邂逅2
市街地へ戻るひとつ手前の交差点で車を止める。ここを直進すれば、すぐに商工会議所の建物が見えてくる。右に折れれば、あの山道に続いている。
信号が青になるとウィンカーを出して右へ曲がった。
やがて樹々が左右から迫り、山道へ入る。窓を開けると、樹の匂いと、冷え始めた空気が入ってくる。
30分ほど走ると峠の上の見晴らし台がある。
もっとも、見晴台と言っても樹々が途切れたところに少し広めの駐車スペースと公衆トイレがあるだけなので、立ち寄ったことはない。
今日もそのまま通り過ぎようとしたが、駐車場に白いキッチンカーが停まっていることに気づいて、気が変わった。
キッチンカーの脇には「COFFEE」と書かれたのぼり旗が立っている。
少し離れたところに車を停めて、キッチンカーへ歩いていった。中では、若い男が所在なげにしている。
車に立て掛けて置かれたボードに、メニューが貼ってある。
キリマンジャロ、モカ、エチオピア・・・かなりコーヒーにこだわっているようだ。コールドブリューコーヒーもある。
しばらく迷ってから、モカを頼んだ。
「お淹れするまで、少し時間がかかりますが、いいですか」と言われた。注文を受ける都度、その分だけ豆を挽いて、コーヒーを淹れるのだという。
キャンプ用とおぼしき椅子が何脚か置かれていたが、それには座らずに、青年が慣れた手つきでコーヒーを淹れるのを見ていた。
やがて「お待たせしました」と渡された紙コップを持って、見晴らしの良い方へ歩く。
見渡すと、低い山ながらも稜線が幾重にも重なり、気持ちの良い光景が広がっている。その向こうには海が光っているのも見える。昼過ぎの光が、全てを穏やかに照らしていた。
紙コップを両手で包んで、一口飲む。「美味い」と言うと、キッチンカーの青年が、はにかむように微笑んだ。
ふうっ、と息を吐きだすと、身体の中から、何かが溶けて空気中に吐き出されて行く。
美味いコーヒーが体の内側にしみていく。山の風と、湯気と、紙コップの熱と、眼下の山々。気持ちの中の何かがほどけて行くのを感じていた。
山の中を、低く太い排気音が近づいてくるのに気づいた。
やがて駐車場に入ってきたのは、やはりあのバイクだった。
丸目二灯。黒一色の武骨なカウル。タンクの右側に走る、古い傷の修復跡。駐車場の端にバイクを停めて、サイドスタンドを下ろす。軽くスロットルを煽ってからエンジンを切った。
ヘルメットを外した顔を見ると、思ったより年配の様だ。多分、自分よりも年上だろうと思う。短く刈り込まれた髪も結構、白くなっている。
だが、引き締まった、意志の強さを感じさせる顎のラインや、背筋の伸びたシルエットは年齢を感じさせない。
キッチンカーの青年とは馴染みのようで、軽く手を挙げる。
青年が「いらっしゃい」と言うと、少し笑って、車の前の椅子に腰を下ろした。
ジャケットのチャックを、少しだけ下げる。
コーヒーが入るのを待つ間に、青年と男が話しているのが聞こえてくる。
「疾ってきたようですね」
「うん、まあね」
「そういう顔をしてますよ。僕もこの後、行ってこようかな」
良く分からない会話をしている2人を見ながら、いい光景だなと思っていた。




