1-1a
16歳の若き王のもとに、サンセベリアから一通の手紙が届いた。
「サンセベリアでロスカ人を捕らえたらしい」手紙を読み終えた若き王は机にむかい、ただちに王都へ護送するよう書き記した手紙を、側近のグランディオに手渡した。「ここへ着くのに5日もかからないだろう?」
「そうですね、今日中にだしておきます」
手紙を受け取ったグランディオは王の部屋をでた。側近の足音が消えるころ若き王は自室の窓辺に立ち、灰色の雲に囚われる太陽のもの悲しい抵抗から漏れる光に身を寄せていたが、やがて昼食を知らせにきた使用人に呼ばれると、食卓へ足をはこんだ。
その4日後の夜、若き王はウォールフォード家での会食中に捕虜到着の報告をうけた。若き王はウォールフォード家の家族と親族がかこむテーブルを離れ、報告にきた側近とともに広間の端へ移動した。
「人数は?」
「8人です、ハーシュメルトさま」歓談の音にかき消されない程度の小声で側近が答える。
「わかった、ありがとう。明日、王都会場にぼくも行くよ。考えてることがあるんだ。朝のうちに町中に知らせをだして。みな観戦に来るように」
「承知しました」
「それと」食卓からの視線を感じたハーシュメルトは、不満げな顔をした少女と目が合った。相手に無関心なかれはそれに笑顔でこたえ、側近と話をつづける。「絶対に捕虜を闘技場の地下牢から移動させてはだめだ。国王の命令だってだめだ。もうやつらは闘技場内にいるんだからね。あそこはぼくがルールだ」
「もちろんです」
年若い側近が深くうなずくと、ハーシュメルトはさらに続けた。「純粋なセザン人ならみな思っていることさ。潜在的にはロスカを憎んでいる。明日、その証明をするのさ」
「いつまで話しているの?」話をさえぎるように、さきほど視線の合った娘がハーシュメルトの腕をつかむ。「みんなあなたと話したがってるわ。いまでないといけないの? はやく戻りましょう?」
ハーシュメルトは側近をさがらせ、席へ戻った。
「娘が邪魔をして悪かったね」ウォールフォード卿が穏やかな口調で言う。
「いえ、かまいません。用件はもう終わりましたから」
ハーシュメルトが微笑みながら答えると、斜め向かいの席にいるウォールフォード卿はうなずいて、酒を一口飲みこんだ。「わたしの息子はすっかりきみに魅了されてしまってね。いや、息子だけではない、いまや王都じゅうの子どもたちが剣闘に熱中している」
ウォールフォード卿のふたつ隣の席で、7歳の末子が目を輝かせている。「ハーシュさま、ぼくはもう剣をならっているんです。ハーシュさまみたいになりたいんです。兄さんたちは医者になるって言ってたけど、ぼくはお父さんみたいに騎士になってから医者になります」
生き生きと話す末子にハーシュメルトはやさしく相槌をうってやり、「良い心がけです。セザン人は誇り高く、そして強くあらねばなりません」ウォールフォード卿に心情をのべた。
「たしかにそうだ。だが近年、騎士をこころざす者がすくなくなった。きみはなぜだと思う」
「戦争が過去のものになったからです。たたかう相手がいなければ、強くなろうとは思いません」ハーシュメルトは、ふと考えるように視線をおとした。
「ハーシュはだれとたたかうの?」
無邪気な娘の問いにハーシュメルトは、「ロスカだよ、マリーヌ」と答え、もう一度ウォールフォード卿に話しかけた。「ロスカは常にセザン侵略を目論んでいます。40年前の戦争も原因はそれでしょう。ぼくはロスカに屈したくないのです。幼い子どもたちがぼくの影響で剣技を習い、王宮騎士を本気で目指してくれるのはとてもうれしいです。子どもたちのためなら、ぼくはあらゆる支援をします」
「立派な若者だ」卿は感心しながら体をのけぞらせ、賛辞をおくった。「きみのような若者を息子にできるのは誇らしい。娘もきみとの婚約をとても喜んでいる。そうだね、マリーヌ?」
「ええ、もちろんですわ。だってハーシュは闘技場の王様ですもの」マリーヌはそう言って、満足そうに笑った。
翌日の午後、ハーシュメルトは自身の住む王都の闘技場の地下牢へ向かう。側近たちが持つ角灯の明かりが不気味に揺れ、暗くつめたい石床は無慈悲な音を響かせる。目的の牢の前にいる数人の王宮騎士の男たちは、なにかを訴えているひとりのロスカ人を蔑むように見ていたが、若き王が到着すると道をあけ、王の後ろについた。
牢の中には8人のロスカ人がいた。いずれも擦り切れた汚い囚人服を着せられ、身は傷つき、明かりが乏しくとも服には乾いた血の跡が見てとれた。
「セザン語が話せるのか」ハーシュメルトは、両膝をつき鉄格子にしがみついて訴える、ひとりのロスカの青年を冷酷に見据えた。「セザンに来た理由を言え」
「4年前、ロスカで起こったセザン人襲撃事件の謝罪のために来ました。罪なき尊いセザン人の命を守れなかったことは、我々の責任です。その犯人は我々ロスカの仲間ではありません。すでに悪しき犯人の一部は処刑されました。どうか、セザンの王への取り次ぎを願います。我々の話を聞いてもらいたいのです」
青年は一心不乱のようすであったが、苦痛によって顔を歪めるわけでもなく、涙を流すわけでもなく、力強い口調で話す姿には若さに似つかぬ威厳が感じられた。
「その話はよく知っている」終始、顔色を変えず青年の話を聞いていたハーシュメルトが口をひらく。「そのセザン人は謝罪など受け入れないだろう。いまでも悲しみと恐怖に苦しんでいるだろう。罪なきセザン人を殺したというのであれば、同じことをしてやろう」
若き王はこの青年に牢から出るよう指示した。
青年は出ようとしたが、同じ牢にはいっていたロスカの少年が阻止し、かれらはふたりで言葉を交わしたのち、少年が青年を押しのけて牢から飛び出てきた。
ロスカ人であれば誰でもよかった。すぐに牢の錠をかけさせたハーシュメルトは、その少年を連れ立ち去った。
青年は懸命に呼び戻したが、少年は戻らなかった。
音のない地下で、残されたロスカ人たちは不安に襲われた。少年に押し戻されたあの青年は泣いていた。みな、自分たちの神に祈るほかなく、セザン語のわからないロスカ人たちはなんども先ほどのやりとりを聞き出そうとしたが、青年は抱えた頭を深くさげ、なにも答えなかった。
やがて歓声がかすかに聞こえた。牢は地下にあるが、通路の上部は地上の地面の位置にあり、明かり取りのちいさな穴が開いていた。のちに歓声に拍手が混ざり、何者かが合図をしたのか徐々に音はおさまった。ふたたび無音になると、牢にはロスカ人たちの祈りのつぶやきだけが残る。しばらくして、突如聞こえはじめた声が膨らむように大きくなり、拍手とともに鳴りひびく人びとの悲鳴や罵声、快哉の叫びがロスカの青年の胸を突き刺した。
青年は顔をあげ、近くにいた看守の男になにが起きているのか問い詰めた。
そのうちわかるだろう、といった看守は口元に笑みをうかべていた。
若き王が地下牢へもどると同時に、ふたりの男が息絶えたロスカの少年を床へ投げ、牢の捕虜たちに見せつけた。かれらはその非道な仕打ちに詰め寄り正義なる抗議をあびせたが、ハーシュメルトは一喝し、こう宣言した。
「今日よりひとりずつお前たちを殺していく。これはセザンが望んでいることだ。ここでもあの歓声が聞こえたであろう」若き王はよこたわる少年を指し、「この者が倒れたとき、セザンの民は死を望んだ。ロスカの血でセザンはよろこぶ」牢のなかへ敵意を送った。「各々地獄とやらへ渡る日取りを決めておくことだな」
嘲笑しながら去るハーシュメルトの衣装には、決して平和を意味する装飾ではない赤い斑点が散らばっていた。




