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KING  作者: 安三里禄史
二章
10/77

2-3a

 午後から始まる試合を観に、村から林道を抜けてちらほらと、村びとたちが闘技場へ集まってきた。おとなたちはみな活気がなく、どこか陰鬱な足取りで、解放された小動物のように駆けまわろうとする子どもを深刻な顔でおさえて戒める者もあり、ほかにはまるで、いまから闘技場で家族が公開処刑されるのに隣人の笑い声を聞きながら観客席に座っていなければならずにみじめだ、といったようすの者もいる。

 ハーシュメルトとルディアーノが屋敷のとなりにある闘技場へ行くと、リーズ・ベルヴィルが入り口付近に立っていた。声をかけるとリーズは大きく手を振った。

「ハーシュ! きょうは何しにきたの?」

「仕事。視察にきた」

「めずらしい」

「ぼくは心を入れ替えたのさ」ハーシュメルトは口角をあげる。「というのは建前で、きみの試合を観にきたんだ」そう言ってルディアーノの背中に手を回し、リーズに紹介した。「きみを慕っているんだ」

 ノーラルではまず見かけないふたりの洗練された装いにリーズは感動した。「王都の男の子ってみんなきれいなのね!」

「ルディアーノは女の子だよ」ハーシュメルトは笑う。

「そうなの? ごめん! 髪も短いし、その服からしててっきり」

 それもそのはず、ルディアーノは男性用の服を身に着けていたのだ。丈の長い、上質ではあるが飾り気のない謙虚な白い上着に、軽やかな水色の下衣。これらは新調されたものではなく、ハーシュメルトが着なくなったものをそのままか、ルディアーノの寸法に合わせ、仕立て直したものだった。ルディアーノの出で立ちは独自の存在感を放ち、見慣れぬ優美さをまとい、清らかな美しさに包まれていた。

「このほうが動きやすいから好きなんだって」ハーシュメルトは、寸法が合わなくなり着れなくなっていた過去の自分の服をつまんで言った。

 ルディアーノは噂通り活発で朗らかな、あこがれのリーズに会えたよろこびを伝え、これから行われる試合の応援をした。

「ありがとう。まあ……どうなるかわかんないけど、がんばるよ」ルディアーノと握手をかわしたリーズの顔はどことなく曇っているようだった。

 このノーラル会場は王都会場のような高さがなく、こちらは2階席まで、一般席とキングの観戦場にさほど距離がなく窮屈に感じることも、ハーシュメルトの足を遠のかせる理由のひとつであった。いっそのこと、建て直そうかともしたが、廃れゆくノーラルで、且つ、騎士を目指す若者がすくない現状で形だけ整えたふりをしても、それは無駄な労力のように思えた。

 闘技場へはいり、ハーシュメルトたちは2階席の真下にある通路を通って、キングの観戦場へむかう。風と光がよくはいる窓にはガラスがはめられていないので、侵入後、生の役目を終えた多種多様の虫たちが所々に転がっていた。怖気だって足元を気にしながら歩く若い側近アーヴィンに、グランディオがなにかを言いつけると、若者は通路を引き返した。

 矩形の会場の奥の敷地に王宮騎士の共同宿舎がある。その宿舎側の短辺にあたる一帯がキングの観戦場となっており、両脇にある階段を3段あがったさきの壇に王座と側近の席がある。観戦場に着くと、テオジールが立腹したようなため息をついた。

「到着したのが夜でしたから、我々がいることをまだ知らないのでしょう。知っていてこれでしたら目も当てられませんが」グランディオは観戦場を端から端まで観察している。

 吹きさらしのこの場所はひさしく手入れがされておらず、風がきままに運んだ砂や木の葉が座席を飾り立てていた。王座のひじ掛け部分には蜘蛛の巣が施され、天然のレースのごとく偉大なる王座の威光を際立たせていた。怠慢なのか配慮が足りないのか、それならばまだしも、ハーシュメルトにはどうにも陰気な侮りのにおいが鼻をつき、気後れしてしまい、白状するならばかれはこのノーラル会場が嫌いなのである。

「頻繁に訪れなければなりませんね」グランディオが言うも少年は返事をしなかった。

 掃除道具を持ったアーヴィンがもどってくると、王座の惨状を凝視したのち感心し、掃除をはじめた。

「ひとを連れてくればよかったのに」

 ノーラルに駐在する騎士にやらせるべきだと思ったグレンが言うと、アーヴィンはそれもそうだといわんばかりに作業を停止するが、「いいですよ、おれがやりますよ」と、涙ぐましく再開した。かれは王宮騎士全体のなかでも最年少なのだ。

 グレンとキースに加えルディアーノも手伝っていたため、ハーシュメルトも手を貸そうとしたが、「あなたはキングです。雑用に動かないでください」グランディオにとめられた。

 点々と埋まる観客席から視線が集まっていた。滅多に姿を見せない今代のキングをみな、気にしているようだった。客席には警備にあたるはずの騎士の姿も見られず、ほとほとやる気がないようだ。

 甲斐甲斐しく働くアーヴィンは、「まったくね、おれならね、ノーラルの騎士の顔と名前を全員、覚えておいてやりますけどね!」と息巻いていた。

 ようやく席についたハーシュメルトはとなりにルディアーノを座らせ、試合開始を待つ。しかし競技者がなかなか現れないので、闘技会をよく知らないルディアーノが、ハーシュメルトにこうたずねてきた。

「きょう、リーズさんが勝てば優勝するのですか?」

「きょうはまだ1回戦だよ。出場希望者の勝ち抜き方式の試合日程を組んだあと、一定期間のうちに決勝まで戦うんだ」

「では、優勝者はその期間にひとりだけ?」

「各会場でひとりずつだよ。闘技会場のある町や村は8つあるから、優勝者はその期間ごとに8人」

「ハーシュさまはその8人の優勝者のかたと戦うのですか?」

「戦う場合もあるし、そうでない場合もある。まず優勝したら賞品が与えられるんだ。仮徽章っていう、見た目は手の平くらいの大きさのただの布なんだけど、それがひとつ贈られる。仮徽章は換金もできるんだけど、10枚で貴族の称号と、15枚でキングとの対戦権を得られる。だから、15枚そろえた誰かがぼくとの決闘を希望すれば、戦う。でも現時点で5枚以上持っているひとなんて、ふたりしかいない」

「リーズさんはもう8枚持っているからこのまま順調にいけば、いずれはハーシュさまと戦うことに?」

「どうかな。ただお金がほしいだけって言ってたから、戦わないかもね」

 ぱらぱらと拍手が鳴り始め、場内を見ると少年が頭をたれて登場してきたところであり、かれは緊張からか身に着けた防具をしばしば触り、位置を直しているようだった。リーズはまだいなかった。

「わたし、ハーシュさまを尊敬します」ルディアーノが身を乗り出す。

「尊敬だって!」面くらってハーシュメルトは叫ぶ。「ぼく何かしたかな」

「だって、ハーシュさまは15回も優勝して、グランディオさんに勝ったのでしょう?」

 ルディアーノはハーシュメルトを仰ぎ見るが、着飾るのは装いだけ、といった素直な少年は嘘いつわりなく正直に話した。

「違うんだよ、ぼく仮徽章なんて1枚しか持ってないんだ。2年前、たまたまグランディオが開催した興行試合に呼ばれてね、そこで偶然にも勝っちゃったんだよ。本来ならそれだけでキングになんてなれやしないけど、グランディオが、負けは負けだからと言って強引に称号を譲られたんだ」

「偶然でも勝てたのでしょう? それだけでもすごいです」

「本当に偶然かな、ねえ、グランディオ」ハーシュメルトはルディアーノの右隣を覗く。「ぼくはいまでもきみがわざと負けたんじゃないかと思ってるんだけど」

「わざとなんか負けないですよ。ちょっとうっかりしただけです。ほら、もう始まりますよ」グランディオが場内を指すと、リーズに続いて審判を務める王宮騎士が現れた。

 闘技会の規定に則って貸し出された革製の防具と盾をリーズも身に着けている。試合での故意による殺傷は禁じられていることから剣は木製のものが使用された。両者は中央で向き合うと、剣闘前の作法として互いの剣を低い位置で交差させ、それぞれ相手の盾の上に剣先を置く。その後向き合ったまま5歩後退すると、審判員の笛の合図で試合がはじまった。

 かれらは様子を窺いながら徐々に近づく。先に仕掛けたのはリーズの対戦相手、アルベルトだった。力任せに剣をふるうもリーズに難なくかわされる。アルベルトは決定的な一撃を探すべく懸命に動いたが、リーズは落ち着いたようすで正確に相手の攻撃を剣で受け止めていた。

「リーズさん、大丈夫でしょうか。全然手がだせないみたい」攻撃を受けるだけのリーズを、ルディアーノは心配した。

「大丈夫だよ。彼女とても落ち着いているもの。相手の出方を見ているだけだよ」ハーシュメルトはやさしく答えた。

 アルベルトはリーズを打ちたたくように剣を振り下ろしたが、これも簡単にとめられる。よろめいたアルベルトの左肩にリーズが一突きいれると、かれは体勢を崩すも持ちこたえ、一度相手から距離をとった。

「彼女、ここぞってときにしか手をださないみたいだね。もっと猛獣みたいに暴れるのかと思ったけど、全然ちがった」ハーシュメルトは興味深くリーズを追う。

 アルベルトは焦っているのか、その後も立て続けに攻めたがどれも無意味にリーズを素通りしていった。リーズが疲弊した相手の隙を見て、こめかみのあたりに一撃加えると、アルベルトは大きくのけぞり、まばらに座る観客席から勝敗が決まったかのような歓声が一瞬沸き起こった。が、審判員はなにもせず、試合を続行させた。

「さきほどので勝敗はつかないのですか?」

 ルディアーノは事前に教えてもらっていた敗北の条件――試合中に手、膝、臀部のいずれかが地面に着く、剣を落とす、降参する、相手の剣が自分の首元に接触する、大きく体勢を崩す――に当てはまっていたのではないかと、ハーシュメルトにたずねた。

「体勢をくずしたという判定がひとによってまちまちだからね。判断を迷ったのかな。すこしようすを見てみよう」

 審判員の態度を不審に思うも、ハーシュメルトはそのまま試合を続行させた。

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