反復
その日の朝も、黒いバイクは8時ちょうどに交差点を通過した。丸目二灯の黄色みがかった光、タンクの右側に走る古い傷の修復跡。あれを見るたびに、このバイクは長い距離を走ってきたのだと思う。
どこから来て、どこへ行くのかは分からない。毎朝、この交差点で、ほんの数舜、その背中を見るだけだ。
オフィスに上がると、最初の来客が既に待っていた。小さな金属加工の町工場の二代目だ。用件も、持ってくる書類も、何年もほとんど変わっていない。
「課長さん、またお願いしますよ」
いつもの言葉で始まり、いつもの鞄からいつもの書類を取り出し、いつもの数字を机の上に並べる。
売り上げは何年も横ばいだ。このところの受注件数の減少が多少気になるが、問題になる程ではないだろう。
二代目が言うように、新しい機械を入れれば、当面の仕事は増えることが予測される。だが、その先が見えない。
「分かってるんです。無駄だろうってことぐらい。でも、このまま何も変えなきゃ、5年後も同じこと言ってる自分が目に見えてて」
二代目は笑った。笑いながら、顔が少しだけ歪む。
いつもの台詞を返す。補助金のこと、融資のこと、計画書の書き方を説明する。
二代目は「考えます」と言って、いつものように帰っていった。
窓の外では、総菜店の換気扇から、薄い煙が上がっている。14年前、この課に配属されたばかりの頃は、同じ相談者が同じ相談を繰り返すことが不思議でならなかった。なぜ彼らは変わろうとしないのか。本気でそう思っていた。
だが今は、その気持ちが分かる。変わるには、理由が要る。そして、その理由は、たいてい、外からはやってこない。
朝の交差点のバイクのことを思い出していた。黒いバイクは、今日も左に曲がって、大通りへ消えていった。あのバイクはどこへ行くのだろう。なぜか、それが気になっていた。




