表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
KING  作者: 安三里禄史
一章
PR
4/77

1-2

「白状します。わたしは女です」

 リーズ・ベルヴィルは短い黄金色の髪の毛をかきむしりながら、木造家屋の室内を歩き回っていた。動くたび、床のきしむ音がなる。

「だめだよリーズ、これも付け加えないと。性別をいつわり申し訳ございませんでしたって」ロレンツは深刻な顔で妹に意見をだす。

「やだよ! 偽ってない! 出たいですって言ったら良いって言われたって言ったでしょ。男か女かなんて聞かれなかったし、あっちが勝手に判断したんだよ。もしかしたらルールが変わったのかもしれない。すこし前に男の子に変わったっていうし。兄さん、なんだっけ? その子の名前」

「ハーシュメルト、だったかな」妹と同じ色の長い髪をうしろでひとつにまとめているロレンツが答える。

「そう! ハーシュメルト! やたら長い名前だよね、いかにも貴族っぽい。あの歳でキングになるなんて、生まれたときからみっちり教育されてる優良人物ってところだね! わたしの嫌いな種類の人間だ。高慢ちきで誇り高くて? 軽蔑しきった顔で田舎者をばかにする! そのうえわたしは女ときた! 兄さん、目に見えるよ、どうなるか。いまからくるわたしの今後がどうなるか目に見える!」感情の高まりのあと失意の底に沈んだリーズは、くたびれたテーブルの席に腰をおろした。

「闘技場の規則のこと、コーマックさんは何て?」むかいに座る兄がきく。

「確認中って言われたまま。はあ、コーマックさんがいればまだ心強かったけど、なんで移動になっちゃったんだろ。あのひとだけやさしかったんだよなあ。あのひと、わたしが女だって知ってたのかなあ」

「リーズ、そろそろ行ったほうがいい。キングを待たせるなんてこと、絶対にあってはならない。早めに行って、ちゃんと反省した姿をみせて、誠意が伝われば恩情を期待できるかもしれない。貴族といったって、キングになるほどの人間なんだ。きっと広い心をもっている。規則違反はしたが、悪質な犯罪をしたわけじゃないんだし、こんな田舎の一農民にいちいちめくじらを立てないだろう」

 こう言ってみたが、ロレンツも内心では絶望していた。命までとられることはないとしても、これまでの闘技会で得た優勝賞品の没収は免れないだろうと覚悟していたのだ。

 兄に促され、リーズは家をでた。ここノーラルは王都から遠くはなれた山を切り開いて作られた農村である。まわりは森に囲まれており、ノーラルを出たことのないリーズにとっては自然の牢獄にいるようで、窮屈な思いをする場所だった。

 王都からノーラルへ来るには山を越える必要がある。こんな辺鄙なところに昼のうちに辿り着くはずがない。リーズは足取り重く、村のはずれにむかう。道なりに進むあいだ、何人かの村人とすれちがったが、リーズはだれからもあいさつをされず、リーズも誰にも声をかけなかった。リーズは途中、この村でキングの屋敷の次に大きく立派な屋敷を睨みつけると、唇をかみしめながら闘技場のある山林の先へ走って行った。

 石の土台の上に煉瓦を積み上げたノーラルの闘技場は村に合わせたかのように小さかった。王都会場の半分にも満たない大きさの矩形で、四つの角には四辺の壁よりも高い、装飾としての柱が備え付けられていたが、外壁も柱も所々劣化して欠けており、柱のひとつは頭部がくずれ落ちていて、どうにも頼りない貧弱な外観だった。

 闘技場の前でリーズは立ち止まり、崩れたみじめな柱と自分の心を重ね合わせていた。ハーシュメルトはいつ頃到着するのだろう、と闘技場の脇にあるキングの屋敷を覗いてみると、紋章のついた煌びやかな屋根付き馬車がすでにとまっていた。

 リーズは慌てふためいて闘技場の中へ急ぐ。「朝に到着するなんて思ってなかったよ!」リーズは心のなかで叫んでいたが、キング一行は王都を発った2日後のきのう、1日かけて山を越え、晩のうちにノーラルへ着いていたのだ。

 ノーラル会場に配属されている王宮騎士に案内され、リーズはキングの控室に通された。恐る恐る扉をくぐると少年がだれかと話をしながら室内を歩きまわっており、5人の王宮騎士がテーブル席に座っていた。室内は殺風景であったが広く、奥には王座があった。

 兄に言われたとおりリーズは謙虚に反省を装っていたが、自分はもう断罪されるだけの身なのだ、と思うと急にちからがわいてきて、みずから嘘をついたわけではないのに咎められるのはごめんだ、悪気はなかったのだと主張する必要はあるとして奮い立ち、顔をあげて少年を直視した。

 声を張り上げようとしていたリーズだが、よくよく見ると想像とは異なる少年の姿に不意をつかれる。ハーシュメルトの外見は戦い抜いてきた剣士のような気迫が感じられず、どちらかというと湖のほとりで歌でも歌っていそうな優美な風貌だったのだ。歩くだけでそよめくしなやかな服、髪飾りからしずくのように垂れる数々の宝石、少年の域を越えない無邪気な指を保護する指輪、光沢のある靴には傷ひとつ付いておらず、少年がその場に立ちさえすれば単なる石の床だとしてもたちまち金の絨毯に変わってしまう、少年の輝きはそう思わせるほどリーズを驚愕させた。

「きみがリーズ・ベルヴィル?」ハーシュメルトはリーズをじっと見る。

 リーズの心はこの闘技場の柱のようにぼろぼろとくじけてしまい、うつむくと自分の汚れた靴が目にはいった。ものめずらしそうに見られているが、かれはこの破れた服を、穴の開いた靴を、とれない土汚れがついたほつれた布を目にしてなにを思うだろう。どんな態度でばかにされ、どんな言葉で罵るだろう。リーズは落ち込んでしまい、冷静になって考えた。どう主張したところで嘘をつくなと言われるに決まっている、火に油をそそぐだけだ、潔く謝ってしまったほうがまだ可愛げがある。屈辱ではあるが絶対的な権力を前に、ぼろぼろの身でどう立ち向かえというのか。

 リーズは観念して、「あの、わたしは」と言いかける。

「ちょっと待って」

 すかさず片手をあげてハーシュメルトが制止する。そしてリーズの顔や自分よりも小さく見える体格をひと通り見終えてから、「女の子だよ、ねえ? リーズ、きみ女の子だろ?」と言った。

「はい」

 リーズがちからなく答えるとテーブル席のおとなたちからどことなく感嘆驚嘆の声があがっている。

「ほらやっぱり! 見てわかるじゃないか。なんで許可したんだ。きみ性別を偽ったの?」

「いえ、偽ったつもりは……聞かれなかったですし」予想に反したかれらの晴れ晴れしい反応にリーズは戸惑う。

「勘違いされたってことか。まあ、そんなに髪が短ければね。でもどうして出場しようと思ったの? 禁止されているのに」

「えっと、それは」リーズは迷ったが、思ったほど場の雰囲気が辛辣ではなく、側近たちの目つきからも、かれらが悪人のようには感じなかったので正直に答えた。「性別を聞かれなかったから、規則が変わったのかなって。もしハーシュメルトさまが来たならそのときにたしかめようと思ってはいたんです。でもなかなかノーラルに来ないから」

「いけませんね!」

 年若い側近がハーシュメルトを茶化す。事実、ハーシュメルトはキングの称号を得てからあまりこの地を訪れていなかったのだ。

 ハーシュメルトははぐらかすように、「ぼくに会いにくればよかったじゃない」と軽やかに笑った。

「行こうとも考えたけど、馬なんてもってないし、王都がどこにあるかもわからないし」リーズは肩をおとす。

「それでいちかばちか申請してみたら通ってしまったということ?」

「はい。まずいかなとは思ったけど、やっぱり規則が変わったのかもって思うようにしていました、でもやっぱり禁止されてたんですよね、すみませんでした。ひとを騙そうとしたわけではないんですけれど、だめなものはだめですよね。あの、罰則はなんですか?」リーズはうつむいて、反省している、という態度でたずねた。

 ハーシュメルトは面白がって、「何?」とうしろにいるグランディオにきいた。

「それはまだ決めていなかったのですよ。違反者がいたら、そのときに決めようと思っていたので。いま決めるとしたら、そうですね、わたしでしたら出場停止処分と仮徽章かりきしょうの没収あたりですかね」少年の思惑はわかっているグランディオは淡々と答えてみせる。

「厳しいな」物腰のやわらかそうな側近が哀れむふりをする。

「そんな……」からかわれているとは知らないリーズは失望し、最後の望みをかけて訴えた。「わたしが悪いのはもちろんですけど、勝負にはちゃんと勝って優勝しました。出場停止は仕方ありません、言う通りにします。でも没収だけはどうか許してください。ほんとうに、ちゃんと戦いました。そもそもなんで女だとだめなんですか? 男より強い女だっています。理由を聞きたいです。理由に納得できれば没収も受け入れます」

「そうだよ、なんで禁止してるんだよ」ハーシュメルトは非常に物々しい口調で再びうしろをむいた。

「だって危ないでしょう。かりにわたしの娘が出場したいと言っても絶対に許しませんよ」

 明確な理由はないようだ。それも当然、グランディオがこの規則を定めたわけではなく、過去に決められたものを受け継いでいただけであった。近年闘技場でおこなわれる剣闘試合は、王宮騎士を目指す者の力試しの場の意味合いが強く、騎士になれない女性では試合にでる利点がすくなかった。それに実際、グランディオの代にも女性の出場要望は一度もなかったのだ。

「あぶないからだって。なんども優勝しているきみには関係なさそうだけど」ハーシュメルトはしょぼくれるリーズの顔を覗き込む。

「せっかく集めたのに」リーズが呟いた。

「いくつ持ってるの?」ハーシュメルトは優勝賞品である仮徽章かりきしょうの数をきく。

「7つ」

「へえ! すごいね! あと3つで貴族になれる」

「それが目的じゃないですけれど、でももうなにもかも終わり」リーズはうなだれたまま答えた。

「そうなの? なにが目的?」

「お金。あれ換金できるんでしょ?」投げやりに返す。

「うん」

「ハーシュメルトさま、お願いします!」リーズはやけになって、なりふりかまわず声をあげた。「出場停止でもなんでも受け入れますから、どうかこの自力で勝ち取った仮徽章だけは見逃してください。ほんとうに困るんです! ハーシュメルトさまには貧乏がどういうものか分からないと思いますが、ほんとうに、毎日生きるのに必死なんです、死ぬ思いで戦ってきたんです! 病気の兄のためです! どうか、1枚だけ、いや半分だけでも残してもらえませんか!」

「うん、いいよ」いい加減飽きがきたハーシュメルトは本来の目的を遂行すべく、テーブルに置いてある規定書に文字を書きはじめた。「没収もしないし、そのまま出場してもいいよ」

「どういうこと?」相手の意を掴めず、リーズは混乱していた。

「べつにきみを咎めにきたわけじゃないんだ。ちょっとからかってしまった、ごめん。ぼくはきみに会いにきたんだよ」書き終えたハーシュメルトはリーズの傍へ寄る。「王都でも噂になってる。ノーラルにすごいのがいるって。どんな子かと思ったけど、まさかほんとうに女の子だったとはね」

「なんだ、びっくりした! じゃあお咎めなし? ほんとうに? これからも出場していいの?」

「もちろん。いつかきみが王都に来てくれるのを待ってるよ。きみならキングになれるかもしれない」

「えっと! わたしキングになりたいわけじゃないんだけど」突然の相手の好意にたじろぐも、リーズは差し出されたハーシュメルトの手をとった。

「気が向いたらでいいよ。でも、きみとぼくが対戦するならばきっと盛り上がる。それくらいきみは有名だ。あと、ぼくのことはハーシュと呼んでくれて構わない。王都の友人はみんなそう呼んでいるから」かれは話し終えるまで、リーズの手を握りしめていた。

 用が終わるとすぐに解放され、肩の荷がおりたリーズは兄を安心させようと足早に自宅へ戻った。顔を合わせるとロレンツは、本当の病人かと思わせるほど青白い顔をしていた。

「どうだった、リーズ?」

「いい奴だった、兄さん、ほんとうに。びっくりしちゃった。あんな奴もいるんだね!」リーズは自分が巡り合った幸運を一気に吐き出した。

「いい奴? どういうことだ? 思ったより罰則はかるかった、数枚の没収くらいか? けどもう出場はだめなんだろう? リーズ、やけに機嫌がいいようだけど、なんと言われた?」

「なにも。なにもないよ兄さん、没収もなし、それどころかこれからも出ていいって! 規定書まで書き直してくれた。わたしの目の前で。なんて書いたのかは読めないけど、でも、きみならキングになれるから気が向いたら対戦しようって言ってくれたの。信じられない、ね! 兄さん、こんなことってある? セザン人はみんな嫌なやつって思ってたけど、わたしはこのノーラルしか知らなかった!」

「なにも? 本当かい? そうか、よかった。やっぱりぼくの言ったとおりだったね? ほら、田舎貴族とはわけが違うのさ。本物の権力者は概ね寛大な心を持っているものだ。だがリーズ、疑わしいところはなかったね? 口ではそう言っても、あとからひどい目に合うなんてこともあるかもしれない。貴族は貴族さ、ぼくらを対等に扱うなんて考えられない。なにか魂胆があるかもしれない。一応、用心しておいたほうがいい」

「そうだね、でもきっと大丈夫。わたしの勘ははずれないよ。悪人だったら見破れる。兄さん、もしかしたら」リーズは安堵と期待が入り混じる。「話くらいは聞いてくれるかもしれない。寛大な人間だったら、ロスカ人にたいしてもきっと寛大だよ。一筋の希望っていうのはこういうことを言うんだね。兄さん、わたしちょっと外にでるね、コルチカに会ってくる」

 そう言ってリーズはすがすがしく家をでたが、ロレンツは気が重かった。リーズを信じたい気持はあるものの、はたしてどこまで信用できるのか、善意はただの悪ふざけではなかったか、結局セザン人はセザン人でしかないのだ。これがロレンツの本心だった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ