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あくる日の闘技場は噂をきいた人びとで溢れ、立ち見で観戦する者もいた。ハーシュメルトが牢のなかから名乗り出た男を連れ出すと、場内は瞬く間にロスカ人への怒号と若き王への称賛の声で埋め尽くされた。ハーシュメルトはロスカ人に剣を与え手錠をはずさせたが、身に深く刻まれた痛みと空腹をかかえては、屈強なロスカの戦士といえどもそれは意味のない公平性をしめす演出にすぎなかった。観客の反応を楽しみながら散々もてあそび、誇り高きセザンの騎士を演じ、ようやく動かなくなった敵の終焉を迎えると、大盛況のなか幕をひいた。
闘技場の前の広場にはひとだかりがあり、若き王が姿を現すと、それらは一斉にかれのもとへあつまった。人びとから飛びかう自身への賛辞、国王への怠慢の嘆きに対し、ハーシュメルトは笑顔で応えた。
この2日で、国民のハーシュメルトへの期待が急激に高まっていた。かれがかつての闘技場の王だったグランディオ・ルードベックを降し、新たな王となり、キングの称号を得た当初から15歳の若き王としてもてはやされていたが、それは外面的な評価であり、大人たちは酒場での巷談として、子どもたちからは身近な英雄として親しまれる程度の人気であった。だがこの一件以来、人びとはハーシュメルトを「セザンの希望」と称するようになり、とくに女たちからはその恵まれた容姿により麗しの王と呼ばれ、愛された。
民の興奮冷めやらぬうちに更なる期待に応えるべく、セザンの希望は翌日の開催をその場で決めた。そして別れを惜しむ人だかりを抜け、招待されていた貴族の家で会食を楽しんだあと、自身の屋敷へ戻った。
翌朝、早く目覚めたハーシュメルトは日々行う訓練のため、町の北西の騎士区にある訓練所へ向かうとき、自身の屋敷の大玄関でグランディオに呼びとめられた。昨晩届いた差出人の名がない手紙に、ある報告が記されていたようだ。
「宛名がなかったのでさきに読みましたけれど、ノーラル会場で違反者がいるようです。調査を要求しています」グランディオは手紙を渡す。
「違反? 内容は?」少年は億劫がって目をとおすふりをし、手紙を返した。
「男と偽って試合に出ている女がいるようですよ」側近は書かれている内容をそのまま伝える。
「べつに構わないんだけど」少年は言いかけたが思い出す。「ああ、きみが禁止していたんだね。あとで書き直しにいくよ。いまはノーラルまで行く余裕はない。ロスカとの試合を中断するわけにはいかないからね。どんなに急いだって帰ってくるのに7日はかかるだろう? 無理だ」
ハーシュメルトは話を切り上げ歩き出したが、グランディオにとめられる。
「なりません。あなたがなんらかの判断を下さないと、ノーラルの試合が再開できません」
「さきに手紙だけ送っておくよ、女の子も出場可能って。それならいいだろ?」
グランディオは首を横にふる。「ハーシュさま、地方の会場を疎かにしてはなりません。王都会場だけがあなたの領地ではないのですよ」
「わかってるよ、でも遠いんだもの。じゃあ、きみがここに残って続きをやってくれ。何日もみんなを待たせるわけにはいかない」
「やれと言われればやりますが、わたしはあなたに仕えているのであなたのそばを離れるわけにはいきません」
「なんだよ、もう」終わらない会話にハーシュメルトはいらだって、「だれなんだよ、ぼくの邪魔をするのは」遠くはなれたノーラルの不届き者に不満を抱く。
「リーズ・ベルヴィルですよ」グランディオが答える。
「リーズ・ベルヴィル? 聞いたことあるな、王都でも噂されている。ぼくと歳が一緒くらいだったと思うけど、さいきんノーラルで連勝してる子だ。女の子だったの?」少年はグランディオを見上げた。
「そうみたいですね。直接確認するまでは何とも言えませんが」
ハーシュメルトはしばしの沈黙のあと、「わかった。行くよノーラルに。でも今日は許して。明日出発する」と言った。
グランディオが承認すると、少年は晴れやかな表情で出て行った。
その日の午後ハーシュメルトは沸き立つ舞台にあがり、人びとの望むまま剣をふるい、ロスカ人の苦痛で染まる衣装も気にせずに明日からの思索に耽っていた。
試合が終結するとハーシュメルトは地下へ行き、残る5人のロスカ人たちに、これから数日間指定された日にふたりで対戦をおこない、どちらかが死ぬまで試合を続けるよう命じ、放棄すれば闘技場でひとりずつ銃殺すると告げた。そして王都会場に配属されている王宮騎士に、ロスカ人が試合をはじめないようであれば銃で煽ること、しかし命中させてはいけない、かならずロスカ人の手で同胞を殺させるよう指示した。
「はじめからロスカ人全員が死を望んだのなら、そのまま牢にいれておいてよ。あと、毎日はやらなくていいよ。ぼくが戻る前に終わってしまったら面白くないからね」ハーシュメルトは騎士に耳打ちし、立ち去る直前ロスカ人のいる牢の前に移動して、「最後まで残ったひとりには、なにか褒美をやろう」となかば気まぐれに言い放った。




