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3日かけて国王の葬儀が執り行われた。その後、国王が譲位を明示していなかったため、次期国王を選出する貴族による投票がおこなわれた。結果は、みなが望んだセザンの希望が選ばれた。
リーズが王都に着いたのは葬儀が終わるその翌日だった。ハーシュメルトはアーノルフィニ家への配慮のため、幾日かのあいだ剣闘試合を中止していた。リーズとの試合に関しては、彼女が遠方から来ていることを考慮して予定通りおこなうが、騒がしくならないよう試合日の告知はせず、集客もしないと決めた。
ジークとの対戦後に闘技場の控室に放置しておいたあの剣は使わず、ハーシュメルトは他の出場者同様、木製の剣を用意させた。
闘技場で対面するまでハーシュメルトはリーズと会わなかった。リーズが泊まっている宿場まであいさつに行きたかったのだが、戴冠式やその後の演説の準備に追われ、叶わなかったのだ。
試合当日、会場にはしめやかに始まろうとする闘いを見守るハーシュメルトの側近とルディアーノ、そしてリーズの兄ロレンツがいた。審判を務めるテオジールの合図で、両者は己の戦いに挑む。
試合直前にグランディオから励まされた言葉がひっかかり、ハーシュメルトは思うように剣をふるえなかった。グランディオは今になって「あなたはリーズ・ベルヴィルの15連勝に脅威を感じているようですが、彼女が優勝したノーラル会場はサンセベリア同様田舎で、騎士を目指す者もすくなく、強豪相手に勝ち抜いて来たわけではないのだから、油断さえしなければ負ける相手ではない」と言うのだ。
心配して、ハーシュメルトはテオジールにそれとなくリーズの実力について意見を求めた。すると「セザンで3番目に人口がおおく、剣闘試合も盛んなウォールレストで優勝争いからあぶれてノーラルへ流れてきた者相手でも勝つほどの力はあるのだから、気を引き締めるように」こう注意された。
すぐにでも武器を放り投げて、この闘技場から解放されたかったが、それではあまりにもリーズに失礼であるし、これがキングとしての締めくくりとなるのだからと考え改め、正々堂々、勝敗はさておき、積み重ねてきた己の力を発揮するべく挑もうと、少年は決めた。
リーズから繰り出される強打を逐一受け止め、隙を見て剣を首元へ忍ばせようと試みるが、弾きかえされてしまう。こちらの打撃にすこしも動じないリーズの体制は崩せない、と早々に判断し、相手の首に剣を接触させる方法で勝利をねらおうと少年は考えていたが、同じ動作を繰り返すばかりとなり、一向に決着がつかなかった。
「もっと簡単に負けるかと思った!」リーズはかれが試合を放棄するものと思っていたのだ。
「わざとなんか負けるものか!」ハーシュメルトは言い返した。
「あんた、国王に選ばれたって聞いたんだけど」
「その通りさ。3日後の戴冠式のあと、広場で演説をする。よかったら聞いていってよ。まだ王都にいるだろ?」
「いるけどハーシュ、王さまになっちゃうの?」リーズは驚いて構えをといた。
「なるよ、選ばれたんだから。だからこの試合の結果がどうであれ、きみが次のキングだよリーズ。ごらんの通り観客はいないわけだし、どうにでもできるからね」
すでにグランディオたちはキングの観戦場から客席に移動し、談笑している。その反対側の席にはリーズの兄がひとりで妹の奮闘を見守っていた。
「なによそれ! わたしはちゃんと勝ってキングになるんだから! もし負けたんなら潔く一から出直す」
「それは困る! 兼任なんかできない! きみの目的はキングになることだろ? 勝敗なんかどうだって、いや、きみがこだわるなら勝てばいいだけの話だ。さあ! さっさとぼくを打ち負かすのだ。リーズ、しっかりしてくれ! きみはぼくのためにもきみのためにも勝たなければならない」
ハーシュメルトの物言いに腹が立ったリーズは、盾を投げ捨て、剣を両手で持ち始めた。「盾を持たなきゃいけないっていう決まりはないでしょ? こっちのほうが持ちやすいんだけど」
「あるけどいいよ、好きにして」
異国風の構えに見えるリーズの姿勢に警戒し、ハーシュメルトは腰をかがめて気を引き締めた。そして、大きく足をひらいたまま動きをとめるリーズに近づき、剣を打ち付け相手を誘う。前にでないリーズを追い込んで、休まず攻撃を続ける。反撃にでられないリーズに容赦なく詰め寄っていたが、どれも相手を怯ませる攻撃にはならなかった。リーズの剣先がハーシュメルトの肩に当たったが、リーズの積極的な動きはその一度だけだった。
もうすこしで首元を狙えるとあせるハーシュメルトは、リーズの体を守る剣を払おうと躍起になるが、相手の剣が自分の剣に絡みついているような不安定な心境になって、うしろへ退いた。
その一瞬の心の迷いの隙に、リーズが足を前に滑らせて剣を突くが、ハーシュメルトはかろうじて盾で身を守った。
突然の危機に動揺したハーシュメルトは、相手に飲まれてはいけない、と前に進んだ。
再び守りに徹した相手の隙を模索していると、リーズは不意に脇へそれて身を屈め、ハーシュメルトは足を狙われた。その動きにつられたハーシュメルトは足を庇おうと強引に体の向きを変えようとするが遅く、気付いたときにはリーズの剣先が目の前に迫り、そのまま勢いよく兜ごしの額に命中、おおきくのけぞって地面に尻をつけた。
「あ、負けちゃった」ハーシュメルトは呆然としてつぶやいた。
テオジールが試合終了の笛を鳴らし、リーズを勝者と認めた。客席に座って観ていた側近たちは、あらたな闘技場の王に敬意を払って、その闘いぶりに拍手を送った。
脱いだ兜を抱えたリーズが、座るハーシュメルトに手を出す。
その手をとってかれは起き上がり、「おめでとう、リーズ」と声をかけた。
「もっと早く勝てるかと思ったけど、あなたも一応は鍛えてるのね。おかざりだと思ってたから」
「まあね。でもこれで毎日朝早く起きる必要がなくなった。ありがとう、リーズ」
「べつにあなたのためじゃない」リーズは穏やかに笑う。
ハーシュメルトは頷き、「さっそくきみの叙任式をしなければならない。ぼくが国王になる前がいい、明日してしまおう。ぼくは用事があるから詳しくはテオジールに聞いてほしい。むずかしくはないよ、きみが試合場の真ん中でぼくから剣を受け取って、あそこの王座の前でみなにむかって宣誓するんだ。言う言葉は決まっているけれど、あとはきみがルールとなるのだから、述べたいことがあれば好きにすればいい」こう伝えてから、着替えのため控室へ戻った。
立て続けに惨敗を喫しても側近たちが穏当であるのは、ハーシュメルトが真面目に戴冠式の準備を進めているからだ。近い将来国王の側近となるのだから、グランディオから文句がでるはずもない。
武具をはずしてもらったハーシュメルトは汗を流すため浴室へはいり、身を整えてから闘技場を出ると、昼下がりのアストレーヴの日常が戻りつつある、人びとの活発な声が心地よく響いていた。
その日のうちに試合の結果が広場の掲示板に貼りだされ、リーズ・ベルヴィルの叙任式の日にちも同時に知らされた。アストレーヴの人びとはふたりの新たな王の誕生を心待ちにしていた。次期キングとして申し分ない実績をもつ、そしてあくまでも人びとの認識のなかでは史上はじめての女性の王という稀有な理由から、リーズの姿をこの目で見たいと思う者は多かった。
いまもアストレーヴのどこかにいるはずの彼女を探そうと、街中を歩きまわる噂好きの女性たちの姿はいたるところで見られた。リーズとは知り合いだというレイミーのまわりには多くのひとが集まり、新たな王の容姿や性格、出身、家族構成、果ては恋人がいるのかなど下世話な興味を満たす質問をして、後日、かれらが信じて疑わない邪念なき親切心から他人に話聞かせるときに、あたかも自分がリーズの知り合いであると言わんばかりの態度で自慢したいがため、根掘り葉掘り聞いて情報を仕入れるのである。
宣伝活動を生業としているベリンダの弟は、特別に許可をもらって密やかに取材をしていた。試合内容をまとめた新聞を、アストレーヴの広場に貼りだした後すぐ飛び乗ったクーラント行きの馬車で、同様の新聞の準備にペンをはしらせていた。見出しはこうだ。
「キングの座を賭けた注目の一戦 セザンの希望対ノーラルの女剣士 今朝非公開で行われる!」
ベリンダの弟はクーラントに着くまでに、試合の詳細を書く。リーズの機敏な動きは控えめに、ハーシュメルトの支持者を傷つけないよう、意義のある敗戦であったと強調する。
ハーシュメルトの記事は金になる。それに比べてリーズ・ベルヴィルはどの程度の人気を勝ち得るか。いまは目新しくとも、リーズは大半のセザン国民とは相反する思想を持つ。自分の書く記事でいつまでごまかしきれるものなのか。リーズの成長を支えたのはロスカ人なのだ。あの集落にはロスカの元軍人がいて、それも退役後――本人が言うには――各国を渡り歩き剣術を取得したらしいのだ。どうもきな臭いが、それでもリーズの剣の構えはアクリの武士なるもののようであるし、事実勝ち続けてきたわけだから、あながち嘘ではないのかもしれない。
ノーラルへ潜り込んでいたころ、コルチカという少年の手を借りて、礼の元軍人に話を聞いたことがある。多くは語らなかったが、この一言は鮮明に覚えている。
「セザン人は腕ばかり振って、足腰を鍛えない」
絶対にこれを記事にしてはいけない。些細な意見であっても、こんな発言が明るみになればセザン人はからなず騎士批判だ、やれセザン人批判だとわめきたて、その元軍人を見つけ次第引きずり出し焼き殺せ、となる。セザン人とはそういうものだ。
ともあれ、手に負えなくなればリーズは見限って、またハーシュメルトを追いかければいい。いや、しばらくはやはりハーシュメルト中心の記事を提供するほうがいい。若い国王となるのだ、話題はいくらでもあろう。「かれは花を見てほほえんだ」と書いただけでクーラントは歓喜に大揺れ、婦人は微笑み花屋へ直行、夫の顔を踏みつけながら「かれは何をささやいたのかしら」「あたくしも同じ花を見ているの」と少女のように恋をする。哀れなのは夫だけだ。だが、夫が自分の妻を赦しさえすれば少女はみな無罪なのだ!
時おり書く手を止めながら、ベリンダの弟は今後の方針を模索していた。クーラントへ近づくとかれは一気に記事を書き上げ、迫りくる戴冠式の演説をまとめる記事に使う紙は足りるだろうかと、道具袋を覗いていた。




