定点観測
毎朝8時ちょうどに、丸目二灯の黒い大きなバイクが通過する。
黒一色の武骨なカウル。タンクの右側には古い傷の修復跡がある。
大排気量車の太く、低い排気音が、交差点の向こう側から近づいてくる。信号待ちをしている横断歩道を通り過ぎると、その先の大通りとの合流を左に曲がって消えていった。
4年前に家を買って引っ越してから、この交差点を通って通勤するようになった。そのころから毎朝決まってその黒いバイクを見かける。
交差点の反対側にはいつもの光景が広がっている。自転車の前かごに新聞を積んだ若い配達員。大型犬を連れて散歩する初老の女性。いつも同じ3人組で登校する制服姿の中学生。横断歩道の前でストレッチをする白髪の老人。
彼らとすれ違って歩いていくと、小さな商店街がある。和菓子店と小さな花屋、それから精肉店や総菜を置いている店などが、数件並んでいるだけの小さな商店街だ。
総菜店の換気扇から薄い煙が出ている。煙の匂いは、季節によって微妙に変わる。
勤務先の商工会議所は商店街の外れにある。コンクリート造りの二階建ての建物。階段を上がると、経営支援課のオフィスがある。ドアを開けると、まだ誰も出勤していない静かな空気が広がっている。
ちょうどFAX届いたらしく、コピー機の電源が入る音だけが、薄い朝の静けさを破った。
この課で勤務するようになってから14年が経つ。経営支援課は、市内の小規模事業者向けの補助金や融資の相談を扱う部署で、相談者の多くは市内の小さな工場と小売店とサービス業だ。
長く勤めていると、同じ相談者が同じ相談を数年おきに繰り返すことに気づく。定期的に融資の相談にくる人も何人かいる。今日もその中の1人のアポイントが入っているはずだ。
椅子に座り、机の上の書類をチェックしながら、窓の外の商店街を見る。換気扇から出た調理の煙が、朝の光の中で揺れていた。
この町の朝は、何も変わらない。変わらないからこそ人々は安心して暮らしていくことが出来るのであり、変わらないことが重要なのだと思う。
しかし、最近、そのことに息苦しさを感じる日があることにも、気づいていた。
理由は自分でもよく分かっていない。
ただ、あの黒いバイクの排気音が、まだ耳の奥に残っている気がした。




