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ハーシュメルトが王都にもどったとき、生存しているロスカ人は3人となっていた。かれがノーラルにいるあいだ、ロスカ人同士の対決に会場はおおいに沸きかえり、2人のロスカ人が死んでいた。いずれも手を下したのは、セザン語をはなすあの青年だった。
王都の広場に面する王都会場は外壁、客席、場内が長八角形をしている石造りの荘厳な建物である。外壁から突き出た4つの塔の頂上は街並みを見渡せるほどで、高台にある王宮に次ぐ高さに位置し、闘技場の王の権威を示しているようだ。広場に面した会場の入口の反対側一辺一帯がキングの観戦場となっており、地面から6段の階段が両脇に設置されている広い壇上に王座と、側近の座る席がある。観戦場と場内を仕切る塀にはハーシュメルトの名の文字をいくつか図案化した紋章旗がかけられ、いたるところに花が飾られている。客席は3階まであるが、王座に近い部分に1階席はなく窓のある通路となっていて、非番の王宮騎士がこの場所から場内をよく観戦していた。
残りの試合を観にハーシュメルトは闘技場へ赴き、王座に坐した。観戦席のどの位置からも目にとまる場所にいるハーシュメルトの出で立ちはなによりも際立っていて、花模様が刺繍された艶やかな衣装、身に着けた宝飾、頭上で括りあげられたきらめく長い黄金の髪にまとう髪飾りには美しい花の装飾が施されていた。会場を埋める女たちの多くは試合内容よりも、この麗しき王をたのしむために集まっており、ハーシュメルトの装いはそれを意識したものであった。
やがて、2人のロスカ人が場内に連れてこられた。かれらは防具を身に着けておらず、剣を持たされているだけだった。剣を構えたロスカの青年は微動だにせず俯いており、もうひとりのロスカ人は泣いているようだった。
「あいつが残るんだろうね」ハーシュメルトはセザン語を話していたあの青年を指し、隣に座るグランディオに話しかけた。
「ほんとうに、残った者に褒美を与えるのですか」グランディオは若い王の気まぐれを思い出してたずねる。
「ぼくが気に入るような望みならね」
「復讐のためハーシュメルトさまの命を要求するかもしれませんね」
「却下だね」少年は鼻で笑う。
「解放を要求したら?」
「帰すよ。セザンの大地を踏まないでほしい」
「かれが帰ったあと、ロスカの大軍がセザンへ押し寄せるでしょうね。証拠隠滅として始末しておきましょうか?」
グランディオが少年に視線をむけた瞬間、一発の銃声が鳴った。テオジールが身を乗り出し確認すると、王宮騎士の男が1階通路の窓から発砲したものだった。弾はロスカ人にも当たらなかった。
「はやく始めないからだよ。もう2人も殺したのに、いまさらなにをためらっているんだ」ハーシュメルトは組んだ脚を気だるげに動かした。
ロスカの青年が、発砲した騎士に抗議するような素振りをみせたが、すぐにもうひとりのロスカ人がなだめ、くずれるように両膝をついた。ロスカの青年は目の前で天命に従う男の首に剣をあてがい、事終わると、そのまま呆然と立ち尽くしていた。
「あの者の仲間は、かれだけはなんとしても生き残らせたいのでしょうか」亡骸を片付けるようすを見ながらグランディオが言うも、ハーシュメルトは反応しなかった。「決闘を放棄してみなが死ぬという選択もできたでしょうに、仲間を殺してまで成し遂げたいものとは」
「太陽神の返還などと要求してくるのかもしれん」テオジールが口をひらく。
「なにそれ」
「おや、ご存じありませんでしたか」興味を示した少年にグランディオが答える。「ロスカの国宝ですよ。40年前の戦争の原因のひとつだとわたしは思っていますが」
「国宝? なんでロスカの国宝がセザンにあるんだよ」
「その昔、ロスカの国宝が盗まれたとのこと」少年の問いにテオジールが答える。
「セザンが盗んだというのか」若い王の口調は荒々しい。
「そう主張しています。あくまで詳細は不明ですが」グランディオは冷静に返す。「過去、度々おこなわれてきた両国の戦争の原因となっているのはまちがいないでしょう。それに現在も続くロスカの内乱は、解決できないロスカの王への苛立ちからだと推測されています。返せと言われても、我々には太陽神の姿形すらわかりませんけれども」
「そんなに言うなら調べさせてくれと言ってくればいいのに」
「そういうこともしていた時代もあったようですが、発見にはいたらなかったのでしょう」グランディオが言う。
「言いがかりだな」ハーシュメルトは吐き捨てるように言い、「自国で紛失したものを他国のせいにするとは浅ましい。国宝すら管理できないなど、ロスカの屈強な戦士どもは腕は立つが知恵は寝そべる、とはよく言ったものだ」と嘲笑した。
地下牢にいる最後のロスカ人が連れてこられると、客席は沸き、はやくやれと急かすように騒ぎ立てた。1階の通路には、窓枠に肘をついた王宮騎士の姿がちらほらと見え、なかには銃を手にしている者もいる。ノーラルへ発つとき、命中させるなと言っておいたはずだが、遺体の足や肩には銃痕があった。観客が焦れるほどロスカ人たちは躊躇していたのだろう。
ロスカ人たちはまだ言葉を交わしているようだった。なにを相談しているのか、ここへきてもなお企みがあるのではないか、ハーシュメルトが考えていると、通路にいる騎士たちが銃を構えはじめた。少年同様気が立っているのだ。また観客の目が銃声に向けられるのを不満としたハーシュメルトは、決然と立ち上がる。
「はやくはじめろ!」若き王は剣を抜いて段をおり、場内と観戦場を仕切る扉を開け、「決心がつかぬようなら手助けしてやる」かれらのもとへ突き進んだ。
場内にハーシュメルトが現れると歓声と拍手が起こり、異常な歓喜に包まれた。セザン語を話すロスカの青年は待ってくれと言うように手を前にだし、もうひとりの体格のよいロスカの男は青年の頬に手をあて、声をかけていた。やがて男はひざまずき、神に祈るようなしぐさをすると目をとじた。青年は観念したのか男の首を切り、倒れた男の顔を撫で、天を見上げていた。
剣をおさめたハーシュメルトがロスカ人を冷ややかに見据えながら観戦場へ戻るあいだ、会場にはセザン人の笑い声があふれていた。客席だけを切り取れば、喜劇の一幕を観て笑い転げているように見えた。
若き王は称賛の声を聞きながら観戦場を去り、すぐとなりにあるキングの控室へ側近たちと移動した。
ハーシュメルトは植物模様の描かれた両開きの扉の先をすすみ、半円アーチの柱を過ぎて3段の階段をあがった壇にある王座へ坐し、5人の側近と王都会場に配属されている王宮騎士の男たち数人が、王座から直線にのびる赤い敷物の両端に整列した。若き王の背後にはハーシュメルトの紋章旗が、階段の両わき、壇の周辺には様々な花が飾られている。座る少年から見て右側には間仕切り壁があり、奥の空間に衣装棚、防具入れ、鏡台、全身鏡、テーブルがある。あらゆる棚、枝分かれ型の置き台、吊るしかご目一杯に飾られた花は、人びとから日々送られてくる進物だった。木製の間仕切り壁は透かし彫りが施されており、その隙間に王都周辺で採れる数々の花が編み込まれている。花の種類が豊富にあるセザンではその活用法のひとつとして、どの場所にもよく花が飾られるのだ。
まもなく手錠をかけられたロスカの青年が連れてこられた。間近で見る立ち姿は力強く、目には衰弱する気のない光が見てとれる。日に焼けたような赤い肌に、白に近い銀色の髪はもっともロスカ人らしい姿だった。
青年は指示通り両膝をつくと、そのままじっと屈辱に耐えていた。
「セザンに来た本当の理由を言えよ」ハーシュメルトは冷たい視線を送る。
「4年前のロスカでの襲撃事件で犠牲となった5名のセザンの騎士のご遺族、そしてサンセベリアの商人一家と対面の場を設けていただきたいのです」
ハーシュメルトは組んだ脚を解き、前かがみになって言う。「前にも言ったとおり、それはできない」
「ならばせめて言伝てを」
姿勢を戻したハーシュメルトはいっときの沈黙のあと、「商人の名は」と聞く。
「わかりません。わたしがロスカで預かった入国名簿にははげしい破損があり、また、当時現場にいた者の大半がすでに死亡していることからすべてを把握できておりません。商人の方についてわかっていることは、奥方が亡くなり、当時6歳のご息女が銃弾をうけたということだけです」
「話にならないな。そんなに謝りたいなら自力で探せよ」
「残った者に褒美をやるという話のはずです」青年は若き王を見据える。
「ぼくの気に入る要望なら聞いてやるよ」ハーシュメルトも目を逸らさなかった。
「そのほかに望みなどありません。そのためにセザンへ来たのですから」青年は嘆くようにうなだれた。
「本当か? そんなことのために仲間を殺したのか」
ハーシュメルトは太陽神を気にしていた。たんなる好奇心であったが、なにかしら男が漏らさないかと窺っていたのだ。しかし一向に男の要望は変わらず、いくら探ってみても一寸もぶれない男の意思にハーシュメルトは煩わしくなっていった。
「もうそのセザン人の話はするな。4年も経ったいまさらロスカの言葉など耳に入らない。もう帰ってくれ、褒美はそれだ、おまえの命だけは助けてやろう」
若き王がはなしを切り上げ立ち上がろうとすると、ロスカの青年は、「お待ちください、わたしの命などもうなんの価値もありません。ロスカに帰る場所はもうどこにもないのです!」引きとめようと懇願した。




