7-1b
ハーシュメルトが通りに現れると、行き交う人びとはかれに声をかけた。ここしばらくノーラルでの用事があり、アストレーヴの闘技場にも顔を見せなかったことが、ひさしぶりの再開のよろこびを増幅させていた。
このようすにリーズは、「王都のひと、みんな知り合い?」と感心していた。
「知らないひともいる。でもみんなはぼくを知っている」ハーシュメルトは陽気に笑っていた。
通りを歩いていると、近くの店からマリーヌがでてきた。マリーヌもこちらに気が付き、ふたりの友人とともにハーシュメルトへ声をかけた。
「奇遇ね、ハーシュ。最近王都にいないみたいだけど、あさってはここにいるのでしょう? 主役がいなかったら困るもの。わたしのパパとママもそちらに伺うわ。ところで、こちらどなた?」
「リーズ・ベルヴィルだよ」ハーシュメルトは答えた。
「まあ、なんですって! リーズ・ベルヴィル!」
マリーヌたちは一斉におどろきの表情をみせた。
「思ったより小柄なのね」マリーヌはリーズの手をとる。「お会いできて嬉しい。あなたは有名なのよ。ハーシュが友人だっていうから、たのしみにしていたの」
マリーヌの友人たちも次々にリーズの手をとった。リーズは適当に返事をして、おそらく同世代の彼女らのおおきくふくれたスカートや、派手な飾りのついたつば付きの帽子を物珍しく観察していた。
「ありがとう。こんなに歓迎されるとは思わなかった。わたしのこと知ってるって不思議な気分。わたしはノーラルから外へ出たことないのに」リーズがつぶやく。
「あなたもハーシュの誕生会に呼ばれて来たのでしょう? わたしも行くわ。またそこでお話しましょう」
リーズは相手に合わせてなんとか笑顔をつくり、「よろしく」と答えた。とにかく彼女たちの華やかな出で立ちに圧倒されていたのだ。「ところであなたは?」また会うのであれば名前は覚えておこうと思い、リーズはたずねた。
「あら、ごめんなさい。名乗らなかったわね、失礼なことをしてしまったわ。わたしはマリーヌ・ウォールフォード。ハーシュの婚約者よ」
「婚約者? あんたいくつ?」リーズは目を見開いて、ハーシュメルトに聞いた。
「あさってで17」
「王都の子は10代で結婚なんかしちゃうのね、信じられない」
セザンにおける男性の結婚の平均年齢は、独立し生活が安定するころの20代なかばであり、リーズ自身の立場でも縁遠い話だったので、驚愕したのだ。
マリーヌたちと別れたふたりがさらに通りを進んでいると、通り沿いの飲食店の外にある4人用の丸いテーブルを複数くっつけた席に、レイミーやウェルダーたち数十名が集まっていた。常に目を光らせていたレイミーがハーシュメルトを見つけると、わき目もふらずに走ってきた。
「遅かったわね、待ってたの。あなたがリーズ・ベルヴィルね、大丈夫、わかってるわ! こっちへ来てちょうだい!」
レイミーがふたりの腕を掴んでテーブルにいる集団の前へ連れて行くと、かれらは興味津々にリーズを見る。
「本物?」
「結構ちいさいな」
「ほんとうに女の子?」
「ハーシュより強いんでしょ?」
「男の子に見えるけど」
かれらは思い思いに感想を述べた。
「どういうこと、レイミー? リーズが来るってなぜ知ってる? マリーヌに聞いたの?」ハーシュメルトがたずねる。
「マリーヌ? 今日はまだ会ってないわよ。広場の掲示板を見てらっしゃいよ。そこに書かれてるわ。ノーラルで連戦連勝の女戦士リーズ・ベルヴィルがついに王都へやってくるって。あんたほんとうにリーズ・ベルヴィルと知り合いだったのね! 試合はいつなの?」
「試合はまだ先さ。今回は誕生会に招待しただけだよ」
リーズはいつのまにか席に座らされており、剣闘の心がまえやノーラルの環境、ハーシュメルトとの対戦について、あれこれ質問を受けていた。
結局この日は夕方近くまで、ふたりはその場にとどまっていた。リーズは自分の人気ぶりに混乱していたが、まんざらでもないようだった。
「田舎者だってばかにされるのかと思ってた」リーズは皆と別れたあと、ハーシュメルトに打ち明けた。
「きみは強者だからね。王都ではとくにそれが重要だ。それより、あまりほかを見てまわれなかったね。アストレーヴは広い。よかったら明日案内しようか」広場を通りすぎながらハーシュメルトは言った。
広場にはいる前から右手に見えていた巨大な建物の全貌が現れると、リーズは足をとめた。「ここが王都の闘技場? なかを見てみたい」
「いいよ。でもじきに暗くなってしまう。明日にでも」
空にはうっすらと月が見える。ハーシュメルトに従い、リーズは王宮のある敷地への大階段をのぼった。
ハーシュメルトはこの日の夕食を自身の屋敷でとり、リーズをもてなした。リーズは食卓に並べられた多くの料理を感動して味わっていた。ノーラルでは肉料理も卵料理もめったに食卓にでないのだ。
客室へはルディアーノが案内した。彼女はリーズとの再会、そしてなによりハーシュメルトとの友好関係の修復をおおいによろこんでいた。リーズは明日の王都案内の際「ルディアーノも一緒に行こう」と誘ったが、誕生会の準備があり出かけられないと言っていた。
翌日の昼、ハーシュメルトは約束通りリーズを闘技場へ連れて行った。ノーラル会場とは比較にならないほど立派な造りであり、それは背もたれのないただの丸椅子と王座ほどの差があった。リーズは場内の中央に立ち、空を背景にした3階席をその場で一望してから、キングの座る王座のある観戦場へむかった。
「座ってみる?」場内から観戦場へはいる戸を開けながらハーシュメルトが聞く。
「だめだよ、キングが座る席でしょ?」と断りつつもリーズはその豪華な椅子から目が離せなかった。
「かまわないよ、座るくらい」ハーシュメルトはリーズの腕を引き寄せて王座へ座らせた。
リーズは目の前の客席をしばらく眺めていた。リーズの頭上に席はなく、高い天井は雨除けの屋根となっているだけなので、ここからすべての客席が目に入る。挑戦者を勝者の椅子に座らせて上機嫌な顔で無防備に立つ、敵意も対戦意欲も感じられない将来の敵にリーズは違和感を覚えながらも、いつの日かこの地に立つ自分の姿を見据えていた。
その後、地下牢や地下倉庫、キングの控室、町を一望できる塔など一通り案内すると、ハーシュメルトは広場に出た。
商店街でもある大通りのさまざまな店――花屋、香水屋、石鹸屋、理容店、仕立て屋、靴屋――などに興味を持ったリーズの思うままに行動させ、ハーシュメルトはあとを追いながら店の売り物について説明していった。
「ほしいものがあれば買おうか?」
ハーシュメルトは花弁入りの石鹸を興味深く見つめるリーズに声をかけた。
「そこまでしてもらうわけにいかない」リーズは思い切り首を横にふる。
「いいよ、べつに。たいした額じゃないから」かれはリーズの手から石鹸をとりカゴにいれた。
「待って待って、ほんとうにいらない。こんなおしゃれなもの持ってても仕方ないしさ!」リーズはあわてて商品を棚に戻した。
店を出るとリーズは、「あっちを見てみたい。広い家が並んでた」と言って広場へ戻り、左へ曲がって南通りを走って行った。南通りには名家の居住区があり、どの家も塀に囲まれた庭の中に立っていた。
「ハーシュのところも豪邸だけど、このあたりの家も全部素敵!」リーズは一軒一軒塀越しに家を眺めては、心躍らせていた。
「きみがキングになればあの屋敷に住めるよ」ハーシュメルトが言う。
「それってわたしだけ? 兄さんも住める?」リーズはある家の、植物の葉を象った門の上部を見ながらたずねた。
「いまの時代貴族じゃなくても王都に住めるけど、肩身が狭いだろうね。ただ、貴族の称号はお金で買えるんだから、お兄さんの分は買ってあげればいいんじゃないかな」
「そんなことできるの? わたしが買ってあげることもできるの?」
「できるよ。だれでも無条件に買えるものでもないけど、キングならそれくらいできるよ。それよりリーズ、歩きながら話そうか。ここで立ち止まっているのは、ぼくにとってあまり都合がよくない」ハーシュメルトはリーズの腕をとって歩きはじめた。
「なに? さっきの家? なにかあるの?」
「いや、あの家じゃなくてその隣がね」かれは小声で答える。通りの人びとにも聞かれたくないのだ。
「だれの家?」リーズはまだ後ろを見ていた。「わたしがわかるわけないか」
「きのう会ったよ。マリーヌが住んでる」
「婚約者のひとだっけ?」
リーズも声をおさえて尋ねたが、かれは返事を濁すように微笑するだけだった。
「ねえハーシュ」居住区を抜けたところでリーズは足をとめた。「聞きたかったんだけど、いや、聞いちゃいけないのかなって思ったんだけど、やっぱり気になるから聞きたいんだけど」
「いまはやめてくれ。だれが聞いているかわからない。聞くならぼくの部屋か、王都以外の場所で聞いてくれ」ハーシュメルトはリーズの発言を予想して制止した。
「ハーシュ! やっとみつけたわ!」
突然声をかけられた方を見ると、学区から出てきたレイミーが手を振っていた。
「王都を案内してるのね。北通りは行った? あっちにわたしの家があるわよ」
「まだ行ってないよ。これから行ってみる?」ハーシュメルトがリーズに聞く。
「見たところでここらと変わりはしないわよ、家しかないわ。それより、みんなもう集まってると思うの。せっかくだから行きましょ」
リーズが答えるよりはやく、レイミーが提案した。あたらしい友人を誘いたくて仕方がないようである。
「集まってるって、どこに?」リーズが聞く。
好意的な相手には誰にでもそうするように、レイミーはリーズの腕に自分の腕を絡めていた。「酒場よ。18でなければお酒はだしてもらえないけれど。リーズ、あなたいくつ?」
「17」
「あらおなじ。じゃあ行きましょう。ねえハーシュ、あんたの側近ってほんといつでもついてくるのね。遊んでるときくらいほっといてほしくないの?」レイミーはリーズに腕を絡めたまま、すこし離れた後方にいるおとなたちのことをハーシュメルトに耳打ちした。
「まあね、ぼくも嫌なんだけどね。待って、レイミー。リーズ、ほかに見ておきたいところはない? 酒場に行くのはそれからでも」
リーズはレイミーに引っ張られながら考えていたが、「だめだ、わたしお金持ってないよ」と言って酒場行きを断った。
「その心配はいらない。あそこの店主はグランディオの従姉なんだ。ぼくたちがいつも飲み食いしてる分はグランディオが払ってる」そう言ってハーシュメルトは、こちらの声は届かない距離にいるグランディオをちらりと見た。




