ばしていた。

 迷いながらも、やはりテオジールたちに伝えるべきだと大通りを進んでいたが、いましがた見た夢が急に脳裏に浮かんだ。探し回ったあげくパリウトが見つけたものはメレイダの亡骸だったのだ。境遇を重ねたルディアーノは戦慄がはしり、呪われたかのように全身が重くなり、高まる鼓動で目が眩むほど錯乱した。

 すぐさま馬車庫へ走り、ウォールレストへ向かうよう頼みこんだ。夜中に子どもひとりでは乗せられない、と断られたが、ルディアーノは外套に入れていた父親の騎士の徽章を見せ、無償で利用できるはずだと主張して、馬車に乗り込んだ。馭者は、以前ハーシュメルトと一緒に乗せたルディアーノに見おぼえがあり、少女だと思っていたが騎士であったかと半信半疑、それでも徽章がある以上、疑って断るほうが後々面倒だと考えて、渋々馬車をだした。

 ハーシュメルトの行方を、ルディアーノは馬車に揺られながら推考していた。冷静に考えれば現在のキングはリーズなのだが、あの男はどちらのつもりだったのかと不安になる。だがハーシュメルトは部屋にいなかった。扉の取っ手にかけられていた首飾りには意図があるはずで、別れも告げずひとりで帰ってしまったとは思いたくない。もっともおそろしい不幸が度々心に現れるが、ルディアーノは無理矢理否定し、気持を鎮めようとしていた。

 アストレーヴの門をくぐるとき、ひらいたままの門のそばで倒れているふたりの門衛を目撃し、少女はおぞましい渦に飲まれた。少女にとってその光景は非日常であり、それはやがて暴悪な結末へつながる序章のような気がしてならなかった。

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