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KING  作者: 安三里禄史
七章
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7-4a

 翌日の早朝、リーズが2階の客室の窓をあけると、朝露に濡れる葉の匂いが冷たい風にのって流れ込んだ。静かな街並みを眺めていたリーズは体を動かしたくなって部屋をでたが、なかなか玄関を見つけられずに屋敷内をうろついていると、どこからか名を呼ばれた気がして立ち止まった。あたりを見渡していると、ついさっき通った階段から男がおりてくる。男の顔を見るとリーズは姿勢を正した。

「なにを探している。ひとか、場所か?」

「おはようございます、テオジールさん。玄関を探しています」リーズは背筋を伸ばし、きびきびと答えた。

「ついて来なさい」テオジールは歩き出した。

 おとなの歩幅に遅れないよう、リーズはたまに小走りする必要があった。あとを追うあいだ一言も言葉を交わさなかったが、目的地へ着くとテオジールから、「まだひと気が少ない。町へ行くなら路地裏へは行かないように」と声をかけられた。

「はい、気を付けます」

 返事をするとテオジールはその場を去ろうとしたが、リーズは呼び止めた。そして、しっかりと顔を上げて相手の目を見る。以前ノーラルで見たときと変わらない厳しい眼差しを確認できた。「ノーラルで助けてくれたこと、ちゃんとお礼が出来なかったから、いま言わせてください。ありがとうございました」

「礼はいらん。なりゆきでそうなっただけだ」

「はい。そうだとしても、いいんです。状況が良くなったことに変わりないんですから。ちゃんと伝えられてよかった。テオジールさん、それと、案内してくれてありがとうございました」リーズはそう言うと、外へ出て行った。

 広場への大階段をおりながら、リーズはアストレーヴの街並みを眺めた。すっかり薄暗さはなくなり、人びとの活動が徐々に感じ取れる程度で、ひと通りはすくなかった。リーズはまだ行っていない、レイミーの家があるという北の通りをあるいた。途中、路地にはいる道があり、リーズは好奇心からはいりたくなったが、テオジールの言いつけを思い出した。その警告の理由までたずねなかったので、いったいなにがあるのかとリーズは道端に立って、路地を覗いていた。

「きみ! どこの家の子どもだ! まだ朝はやい、家に帰りなさい」

 リーズは突然男に声をかけられた。知らない男だったが、ハーシュメルトの側近と同じ服装をしている。おそらく王宮騎士なのだろう。

「ちゃんと許可はもらって出てきたんですけど……」リーズは相手の力強い声に若干尻込みしてしまった。

「そうか。だが路地裏へは行くな。近ごろ物騒だからな。どうしても用事があるというならば、付いて行こう。親に使いでも頼まれたのか? こんな朝早くに子どもひとりで行かせるとは、少々注意が足りない気もするが」

 ひとりで勝手に喋る男のうしろには、もうひとり何者かが立っていた。フードをかぶっていて顔は見えなかったが、騎士の男より背が高く体格もいいことから、男であると予想できた。

「あの、いいです、路地に入らなくても。散歩してるだけなんです。あと、物騒ってなんですか? アストレーヴにはセザン人しかいないんだから、もめごとなんてないでしょ?」

「そうでもないのだ。セザン人同士でもめたって、殺人事件は起きる。最近それが増えた。子どもが巻き込まれては大変だ。用事がないのならきみはいったん家へ戻り、遊ぶのは昼からにしなさい」

 王都の治安の良し悪しなど知るはずもないリーズなので、騎士が言うのなら王都ではそれに従おうと思い、屋敷へ引き返そうとした。が、そのとき一瞬だけこちらをむいたフードの男の肌を目にしたリーズはおどろいて、かれの顔を覗き込んだ。

「どうして!」

リーズは思わず声をあげた。「どうしてロスカ人がここにいるの?」

 その声に戸惑うロスカ人を見て、怯えているのだと勘違いしたリーズは騎士を睨みつけた。

「このひとをどうするの? どこに連れて行くつもり?」

「なんだ? きみはなぜいきなり怒るのだ!」

 リーズの唐突な怒りに呆気にとられた騎士は目を丸くした。

「ちゃんと答えて! このひとをどうするの? 大体このひとが何をしたって言うの? どうせロスカ人だからっていうだけの理由なんでしょ?」

「何を言っている! どこへ連れて行くわけでもないぞ!」

 見兼ねたロスカ人ジーク・エリオスが事情を手短に伝えると、リーズは恥ずかしさで顔を真っ赤にして非礼を詫びた。

「未だ事情を知らぬ者がアストレーヴにいるとは思いもしなかった! なんだ、きみは最近王都に越してきたのか?」ヴァンクールはよく通る声で、感情をこめた両手を振りながら話していた。

「わたし、アストレーヴの者ではありません。用があって、ノーラルから来てるんです」

「ノーラルから?」

ヴァンクールはまじまじと相手の顔を見る。「リーズ・ベルヴィルか?」

「なんで知ってるの?」

「やはりそうか! きみのことは新聞で知った。たまに広場の掲示板に貼りだされているからな。近々ノーラルから来るというのもそれで知った。いちど会ってみたかったのだ。ずいぶん小柄だから、まさかと思ったが」そう言ってかれは握手を求めた。「わたしはヴァンクール・ドルレアン。王宮騎士だ。ところで、きみはロスカ人に敵意がないようだが」

「はい、ノーラルにいるロスカ人とは友だちなんです。セザン人はロスカ人に冷たいから、あなたのこともてっきり。でもどうして? 王宮騎士のあなたがロスカ人の味方をするなんて考えられない。わたしが知らないだけで、意外と友好的なひとは多いの?」

「いや、残念だが」ヴァンクール嘆息をもらす。「だがかならず道はひらける。自分が正しいとおもう道を行くだけだ。きみのような者もいるのだな、会えてよかった。こう言うと己の非力さを晒すようで情けないのだが、きみのような者がキングであればと願わずにはいられない。わたしひとりの力ではかれを救うことが出来ないのだ。きみが闘技会に出続ける理由はあるのか? 勝手なことを言えば、ぜひともキングを目指してもらいたいのだが」

「もちろんそのつもりです」

 思わぬところで得た同志に、リーズは心が軽くなった。そしていっそう強くなる決意を目に宿し、ジーク・エリオスに手を差し出した。が、かれはリーズが女であるため丁重に断った。

 男が女に触れてはいけないという決まりについて、リーズは知らなかった。集落にいるロスカ人たちからもそのような話は聞かなかった。だが、リーズはコルチカから聞いた民族の違いの話を思い出した。きっとこのロスカ人とは別の民族であるから、かれらはこの決まりを知らないのだろう。もしくはコルチカがよく言っている「ここはセザンなのだから、おれたちはセザンの法にしたがう」ことによって、ロスカでの義務を放棄したのかもしれない。どちらにせよリーズは相手を尊重し、ロスカ式のあいさつを教えてほしいと頼んだ。

 ジークはまずはじめにセザンの地でロスカの掟への理解を感謝し、それからあいさつをするための手の形をつくった。ジークは両手を、水をすくうように合わせてリーズの前に差し出した。リーズは手のひらを下にし、親指側をくっつけた両手でジークの両手を覆うようにした。この際、男女の手はやはり触れてはいけない。そして、下になる手はかならず男でなければならない。女の手を上にすることで「男が女を支配してはならない」との意味をもつのだという。

 その意味を知ったヴァンクールが、「ロスカの王は女か?」とたずねたがジークは、「実情は男の世界である」と答えた。法と犯罪は両極にある。厳正な法が存在するのはすでに無慈悲で深刻な犯罪が存在するからである。

 ようやくひとの活動がはじまる頃となり、通りを歩く人びとはヴァンクールたちを不快な目で見ていた。

「きみはもう行きなさい。我々といるとあらぬ噂をたてられる。きみの印象が悪くなる」

 アストレーヴではひとの噂がすぐに広まる。ヴァンクールは身を以て、それを実感しているのだ。

「わたし、そういうの気にしない。そうやってノーラルでも戦ってきたんだ。いまさら信念は変えません」リーズは臆さず答えた。そしてジークに、「いまのわたしではサンセベリアのことをどうにかするのは難しいけど、キングになったらかならずあなたを助ける。もうすこしだから待ってて」こう約束したのだった。



「さて、我々は巡回に戻ろう。付き合わせて悪いな」

 リーズと別れたヴァンクールは路地へ入って行った。

「いえ、できる限り手伝わせてください。このくらいでは、あなたの恩を返すにはまだ足りませんから」

 ジークはヴァンクールのあとを追いながら、考えていた。先ほどのリーズとヴァンクールの会話は、かれにとって馴染みないものであった。セザンにおいて騎士とは、王族と闘技場の王を除く国民のなかで最高位にあたる身分のはずだ。女性は騎士になれないのだから、リーズがヴァンクール以下の身分なのは確実である。それなのにはじめの反抗的な態度、その後の言葉遣いも、目上の者に対するものとしては礼を欠いているように感じる。ロスカで同様の状況が起これば、目上の人間が悪人でなくとも目下の人間は打たれる。これはセザン人特有の意識の問題か、この者が特異なだけか。判断に迷ったジークはそれとなくたずねてみた。

 するとヴァンクールは宙を見つめ、「気にする者は気にするが」自分にとっては、「気にするほどのことでもない」と平然と答えた。

 これを機にジークはかねて実感していたセザンとロスカの違い――セザンには奴隷がいないことにおどろいている――と打ち明けた。貴族以上の身分の者は各家庭に数人の使用人を雇っているが、かれらは家の者と雑談もするし、自由に結婚もできる。休みも与えられ、給料も支払われる。ジークは当初ヴァンクールの家が特別なのかとも思ったが、どこの家も同様の待遇であるとかれは話していた。

「奴隷か。大昔にはいたかもしれんが、現代にそんなものはいない」ヴァンクールは答えた。

「セザンにいるロスカ人を、そうしようと思わないのですか?」ジークは心の内にあった疑問を隠さなかった。

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