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KING  作者: 安三里禄史
六章
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33/77

6-1c

 招いた客間でグランディオから状況を知らされるとヘクターは最後に、「これで良かったんだ」と肩を落として呟いた。

「父親を撃つつもりでしたか?」グランディオがテーブル越し正面に座るヘクターに尋ねる。

「まさか、本当に撃つつもりなどありませんよ。父を説得しに来たんです。こちらは本気だと知らしめるために武器を持ってきただけです。弾はいれていません。父の所行はアルベルトから度々おくられてきた手紙で知りました。先ほどあなたから聞いた話とほとんど合っています。集落にいるロスカ人も、このノーラルの人びとも、ずいぶん大変な暮らしだったみたいですね。とくに、ベルヴィル家のかたには何とお詫びをすれば良いのか……後ほど伺うつもりです」ヘクターは時おり頭を抱えながら話していた。

「ベルヴィルさんならそちらにいらっしゃいます」

 グランディオが兄妹の座る席を指すと、ヘクターは深く頭を垂れた。「申し訳ないことをしました。わたしが家を出ていなければ、こんなことにならずに済んだのかもしれない。せめて、償いをさせてください」

「いえ、あなたの責任ではありませんから」ロレンツが返す。

「ところでなぜいまになってノーラルへ来たのです? なにか差し迫った危険があると知って、来られたのですか?」グランディオが聞く。

「アルベルトからの手紙を読んだからです。内容はおまえから話せ。今まで見たことをすべて話すんだ」ヘクターは隣にいる弟の背中に手をあてた。

 アルベルトはその場にいる全員から注目されて尻込みしてしまい、なかでも3人掛けソファの端にいるリーズからの視線に怖気て下をむいていたが、兄に背中を軽く叩かれるとためらいを振り切って沈黙を破った。

「たまに、ノーラルの王宮騎士のひとがこの家に来て、父さんと話をしていたんです。いつもはお金のこととか、あとは父さんが騎士のひとに脅すように話していたり、内容まではよく聞き取れませんでしたが、自分に従うように……何というか、騎士のひとの弱みを握っているような話し方でした。そういう話を聞くようになって、兄さんに相談したんです。父さんは何か悪いことをしてるんじゃないかって。3年前、リーズのお父さんが殺されたところ、ぼくは見ているんです。この家の裏は山林です、ひとりになりたいとき、ぼくはよくそこへ行きましたから。その日もひとりで歩いていたら声が聞こえて、見に行ったんです。そうしたらちょうどベルヴィルさんが父さんに何かを訴えているところでした。その場には騎士がひとりいました。父さんが何事か騎士のひとに話すと、最初はそのひと首を横に振っていたんです。でも父さんが迫るように何か言うと、そのひとは剣を抜きました。あとはご承知のとおりです。その騎士は以前ハーシュメルトさまが来られたとき、ぼくとリーズの試合で不正審判をしたひとです」

「そうでしたか。かれ、そんな話、していました?」グランディオが、角を挟んだ右側の席にいるテオジールに聞く。

「いや、殺害したのはロスカの少女だと言っていたな。嘘をついたか、隠していたか。いずれにせよけしからん」テオジールは険しい顔つきで言った。

「過去にその少女の件を領主に知られ、口外しない代わりに従えとなったのかもしれませんね」

 アーノルフィニであれば、加害行為の対象がロスカ人であっても騎士を犯罪者と見做すはずだ、とグランディオは考える。

「その騎士のひとが事実を言ってるのかどうかまでは知りませんが、ロスカ人もひどい目にあってると思います」アルベルトが下を向いたまま話す。

「最近、ロスカ人の少女が自殺したと聞きましたが、なにか知っていますか?」

 グランディオが聞くとアルベルトは、「えっ」と驚き、「知りません」心苦しそうに返した。

 すぐあとにリーズが一言、「妊娠したんだよ」と怒りを押し殺した声で言う。

 グランディオは、「そうでしたか」と言い、続けてテオジールが深いため息とともに、「いくつだ」と聞くとリーズは、「12歳」と答えた。

「やっぱりそうなんだ」アルベルトが呟く。「父さんだけじゃなく、騎士のひとたちも悪いことをしていたんだ。ぼくははじめはわからなかった。リーズのお父さんのこと、父さんに言ったことがあるんです。ぼくが見ていたこと、なぜあんなことをしたのかと。父さんは、ベルヴィル家はロスカと通じている反逆者だって言ったんです。ぼくもロスカ人のことはあまり好きではなかったから、父さんの言うことを信じたんです。ベルヴィル家はセザンの敵なのだと。村のひとも同じように思っていたはずです。ベルヴィル家はたちまち村で孤立していきましたから。でも最近になってぼくは父さんを疑うようになったんです。父さんが騎士のひとにお金を渡してるのも見たし、それに父さんの、ひとを脅すようなあの口調……あの不正審判で連行されたひとがノーラルに戻ってこないこと、あと最近になって外部のひとがノーラルへ来て、父さんや王宮騎士のことを探ってるのを見て、父さんは悪いことをしているのかと思い始めたんです。母さんに相談してもなにもしてくれないし、それで兄さんに相談するようになったんです。最後に手紙を書いたのは、5日前です。それを読んで来てくれたんですよね、兄さん? 手紙にはこう書きました――ロスカ人に暴動を起こさせ、それを鎮圧するため事を起こす、と父さんが言っている。正当な理由をつくっておいてロスカ人を排除するつもりではないか――とそのように書きました。もちろんこれはぼくの憶測でしかないですけれど、ハーシュメルトさまたちが今日ノーラルへ来たということは、ぼくの考えは当たっていたのですよね?」

「数日前に集落の周りに行動を制限する柵をつくらせ、監視していたようだ。柵からで出た者を暴行している。あの者たちはろくに水も飲めない状況であった」

 テオジールの説明にヘクターは、「何ということだ」と嘆いた。「我々は今後どうなりますでしょうか。ウォールレストに次男がおります。呼び寄せましょうか」

「その必要はありません。個人の罪は個人で背負って終わりです。あなたはいまどちらに住んでいるのですか? 先ほど家を出たとおっしゃっていましたけれど」グランディオが答えた。

「父と折り合いが悪く、6年前に家を出ました。現在ウォールレストで代筆業をしております。ですが、許されるのであればノーラルへ戻り、家を継ぎたいと考えております。騎士の称号は持っています。ノーラルのひともロスカ人も安全に暮らせるような村を、作り直したいのです」ヘクターは身を乗り出してテーブルに両手をついた。

「いかがしましょう、ハーシュメルトさま?」グランディオは、この客間に来てからまだ一言も喋らない隣の少年に伺いをたてる。

「好きにしたらいいよ」ハーシュメルトは微笑し、答えた。

「ヘクター殿」テオジールが声をかける。「ウォールレストの教会に、ロスカ人の保護を頼めるだろうか?」

「はい、ですが少々難しい問題がありまして、ロスカにはいくつか異なる民族があり、他民族を受け入れない者がいます。出身によっては受け入れを拒否されるかもしれません。ですが、できる限り協力します。まずは集落の者と話をしたいです」

「ではそちらは任せたい。頼まれてくれるか?」

「もちろんです」

「よろしいですかな、ハーシュメルトさま?」テオジールも伺いをたてる。

「うん、好きにしたらいいよ」少年は上の空で答えた。

 ハーシュメルトたちが領主の家を出るころにはもう、日が暮れかけていた。外で村びとたちの相手をしていたアーヴィンと合流して屋敷へ戻ろうとしたとき、ハーシュメルトはリーズに呼び止められた。

「まさかこんなかたちで問題が解決するとは思わなかった。あなたたちに助けられたみたいになっちゃった」

 ひとりだけその場に残ったハーシュメルトにリーズは言った。

「いいよ。こっちはこっちの都合で動いただけのことだから」

「それでも。ありがとう」

 昼間の騒々しさは消え、立ち上る煙突の煙がちらほらと見える。家に帰った村びとが夕食の支度をしているのだ。風が冷たいからと、ハーシュメルトはリーズも家に帰るよう促した。

「ハーシュ、これだけ言わせて」リーズの目は力強く光っていた。「わたし、キングになる目標はやめない。あなたと戦うのは嫌なんだけど、今日はよく思い知らされた。わたしは自分のこともロスカのひとたちのことも、ひとりでがんばろうって思ってたけど、結局大きな問題を解決するには大きな力が必要なんだって。わたしひとりではなにも解決できなかった。わたし、あなたに言われた言葉がずっと頭に残ってた。状況を変えたいと思う者が勝者になるしかないって。その通りだと思うから、わたしはあなたに勝って、キングになる」

 ハーシュメルトは終始おだやかな表情でリーズの決意に耳を傾けていた。「もうすぐ、迎えに行くよ」

「すぐ? ちょっと待って」リーズはあわてて両手を胸の前で振った。「まだ仮徽章揃ってない。もうすこし待って」

「ああ、違う。そのことじゃなくて、もうすぐぼくの誕生日だから、来てほしい。それとぼくはきみとの対戦を心待ちにしているよ」

 以前誘われたのを思い出したが、リーズはためらった。

「行ってきたら?」近くで待っていた兄が妹の背中を押す。

「よかったらお兄さんも来てください」

「ありがとうございます、ハーシュメルトさま。せっかくですが、わたしはノーラルにいます。畑をそのままにしておくわけにはいきませんから。リーズをよろしくお願いします」

 ハーシュメルトは頷いてから、「考えておいて。どちらにしろまた来るよ」と、リーズに伝えた。


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