1-3b
ハーシュメルトがロスカの青年を顧みず退室しかけたところで、部屋の外から男の言い争うような声が聞こえた。即座にハーシュメルトをとめたグランディオが部屋の外へ移動する。少年が王座に戻って待っていると、次第に声はおさまった。
扉が開き、戻ってきたグランディオが少年に伝える。「王宮騎士の男が、ハーシュメルトさまへの謁見を望んでおります」
「だれ?」
「ドルレアン卿の嫡男ヴァンクールです」
ドルレアン家は現在のアーノルフィニ王家の遠戚にあたる名家で、ヴァンクールは王宮騎士となって1年足らずの新米の男だった。
ヴァンクールは扉の外で、是が非でも物申す、といったようすで声を荒立てはじめた。かれを追い出すよう指示されたグランディオが扉を開けたとき、新米騎士は外で番をしている騎士に押さえられながらも無理やり顔をだし、こう叫んだ。
「闘技場の王よ! なぜこのような非道な所業をなさるのか! いったいかれらがなにをしたというのです!」
年上の新米騎士は気高い眼光で若き王を睨みつける。いかずちのような大声が部屋中に響き、怒りによる熱気で真新しい騎士帽がゆらめいてみえる。我が信念の道に歪みなし、とでもいうような通った鼻筋、怯むという言葉を知らない吊り上がった太い眉、虚言の出口とはけっしてならない堂々たる大きな口、本人には必要のない投げ捨てた恐怖心を踏みつけているような勇ましい立ち姿は、内部に心臓を複数秘めているのではないかと思わせるほど強固な精神をあらわしている。このヴァンクール・ドルレアンという男は、そのような印象を与える男だった。
グランディオが指示通りヴァンクールを力ずくで押し出したあと、静まりかえった室内でテオジールが口をひらく。
「いかが致しますか」
「なにもしなくていいよ。しつこいようなら決闘する。文句があるならあいつがキングになればいいんだよ」ハーシュメルトは苛立ちながら答えた。
「あのロスカ人は?」テオジールは青年を一瞥する。
「もう話すことはなにもない。さげて」若き王は青年の近くにいる王宮騎士に指示をだす。
「お待ちください!」ロスカの青年は騎士に体を押さえられたが抵抗するように肩をゆらした。「命など……ほかに」混乱する頭をふり、呟きながら必死に言葉を探す。「どうか、ほかの望みを……! 己の命など、もうわたしはいらないのです、どうか、ほかの望みをお聞き入れください!」
嵐でも吹きとばぬほどの意地に気味が悪くなり、少年は払いのけるように声を荒らげた。「そんなに死にたいのなら殺してやるよ! いますぐにでも!」
「かまいません。望みを聞き入れてくださるのであれば、わたしはいかなる死をも受け入れます」
ハーシュメルトは仲間を殺してまでも動かぬ、青年の覚悟の奥にある不気味な正体が気にかかり、「言え」と吐き捨てるように言った。
青年はしっかりと顔をあげ、相手の目をとらえて答える。「この闘技場で、あなたとの決闘を望みます」
相手を睨みつけたまま少年は眉をひそめ、その場にいる王宮騎士全員が冷淡な視線を青年にむけた。
「なにゆえ?」ハーシュメルトは問う。
「あなたは王のようである。あなたとロスカ人が決闘するならばただちに国中に噂が広まり、怒りを忘れぬセザン人がわたしに会いにくるかもしれない。どうしても渡さなければならないものがあるのです。わたしの望みはただそれのみなのです」
ハーシュメルトは青年を見下ろしたまま黙っていたが、落ち着きを取り戻すと話しはじめた。「それはできない。なんの根拠もなしに、いきなり王とは戦えない。ぼくの闘技場にはぼくのルールがある」
「王のルールとは」
「勝者に与えられる仮徽章を15枚。それがキングとの対戦権となる」
「ならばわたしに試合の出場権をお与えください」
「いいだろう、名を名乗れ」
「ジーク・エリオス」
「もしおまえがぼくに勝てたなら、サンセベリアへ連れていってやる。けれど、負けたのならば何をされても文句言うなよ」そう言うとハーシュメルトは、ジークと側近以外の王宮騎士を退室させた。
それから少年たちは部屋の奥へ行き、各々適当な席に着いて、会場の外へ行ったらしいグランディオを待っていた。
「あんなことを言って、負けたらどうなさるおつもりで?」テオジールが深いため息をつく。
「15枚集めるのに何年かかると思ってるのさ。対戦の実現すら危うい」少年は鼻で笑う。
「相手は生まれながらの戦士、と言われるロスカ人。いずれは」
「負けるつもりはないよ。でも負けちゃったんなら約束は守るよ」
「対戦の勝敗よりも憂慮すべきことがある」テオジールは漏らす。
「ぼくが試合中に殺されるかもしれないってことでしょ、あいつに。でもそれはないよ。ぼくを殺すんだったらすでにやってるだろ、さっき場内にいたときにでも。どうしても成し遂げたいことがあるんだよ」
側近たちは懸念していたが、ハーシュメルトは面白がるように笑っていた。
そして談笑するなかグランディオが戻ってくると、少年はたずねる。「ながかったね。なにかあったの?」
「ええ、すこしばかり説教を」グランディオは穏やかに答えた。「それと、ここへ戻る途中おおよその事情は聞きましたよ。心配ですね」
「なんだよ、グランディオまで。ぼくが負けるっていうの?」
「勝てませんよ、ねえ」
軽快な口ぶりのグランディオに対しテオジールの表情は険しく、ほかの3人もグランディオと同じ意見だった。この件に関してはだれからも支持を得られないハーシュメルトがぶつぶつと不平を並べていると、グランディオは少年をなだめ、ふと思い出したかのようにヴァンクール・ドルレアンの申し出を伝えた。
「かれ、あのロスカ人の身元を引き受けたいと言っていましたよ。ハーシュさま、どうなさいます?」
「べつにかまわないよ、好きにすればいい。でもあんまりながくセザンにいてもらいたくないね」少年は頬杖をつく。
「2年はかからないでしょう」グランディオが言う。
「じゃあ、2年が限度だ。そこまでは待ってやる。それを過ぎれば闘技場で処刑する」
「本当に試合を? なにを考えているのか知りませんが」
「太陽神が気になる。ねえグランディオ、ヴァンクールのやつに伝えておいてよ。邪魔するつもりもないし、対等な条件で戦うってね」




