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スローウィンド・ファストシャドー(ライク・ア・ハリケーンⅡ)  作者: ままま


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3/8

破調

中小企業の経営者や財務担当者を対象とした説明会が、隣の町で開かれることになった。

市内の業者を個別に回るより、ひとつの場所でまとめて話をした方が効率が良いという事らしい。あまり気は進まなかったが、補助金の申請に関する講師として出席することになった。


当日の朝、商工会議所の社用車のエンジンをかける。

どこにでもあるトヨタの白いワンボックス車だ。後部座席には補助金の案内冊子が積まれ、助手席の足元には、ビニール傘が転がっている。

市街地を出て15分ほどで、車は山道へ入った。両側から木々が迫り、右へ左へと折れ曲がる。アクセルを一定に保ちながら、カーブをひとつ、またひとつとこなしていく。この道は仕事で何度も通っている。ラジオから天気予報が流れていた。明日は晴れ。明後日も晴れ。視界の端で、紅葉が色づき始めた山肌が流れていく。

秋には、この道は紅葉で真っ赤になる。普段は閑散としている街が、毎年その時期だけは観光客で賑やかになるのだ。

そんなことを考えながら走っていると、後ろから、太いエンジン音が近づいて来ることに気づいた。


大排気量車の、太い唸るような排気音が近づいて来る。

バックミラーに、黒い影が映った。そう思った瞬間に、右側から黒いバイクが追い越していった。追い越される瞬間、低く太い排気音が車内に流れ込んできた。

その後姿を見て、毎朝交差点で見かける、あの黒いバイクだと気づいた。


黒い無骨なテールカウル、黒いジャケットを着たライダーの背中。無駄のない、引き締まった体つきをしている。シールドの奥の顔を見たことはない。

バイクは追い越した後もエンジンの回転数をあまり上げずに、スムーズに走っている。


そう思った次の瞬間、爆発するような排気音が車体を打った。車内にいるのに、咆哮のようなエンジンの音が腹に響く。

一気に速度を上げたバイクは見る見るうちに遠ざかっていく。

ドライバーに配慮したのだろう、車を追い越す時だけ、おとなしく走っていたのだと気づいた。


一気に加速したバイクにつられるように、なぜかアクセルを踏んでいた。

シフトダウンし、アクセルを床まで踏み込む。エンジンが、悲鳴のような音を立てて回転を上げる。白い車体が、わずかに身を乗り出すようにして加速した。


前を走る黒いバイクは、コーナーの入口で車体を深く倒し込み、頂点でステップを擦りそうなほど寝かせ、立ち上がりで一気にスロットルを開ける。エンジンの咆哮が、木々の間にこだまする。

それは、黒い巨大な肉食獣が咆哮をあげながら走るような、圧倒的な力感を感じさせる光景だった。


床まで社用車のアクセルを踏んだ。コーナーの度にタイヤからはスキール音が聞こえてくる。車体は傾き、シートベルトが肩に食い込む。

だが、黒いバイクの背中は、コーナーを越えるたびに、確実に遠ざかっていく。

コーナーを3つ越える頃には、もう姿は見えず排気音だけが、木々の間を抜けて、かすかに残っていた。やがて、それも聞こえなくなった。


路肩に車を停めた。

エンジンを切ると、ハンドルを握ったまま、しばらく動けなかった。

静かだった。何も聞こえないような静けさだった。

ただ、胸の奥で、何かがひとつ、目を覚ましたような気がしていた。ずっと眠っていたものが、あの排気音に叩き起こされたのかもしれない。

ハンドルを握りしめた手は、なぜか震えていた。震えているのが、怖いのか、嬉しいのか、自分でも分からなかった。


説明会には、20分遅れて到着した。

謝りながら演壇に立つと、いつも通りの顔をして、いつも通りの説明をすませた。

だが、その間も、コーナーを深くバンクして消えていく、あの黒いバイクの背中とエンジンの咆哮とが、目と耳に焼き付いて離れなかった。


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