7-4b
「セザン人はたしかに他人種にたいして厳しいが、そこまで野蛮ではない。しかしハーシュメルトの行動を讃えているくらいだ、そうとも言い切れんな」
立ち止まるジークの異変に気付いたヴァンクールは、かれの元へ戻る。「すまない。名を聞くのも苦痛だったな」
「いえ、違うのです。そのことでは」ジークの目には苦悩の色が浮かんでいた。「ロスカには、いるのです。戦争に負けた部族を捕らえ、人身売買をする。どこの国も同じだと、わたしは教わってきました。ですが、それは間違っていたということです。わたしは自国を出たことがありません。陸続きだというのに、リクトワールにも行ったことがありません。ですが、他国からのロスカの評判は耳にします。おおよそ野蛮な国だと言われているようですが、その通りなのかもしれません。わたしはいま、とても混乱しています。何を信じればいいのか……」
「きみたちは頑なに太陽神というものを信じているではないか」
ヴァンクールが視線を感じて近くの集合住宅を見上げると、2階の窓から不審者を見るような目つきでこちらを睨む女が見えた。
「いまはそれすらも……」ジークは呟いた。
「エリオス、歩きながら話そう。我々が不審者となりそうだ」ヴァンクールは市街区の狭い路地を歩き始めた。
「御神は我々のやり方をお認めになっているのか」重い足取りでジークは視線を落とす。「ドルレアンさん、ご存知ですか? 我々が奴隷にしているのは戦争に負けた部族だけではないのです。大昔、大陸から逃げきれなかったセザン人も、ロスカ人に支配され続けているのです。かれらの運命は昔も今も、変わることはありません。戦争に生き延び、大陸のどこかでひと知れず生きていたセザン人を見つけしだい、我々は非道に扱ってきました。太陽神にはむかう悪魔の手先への制裁としてそれは正しいやり方なのだと主張する者もいますが、いまのわたしは、正直に言えば神を信じきることができません。ロスカの歴史を、もしあの少年が知った上での行動であれば、我々はセザンを代表するかれの怒りを受け入れなければならないのかもしれません。かれはとても慕われていますね。セザンでは善人なのでしょう。かれのほうが正しいのかもしれませんね」
「エリオス、それはいけない。その考えは極端だ。歴史がどうであれ、あのやり方はけっして正しくはない。きみらが武装しサンセベリアの住人を襲ったのならばともかく、そうではないのだろう? 話し合いにも応じないなど非難されてしかるべきなのに、セザン人最大の欠点だ、自分たちが一番高貴で他人種への敬意すら払わない。おかしいと思わないか? 他人種を蔑む理由も意味も、おれには理解できない。だがここセザンではおれのほうが変わり者となる」ヴァンクールの口調はだんだんと熱がこもっていた。「それにしてもエリオス、きみはさっき神を信じ切れないと言っていたが、そんなことを口に出していいのか? 宗教のことはおれにはよくわからんが、いくらか大胆な発言のように思えるが」
「いいのです。わたしは同胞を手に掛けた罪人です。もう、ロスカへ戻れませんから」ジークは望みを捨てたような寂しい目をしていた。
「仕方のない理由でも赦されんのか。事情を話しても酌量は望めんのか?」
「ここで起きたことを国の者に報告するつもりはありません」
「だが、しかし」
「真実を話せばセザンを攻撃する口実を与えかねない。それは我々の目的ではありません。なんとしても争いは避けたい。我々はあらゆる覚悟の上、ここまで来ました。その意思が覆ることはけっしてありません」
「なぜそこまで?」
「ほかにおこなえる者がいないからです。これはわたしの宿命だと思っています。いま、他国と争う余力はありません。すべてはロスカのためです」
これが信心深いということか、宿命とは神にでも命じられているのか……ヴァンクールには不明な点が多かったが、理解しようと頷きながら聞いていた。
「ともかく、できる限り手助けしよう。ロスカの事情にまで口出しはできないが、セザンでのことなら力を尽くそう。試合もあるし、いまは王都を離れられないが、キングとの決闘が終わればウォールレストにでも行って、教会に相談してみよう。あそこにはロスカ人の居住区がある。ロスカに帰れないとしても、生活に困らないよう力になってもらうとしよう」ヴァンクールはジークの肩に手を置いた。
「ありがとうございます、ドルレアンさん。ですがあなたは何故わたしを助けてくれるのですか? 何の利益にもならないどころか、迷惑をかけてしまうだけですのに」
「おれの正義のためだ。おれは利益を考えながら行動できるほどややこしい人間ではない。この状況を黙って見ておく気にならないだけだ。すべては己のためだ」
この日、朝から市街区の巡回をしているヴァンクール・ドルレアンは23歳で騎士の称号をもらい、同時に騎士の義務として王宮騎士隊にはいって間もない新人である。ヴァンクールは王都の治安維持のための警備隊に配属していたが、不幸なことにそのほとんどがキング派であり、なかなか折り合いが悪く、歳が15ばかり上の隊長のほうでもかれを奇人変人とみなし、ろくに仕事を与えない始末であった。念願の王宮騎士になれたよろこびも束の間、ヴァンクールは無職同様の生活を強いられたのだ。なぜこのような仕打ちを受けるのか、事の原因くらいはわかるのだが納得はできないかれは、自身の上役に不服を申し立てた。しかし当然取り合ってもらえなかった。かれはまず、堂々たる家に生まれ、堂々たる長男として、堂々たる環境で育った。自身がその性質を身につけなければならない必要が露程もなかったので、つまり卑屈になる必要のない自信のある人間なので、ひとを相手にしないなどという陰険な性質の人間に怯む性格の持ち主ではなかった。それに無職同様とはいえ、騎士の称号を剥奪されたわけではなかったので、定期的に国から給料は支給されていた。見えぬ味方がいるものだとかれは感心し、自主的にだれの指図も受けぬまま町の警戒にあたっていた。どんな状況でも務めは果たそうという心意気である。しかし、ロスカ人を街中に連れ出している、と日に日に苦情が強まった。ヴァンクールの父親はついに息子をきつく戒めたのだが「正義をつらぬくことは家訓であり、おれは騎士かもしれないがその前にドルレアンの人間であり、名誉あるドルレアン家のしきたりに背くのは、ロスカの太陽神派が太陽めがけて唾を吐く行為と同じです」ヴァンクールはこう主張した。それに対し父親は「あまりロスカを例にだすな。お前が太陽神派だと疑われる」と言って呆れていた。
店のあつまる路地を抜け、ふたりは中流階級者や裕福な商人の家が建つ住宅区へはいった。王都の中心部にある名家の屋敷と比べると造りはちいさいが、それでも各家に庭もある、2階建ての立派な煉瓦造りの家がみられる。
「静かですね」
ジークはこのところ、試合の行われない日はヴァンクールと共に町を見回っていた。これまでに夜遅く男たちの諍いを目にしたり、またある日の早朝、路上に倒れている女の死体に遭遇したが、ひとまずきょうは何事もなかったので胸をなでおろした。通りにひとの姿はほとんどなく、子どもたちの声も聞こえてこなかった。
「もう昼になるか? みな食事にでも行っているのだろう。雨雲が見えるな、我々も一度戻ろう」
ヴァンクールが来た道を戻ろうとしたとき、どこからか女の悲鳴と男の罵声が聞こえた。
「何事か、どこにいる!」ヴァンクールは叫び、声のした方へ急いだ。
するとすぐに近くの家から血まみれになった黒髪の若い女が赤子を抱え、助けを求めるように庭に出てきた。その直後、短剣を持った男が見えたため、ジークは取り押さえた。男の手も短剣も赤く染まっていた。
この騒ぎに、家にいた住民たちが集まってきた。状況を把握していない者が「セザン人に乱暴している」と言ってジークを責めたが、現場を家の窓から見ていた者がそれを否定し「押さえられているのはひと殺しだ」と説明して非難の声をとめていた。
ヴァンクールは人びとに医師と王宮騎士を呼ぶよう指示し、ジークが押さえている男に手錠をかけた。
手錠をかけられても男は絶えずこう叫んでいた。「この女の体にはロスカの血がはいっている! これはセザンのためだ!」
まもなく、刺された女の家から子どもを抱えた男が出てきた。男に抱えられた黒髪の子どもの体も血で染まり、すでにぐったりとしていた。子どもを抱えるこの男は刺された女の夫のようだ。夫は、息のない妻とふたりの子に身を寄せて泣いていた。刺した男はこの夫の兄だと、人びとの会話から知れた。どちらの男も金髪だった。
「はなせ! ロスカ人め、おれに触るな!」手錠をかけられた男がジークにむかって叫んだ。「セザンのためだ、ロスカを排除するのだ! どうしておれに手錠をかけるのです、騎士さま? おれが殺したのはセザン人ではない、ロスカ人です!」
「何ばかなことを言っている! だれであろうが殺人は赦されんぞ!」ヴァンクールは暴れる男を押さえながら言った。
「そんなはずはない、スフォルツァは赦された! あいつはロスカの血がはいった自分の妻を殺し、アストレーヴから消えた! いまは田舎にでも住んでいるのだろう。なぜあいつは処刑されない? それは死んだのがロスカ人だからだ! 国王は認めたのだ、ロスカ人であれば殺してもかまわないと!」
雨がふりはじめた街中で、男は連行されるあいだ何度も繰り返し叫んでいた。




