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KING  作者: 安三里禄史
六章
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6-3a

「読めないんだけど」リーズは今朝受け取った手紙を眺めていた。

「ハーシュメルトさまじゃない? その紋章。リーズ、ほかにそんな立派な紋章入りの封筒を使う知り合いがいる?」1階にある台所で朝食のスープを煮込んでいるロレンツが言う。

「いない。あとでだれかに読んでもらう」ロレンツがスープを運んでくると、リーズは食卓に手紙を置いた。「誕生会って、料理も出てくるのかな」パンをほおばりながらつぶやく。

「出てくると思うよ」

「兄さんも行こうよ。わたしだけ悪い」

「長旅はきついなあ。ぼくのことはいいから、行っておいで」

「あいつほんとうに迎えに来るのかな」

「そのことが書かれているんじゃない?」ロレンツは手紙に目をやった。

 食事を終えたリーズは皿を片付け外へでた。

 今回の闘技会を休んだリーズは、しばらく会場へ行かずに過ごしていた。かつての領主ウィリアム・グローリンの長男、ヘクター・グローリンはウォールレストに住んでいただけあってロスカ人たちに好意的であった。ヘクターはノーラルの村とロスカ人の集落を統合し、ウォールレストのように共存を目指してみてはどうか、という大胆な提案をしたが、村びとの半数以上が難しい顔をしたため計画は先送りとなった。だが、劣悪な環境で生活をしている現状をはじめて目にした村びとのなかには、かれらに同情し、家の修繕に協力する者もいた。リーズは毎日集落へ行ってその手伝いをしていたが、いい加減からだを休めるようロスカ人にも村びとにも注意されたため、やむなく今日1日暇をもてあましているのである。

 家の脇で薪割りをしていると、リーズは村びとから声をかけられた。ただのあいさつであったが、領主が死ぬまであり得ないことだった。あとで耳にした話によると、村びと全員がベルヴィル家を敵視していたわけではなかったようだ。ロスカの味方をしたベルヴィル家を睨む領主に逆らえない村びとは、ベルヴィル家に関わったら何をされるかわからないと恐れ、助けられなかったのだという。村びとは領主の死をよろこんでいた。それもそのはず、かれは村びとに多額の税をかけ、払えない者には侮辱の言葉を浴びせ、ときには騎士を使って暴行し、場合によってはその者の妻や娘を要求していた。

 リーズは一休みし、薪割り台に腰かけた。雲ひとつない晴天の朝の光を浴びながら、王宮騎士やキング、ロスカ人たち、自分の考えていた未来について思いを馳せていた。

「おはよう、リーズ」

 顔をあげると、家の柵の外にマクスベルト・コーマックがいた。

「おはよう、コーマックさん」リーズは軽く手をふった。

「どうした、元気がないな。さすがに疲れがたまってきたか? なにかあるなら手伝うよ」コーマックは快活に笑った。

「元気はあるよ、疲れてもない、体はね。ただ考えることが増えて頭が疲れてる。いま困ってるんだけど、時間があれば助けて。これ読んでほしいんだ」

 手招きされたコーマックは柵をまたいで手紙を受け取った。

「誰から?」リーズが聞く。

「ハーシュメルトさまからだね。書いてある通り読むよ」コーマックは封筒から手紙をだした。「こんにちはリーズ。このあいだはお疲れ様。13個目の仮徽章かりきしょうは王都から送りました。受け取った? おめでとう。12日にノーラルに行きます。支度の必要はありません。食事も服もこちらで用意しています。ノーラルから王都まで、馬車で3日かかります。帰りも送るので、移動の心配はしなくていいよ。それではまた。来てくれるのを心から願っています」

「12日っていつ?」リーズは返された手紙の文字を珍しそうに眺めていた。

「きょうだね。朝から山を越えて来るとしたら、ノーラルに着くのは夕方前だろうね」

「そっか、ありがとう」リーズはまだ悩んでいるようだった。「コーマックさん、聞いてもいい? あのテオジールさんってひとのこと。どんなひと?」

 コーマックは薪割り台に座っているリーズの近くにある道具入れの木箱に腰をおろした。「あのひとは2代前のキングだったひとだよ。13年前だったかな、キングになったのは。あのひと、キングになる前から試合で負けたことがなくて、ほかの騎士からも一目置かれている。闘技場で負けたのはたった一度だけだからね、すごいひとだよ。おれもあのひとにあこがれて、騎士を目指したんだ」

「そうなんだ」

「テオジールさんがどうかした?」

「なんでもないの。なんとなく、すごいひとかなって思っただけだから」

 リーズはその後、集落を見に行くというコーマックを見送った。



 このマクスベルト・コーマックという人物は、ヴァンクール・ドルレアンとおなじ24歳の王都出身の男で、ヴァンクールよりも3年早く20歳で王宮騎士となった。テオジール・クローヴィスの下で働くことを目標としていたが、かれが騎士となるころにはもうグランディオ・ルードベックがキングの称号を手にしており、夢叶わなかった過去がある。

 コーマックはリーズが性別をごまかして闘技会にでている頃から味方をし、あからさまに手助けしていた。肩入れする理由をリーズに知らせていなかったが、ノーラルの領主や王宮騎士への反発心のようなものが、かれの根底にあったのだ。元々ロスカ人に友好的なかれは、ノーラルの騎士たちとほとんど考えが合わずに孤立していた。当然、従わないのだから領主からも嫌われていた。

 コーマックはリーズと同様、ハーシュメルトのロスカ人への所行に心を痛めていた。キングの側近としての立場上やむを得ないからなのか、テオジールがハーシュメルトに付き従っているようすをコーマックがどのような思いで見ていたのかは、計り知れない。テオジールが最後まで反ロスカのキング派だったとしたら、いずれは敵対関係となるだろうが、コーマックはそれでも武器を持たないロスカ人たちを痛めつける行為は赦せなかった。このあたりの気質が似ているからこそ、セザンにおいての貴重な同志という意識が互いに生まれていき、リーズとコーマックは協力関係へと発展した。

 コーマックがノーラル会場にはじめて配属されたときにはもう、リーズは闘技会に出場していた。リーズが女に見えたコーマックはまわりの騎士に「キング交代とともに規則が変更されたのか」と確かめたが、かれらの返答は「変更はない。本人が男だと言っているし、男に見える」だった。ノーラル出身でもないかれらにリーズの性別を判別するのは難しく、それに農民の出生時の性別管理などしていない時代なのだ。リーズの性別を知る人物は、ノーラルの住人ですら多くなかった。産まれたときには女だった、と知る者がいるにはいるが、村びとのあいだではもう「とうてい女には見えない」というのが大半の意見、共通の認識で、また性別をいちいち確認する労力を使おうとする騎士もいなかったのだ。功績もなくキングとなった少年のために真面目に働こうと思う者がいなかったのも、リーズの問題が放置されていた大きな要因だった。加えて、領主のほうでもリーズを追い出したあとでキングから「ノーラルは遠いから連絡が遅れたが、じつはもう規則を変えた、女も出場可」などと言われ「規則を無視しているのはおまえらのほうだ」と難癖をつけられ自らの立場を悪くするわけにもいかず、用心していた。そもそも領主は闘技会の運営に関する権限は持っていないので、迂闊な介入はできなかったのだ。とはいえ、騎士を使ってリーズ密告の手紙は出していたようだが。

 リーズの性別はさておき、コーマックはまずキング交代となってから一度も配布されていない「ハーシュメルトの新しい規定書」を要望する内容の手紙を送った。ハーシュメルトが15歳のとき、ジーク・エリオスらがセザンに来る前のはなしである。「完成したら送る」と書かれた返書はコーマックのもとに届いた。が、いくら待っても規定書が届かないので、まずはリーズの件を知ってもらって対処してもらうべきかと迷いに迷って、ハーシュメルトのノーラル訪問時期を伺う2通目の手紙をだした。少年が16歳の誕生日をむかえるころである。この手紙の返事はもらえなかった。しかしこれはハーシュメルトが遊びに忙しく、返信を忘れていただけだった。

 この1通目と2通目のあいだの時期に、コーマックは休暇をとって王都へ帰るもハーシュメルトに会えなかったのだ。コーマックがルディアーノに「性別不明だが女だと思うリーズ・ベルヴィルの話」をしたのはこのときで、まだルディアーノがハーシュメルトと出会う前だった。

 3通目の手紙を書く直前、コーマックは移動を命じられた。かれはあの2通目の手紙がハーシュメルトの気に障ったのかと冷や汗をかいたものだが、少年からすれば単に、コーマックの「できるだけ各所をまわりたい」という当初の意向を汲んだだけだった。リーズへの風当たりが強くなってきていたころだったので、コーマックは次第に浮き彫りとなってきたノーラルの現状も含め直接相談したい旨がある、との内容の手紙を、次の配属先であるサンセベリアへむかう途中でだした。その後着いたサンセベリアの闘技場の騎士が異様に少なく、理由を尋ねると、数日前捕らえたロスカ人8名をウォールレストまで輸送しているとのことだった。

 結局この3通目の手紙の返事もなかったのでコーマックは指し出た行動だったかと反省し、次の配属先の仕事もあり、ノーラルの件はこれで打ち切りにしたのだ。それからすこし経って配られた新しい規定書には、女性の出場も認める条文がくわえられていた。リーズの戦績はたまに耳にするくらいでも、やはり女だった、予想が当たったことのうれしさと、規定を無視してまで戦地に乗り込むたくましさを気に入って、かれはリーズを素直に応援した。埃まみれになった「リーズ・ベルヴィル」という題の戯曲を発掘し、物語の世界を間近で体験しているような楽しみが、かれにはあったのだ。

 のちにどういうわけか、ノーラルへ戻ってくれとキングに命じられたとき、かれは「よしきた!」とさけんだほどだ。辺鄙な土地へとばされるのにもかかわらず機嫌のよいかれを、ほかの騎士たちは不思議そうに見ており「暇すぎるサンセベリアよりは、ましなのかもな」とつぶやく者もいた。

 こうしてノーラルへもどってきたコーマックは以前より積極的にリーズとかかわり、よき協力者、よき仲間、よき理解者となっていったのだ。いくらリーズがひとより多少勇敢だとしても、戦場でひとりきりで戦うのは気力がもたない。大荒れの海を行くにも船は必要であるし、険しい山道を行くにも杖は必要であるし、灼熱の大地を行くにも水は必要なのだ。リーズにとってそういったものが兄のロレンツであったりコーマックであったことは、言うまでもない。


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