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KING  作者: 安三里禄史
十一章
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11-2b

 ところで、リーズの期待以上に人びとの心をさらったのは、やはりハーシュメルトである。リーズ戦での敗北に落胆する者も当然いたが、国王とキングを兼任するわけにはいかない、と少年自ら考え、勝利を譲ったのだろう、と解釈する者までいたほどであるし、敗北そのものがかれの人気を落とす原因とはならなかった。

 先のジーク戦においても、実際ジークの剣闘試合を観戦し、その猛威を肌で感じている人びとにとっては、少年の健闘ぶりを評価する声のほうが多かった。なかにはロスカ人の処刑をその場でしなかったハーシュメルトを非難する者、また、勝利を期待させるほどの追い込みをみせておいて実現されなかった、その反動からくる失意の怒りをぶつける者もいた。それでも腑抜けのまま死んでいったアーノルフィニ国王よりは実行力に優れ、民心を把握し、なによりもセザンを第一とする方針を貫く――と周知されているハーシュメルトは、他人種を受け入れない性質をもつセザン人には認められる存在であった。

 王都にいる深刻な反太陽神派の王宮騎士たちのあいだでは、いよいよウォールレストの教会、およびロスカ人居住区への侵攻が現実のものとなる心構えと備えが、密かにはじまりつつあった。



 リーズの叙任式には闘技場が開放され、多くのひとがあつまった。引継ぎで会場に訪れるハーシュメルト目当ての者も当然おり、すぐに満席となった。はいりきれなかった人びとは広場に群がり、そこを通るであろうハーシュメルトに一声かける機会を逃すまいと、熱心に待ち続けていた。

 朝、心配された小雨はあがり、精彩満ちる陽光に見守られる午後、ハーシュメルトはリーズの控える闘技場の一室を訪れていた。

「ぼくがこの剣を試合場の中央で渡すからね。それを受け取ったらきみは王座まで行くんだ」

「わかった。何回も聞いた。緊張してきた、忘れそう」リーズはキングの控室で、気を紛らわせようと歩き回る。

「宣誓は言える? 紙に書いておこうか?」ハーシュメルトは勝気なリーズの弱点を見るようで、思わず笑った。

「読めないからいいよ、きっと大丈夫」そう言ってリーズは、練習するように口上を呟いたあと、「このあいさつって、ハーシュも言ったの?」と聞いた。

「うん、言った。キングとなったひとはみんな言う。この宣誓はかつて、セザンの英雄が言ったとされる言葉だ」

「ソルドの話?」

「そう。そしてこの剣は」ハーシュメルトは、普段闘技場の倉庫に保管されている黄金の剣を机に置いた。「大昔、ソルドが使っていたものだ。かれはこの剣で悪を滅ぼした。ぼくはあの宣誓は好きだよ。たとえ後世の創作だとしてもね。かれこそキングの鑑なのだ。ソルドが初代のキングではないと主張するひともいるけれど、ぼくはソルドが初代だと思いたい。リーズ、きみなら心配いらないけれど、きみのちからで国王を支えてほしい。きみの耳にも届いているかもしれないけれど、ぼくはウォールレストを攻めるつもりはない、そしてロスカとあらそうつもりもない。ぼくは過去の自分が間違っていたと認める。頂点に立つ者は強い意志をもつ者でなければいけない。ぼくのように、感情に振り回されてはいけないのだ。リーズ、セザンをよりよい道へ導いてくれ、あたらしい国王とともに」

 開始の時を知らせに来たテオジールの叩く扉の音で、ハーシュメルトはリーズに別れを告げて退室した。

 リーズは観衆の拍手が鳴り響く試合場の中央に行き、そこで客席に手を上げ、歓声に応えた。黄金の剣を携えたハーシュメルトが現れると、さらに会場が歓喜にわいた。

 目の前で跪くハーシュメルトから剣を受け取ったリーズは、うしろを向いて王座を目指す。王座を背にして会場を見渡すと、満席となった客席と、いままさに退場するかつてのキングの後姿が見えた。リーズは右手に黄金の剣を握りしめ、腕をのばして地面と平行するように掲げ、宣誓する。


「我、武の頂点なり。武を以てこの身を固め、いかなる欲も身に着けぬ。王の剣となり災いを打ち払い、王の盾となり苦難を受け止める。王の前にて難儀を砕き、王の後ろにて忠誠を誓う。キングとは、王の命を守る者。この力、王のためにあり」


 肩の荷がおりて闘技場の通路で側近たちと談笑しているハーシュメルトの横で、グランディオは窓から見える試合場と、6年前の自信の姿を重ねていた。24歳でキングとなり、テオジールから受け取った剣を掲げて述べた口上は果たして心からのものであったかどうか、記憶の束をかきわけて、思い出そうとしていた。

 式を終え、広場にでてきたリーズを近くの馬車まで見送って、ハーシュメルトは人混みをすり抜けた。これからリーズは就任を祝うパレードで、アストレーヴの大通りを往復する。供をするのはかつてのキングの側近たちだ。

 ひとりになったハーシュメルトが屋敷に戻ろうとすると、ちょうど大階段の下でマリーヌに腕を掴まれた。式はどうするつもりかと問われたハーシュメルトは、いまから戴冠式の準備に戻るつもりだと答えた。

「ちがうわよ、わたしたちの結婚式の話よ。そろそろ日にちを決めてくれなくては困るわ。いつにするつもり?」

「いつか、って?」ハーシュメルトはかんがえる素振りをする。「神のみぞ知る、かな」

「ふざけないでちょうだい。ハーシュ、あなたパパからの手紙の返事もしないで失礼だわ。いまから家に来て話をしましょう」マリーヌは掴んだままの相手の腕を引いた。

 ハーシュメルトは腕から相手の手をはなす。「マリーヌ、結婚相手くらい自分で決めるんだ。心から愛する者でないと、きっと後悔する。ぼくにこだわる必要はない」

「わたしはあなたが好きよ。あなたから好きだと言ってもらったことは一度もないけれど、愛してるわ」

「愛!」ハーシュメルトは鼻で笑う。「きみが崇めるのは飾られた王冠さ。王座に座る影を愛しているのだ」

「何を言ってるの? わたしは王冠なんて興味がないわ。見ているのはあなたよ、ハーシュ。影なんかじゃない」

 胸にすりよるマリーヌを、かれはまたもや引き離す。「きみはぼくにキスをしてくれと言うけれど、かならずその赤い紅をつけてぼくに会いに来る。ぼくがそれを嫌だと言っていてもだ」

 マリーヌはむっとして、「どうしてあなたの都合にあわせなければいけないの? わたしはこの色が好きなの」と強い口調で返した。

「そうさ、そうやってどこまでも、自分の信念を貫けばいいじゃないか」

 ハーシュメルトはマリーヌの肩を晴れ晴れしく2度叩いて、大階段を駆けのぼった。

 そのまま王宮に直行しようとしたが、かれは用事を思い出して屋敷へ寄った。2階へあがる階段で、先に屋敷に戻っていたルディアーノを見つける。

「ルディ、サンセベリアから荷物は届いてた?」

「はい、いましがた。すべてハーシュさまのお部屋に置いてもらいました」

「いまからそれを王宮に持っていきたいんだけど、どれくらいあるかな? 手伝ってもらいたいんだけど」

 部屋へ戻ると、床に広げられた敷物の上に、布袋がいくつかまとめて置かれていた。

「これは?」ハーシュメルトは荷物の下の敷物を指す。

「床が傷つかないようにとの、気遣いみたいです」

 かれは袋の重さをたしかめ、軽い袋をルディアーノに渡した。「1度に持ちきれないね。何回かにわけよう」

 そうして2往復して、最後に残った袋をハーシュメルトが抱えた。

「これで終わりだね。この敷物はあとでサンセベリアに送っておこう。ルディ、しまっておいてくれ。ぼくはこのままアークと話をしてくるから、そうだ、仕立て屋に行ってぼくの式用の服をとってきてほしい。もう仕上がってるはずだから」

 ルディアーノは頷いて、かれの名を呼び、両手のふさがるハーシュメルトのために扉をあける。ハーシュメルトは部屋を出て言葉を待つ。

 扉を閉め、ルディアーノはかれを前へ進ませようと背中を押しながら呟く。「わたしの幸せは、ハーシュさまが幸せであること」

 ハーシュメルトはすこしずつ歩を進めながら言う。「ぼくの幸せ? それはきみの幸福なしでは成立しない。ルディ?」

 背後のルディアーノは泣いていた。

「泣く必要はない。戴冠式の演説でぼくが何を言うか、あとで教える。まだ決まってないんだ。ぼくだけで決められないことばかりだからね、もうすこし待って」ハーシュメルトは肩でルディアーノを押しながら廊下を進み、階下へむかう。「きみには才能がある。なんでも、ロスカには宮廷画家という職業があるらしいじゃないか。アーノルフィニの兄弟はずいぶん興味を持っていたよ。きみも、ぼくにこだわる必要はないんだ」

「ハーシュさまが王宮にはいるのなら、考えます」ルディアーノは絶えず涙を拭っていた。

「とにかく、ルディ、式が終わってから話そう。なにがどうなるかぼくにもわからないし、不安定な先のことは約束したくない」

 玄関広間に着き、かれはルディアーノが開けた扉から外へでる。強風がハーシュメルトの髪を揺らす。

「それじゃあ、またあとで。下はまだ騒がしいと思うから気を付けてね。よかったらすこし見てくるといい」

 そう言ってかれは、まだ取っ手に手をかけているルディアーノの涙を唇で拭い、しばしの別れを告げた。

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