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汚れた服を着替えるためハーシュメルトが1階へ移動し始めると、同じ身なりをした5人の側近があとに続く。白い襟付きの上衣に白い下衣、黒の編み上げ靴を履いていて、膝まである空色の長い袖なし外套は両端を左肩の留め具にかけ、右半身を覆い隠している。外套と同色の帽子は前方に黒い鍔がついた高さのある円筒形、左腰には剣を、右腰には銃を身につけている。これらの服装からかれらが王宮騎士であることは、誰にでも一目でわかる。
「いかがなものか」1階への階段をのぼる途中、それまで額にしわを寄せるだけにとどめていた最年長の側近テオジール・クローヴィスが口を開いた。
「なにが」ハーシュメルトが口早にかえす。
「故意によるひとへの殺傷は禁じられていますぞ」
「外ではね」
「闘技場内でも」
「それは先代、グランディオのときの規則だろ? いまはぼくがルールだ」
「ですが」
「ぼくは国民の声をきく。みなも望んだ」若き王はテオジールの発言を遮って主張した。
グランディオたちは黙って会話を聞いていたが、テオジールは猶も続ける。「罪人であればまだしも、ひとの死を見世物にするのはよくない。ましてや異国の」
「かれらは罪人さ。罪なきセザンの王宮騎士を殺めた。さきに手を下したのはロスカだ」若き王はまたも遮る。
テオジールは厄介だといわんばかりのため息をつき、「どう思う」とグランディオにたずねた。
「現在のキングはハーシュメルトさまですから、従いますよ」
グランディオが答えると、少年は勝ち誇ったような笑顔をみせた。
「ですが」グランディオは1階の通路にでる扉をあけて少年を通し、「規定書には試合における人への殺傷を禁じている条文が残されたままです。面倒だからとハーシュさまご自身でいちから作らず、私が使用していたものを使い続けているからですよ。このままではあなたのおこないは規則違反となります」淡々と説明した。
あわてたハーシュメルトは足をとめ、グランディオにきく。「違反するとどうなるの?」
「キングの称号をセザン国王へ返上すること、と決めてありますが」
「規定書は絶対?」
「いいえ。闘技場においてはキングであるあなたが法です。ですが、思い付きで行動されると仕える者が混乱します」グランディオは答える。
「うん、わかった」
そう言うと、ハーシュメルトは大人たちを残して1階の角にある自身の控え室へ走り去った。側近たちは少年を追う。
「煽るな」
「そのようなつもりはありませんが」テオジールに警告されたグランディオが申し訳なさそうにかえす。
「おおやけの場でこんなことを」テオジールが呟く。「あの者たちは要人か? ひとりセザン語を話せるようだったが」
「そうかもしれません」
「戦争になるぞ」
「致し方ありませんね」グランディオは無表情に言う。
「無謀だ。セザンの兵力でロスカに対抗できるものか」
控え室に着くと、かれらのうち3人が少年の身支度の準備のため中へはいった。
通路にいるグランディオはしずかに話す。「そう言いましても、わたしたち騎士のなかにも国王に不信の念を抱く者もすくなくありません。当然でしょう? 国の宝である王宮騎士が被害をうけたのにもかかわらず、国王は話し合いによる解決を主張するばかりでなにもしてこなかった。ロスカからも返答はなかった。蓄積した怒りが今日、爆発したのでしょう」
テオジールがなにか話そうとしたが、まだ着替え終えていないハーシュメルトが意気揚々と扉から顔をのぞかせた。
「これを各会場に配っておいてよ」
グランディオが受け取った規定書には「ひととはセザン国民を指すものであり、それ以外はひとにあらず」との一文が書き加えられていた。




