8-2b
「話をすると思い出してしまうから。きみのこうなる姿を見たくなかった」
ハーシュメルトは、伏せたままの少女の頭を右手でなでた。
少女は首を横に振りながら顔をあげ、濡れた頬を拭った。「ロスカでなにがあったのか真実を知りたい。アーヴィンのお兄さまも、ほかの騎士のひとも、セザンに生きて帰れなかった。お父さんとはすこしだけ話せたけれど、詳しいことは何も」
ルディアーノを立たせ、ハーシュメルトはソファへ移動した。かれはすぐに話し始めず、どことなく一点を見ていた。ルディアーノと同じく、かれにとっても口にすることが辛い過去なのだ。
「ハーシュさま、いまでなくてもいいのです。また、話せるときに」
「いや、いま話すよ」ハーシュメルトはまだ乾ききっていない少女の頬に指をすべらせた。「4年前、もうすぐで5年になるけど、ぼくが12歳のとき、父さんの仕事の都合でぼくたちはロスカへ行った。いつもは家族を連れて行くことはなかったんだけど、前からロスカに、外国に行きたがっていたぼくのために特別だって、連れて行ってくれたんだ。護衛の依頼をしたことに母さんは、ロスカは危険なところなのかと父さんに聞いたけど、外国に行く商人に護衛をつけるのはよくあることだと言っていた。商品を盗まれないようにってね。きみのお父さんとはサンセベリアではじめて会ったよ。とてもやさしくしてくれた。よく話しかけてくれて、船の中でもぼくが海を覗き込んで落ちそうになったのを、助けてくれたな。ロスカの港町に着いて、むこうはとにかく暑かった。みんな腕まくりしていたけど、肌が痛むからやめたほうがいいと父さんが教えてくれた。夜はずいぶん冷えていた。その港町で一泊したときはなにもなかったんだ。危険な思いをするわけでもないし、ロスカ人は陽気だったよ、親切だった。それから何日かかけて帝都に向かったんだけど、向こうは緑がすくなかった。セザンみたいに花が沢山あるということもない。乾いた土の匂いがして、風が吹くと砂がとんでいた。ぼくたち家族は馬車で、騎士のひとたちはロスカで借りた馬で、案内役のロスカ人と一緒に移動してた。そのときまでは楽しかった。見るものすべてが新鮮で、きみのお父さんも娘のお土産に、って服を買おうとしていた。でも見てた服は踊り子用の衣装を取り扱っている店で、子ども用がなかったし、袖のない服だったからセザンでは寒くて着られないか、と断念していた。帝都のほうが店の種類が多いから、そこで買おうという話になったんだ。まさか、その娘さんとこんなふうに出会うとは思ってもみなかった」
ハーシュメルトは微笑み、一息ついて目をふせた。
「襲われたのは帝都に着いてすぐだった。ぼくは馬車の窓から街並みを見てたんだけど、突然銃の音がしたんだ。母さんがぼくを抱えて窓をしめた。銃声はずっと続いていて、悲鳴も聞こえた。馬車の外が慌ただしくなって外を覗いた父さんが、武装した男がはいってくるのに気づいて外にでた。武器なんて持ってなかったけど、父さんはぼくたちを守るために戦おうとしたんだ。でも父さんは後悔してた。母さんのそばを離れるべきではなかったと言っていた。ぼくと母さんは馬車のなかで身を寄せ合って、事がおさまるのを待つしかなかった。外でなにが起きているのかわからなかったけど、いまから殺されてしまうのだろうということはわかった。ますます銃声が激しくなって、母さんはぼくとのあいだに荷袋をいれた。そして知らない男が馬車の中へ入ってきて、母さんはぼくに覆いかぶさった。男に銃をむけられたけど、きみのお父さんが男を押し出してくれたんだ。ぼくは状況を知るために起き上がろうとしたんだけど、母さんの重みで動けなかった。いくら呼んでも母さんは返事をくれなかった。あとで知ったけど、馬車には銃弾が貫通したあとが残っていた。しばらくして音がおさまって、耳をすませて待っていると、数人のロスカ人が母さんを連れ去り、ぼくのことも連れ去ろうとした。抵抗しようとしたけれど恐怖で力がはいらなかった。いよいよ殺されるのかと覚悟したけど、あのひとたちは帝都の医療チームで、ぼくたちの手当てをしてくれたんだ。ぼくはいつのまにか左足に銃弾をあびていた。弾をとろうとしてくれていたみたいだけど、痛くて仕方なくて、体を押さえつけられているのも痛かった。そしてなにかを飲まされて、しばらくして起きたときには静かな部屋でベッドに寝ていた。左足には包帯が巻かれていた。起きたぼくに気付いた医療チームのひとがみんなの居場所を教えてくれて、隣の部屋に案内してくれた。セレヴィスさん以外、みんな死んでいた。きみのお父さんはひどい傷で、頭にも体にも包帯が巻かれていた。セレヴィスさんはぼくに声をかけてくれた。かならずセザンまで帰ろう、なにがあってもきみだけは守ると励ましてくれた。ぼくの父さんだけ見当たらなくて探していると、ほかの部屋から怒鳴り声が聞こえた。父さんの声だった。かなり激高していたよ、ぼくの知らない父さんみたいだったな。ロスカ人に対して怒ってた。こんな危険なところにはいられないから、すぐに帰らせてくれと言っていたんだ。外はまだ危ないし、けが人もいることだからとロスカ人にとめられたんだけど、ぼくたちは次の日に帝都を出た。運んでくれたのはロスカ人だよ。帰る途中セレヴィスさんはずっとぼくたちに謝っていて、父さんもセレヴィスさんに謝っていた。船のなかでもきみのお父さんは、生きて帰れるだろうか、娘に会いたい、と言っていた。セザンに帰って何日かしてセレヴィスさんが亡くなったと聞いた。それでぼくは父さんに頼んでアストレーヴへ連れて行ってもらったんだ。きみがぼくを見かけたのはこのときだね。ぼくたちはすぐサンセベリアへ帰ったよ。ぼくは母さんが大好きだった。ぼくがロスカに行きたいとさえ言わなければ、だれも傷つかずに済んだのかもと、いまでも後悔している。なんであんなひどいことされたんだろうな」
ルディアーノはハーシュメルトの頭に手をまわし、寄り添った。頬を伝う悲しみからかれを救いたかったのだ。




