3.ムギが選ぶ、好きな人間ランキング
はじめに
澄江さんに聞かれたことがある。
「ムギちゃん、みんなのこと、好き?」
私はそっぽを向いた。
好き、という言葉は、使いたくない。
でも、正直に言えば、差はある。
好きな人間と、そうでもない人間と、よくわからない人間が、いる。
今日は、せっかくだから、整理しておく。
誰も聞いていないが、整理しておく。
第五位 篠原璃子
新入りだ。
まだ数回しか来ていない。
だから、五位だ。
でも、悪くない。
初めて来たとき、迷った顔で暖簾の前に立っていた。
入るかどうか、ずいぶん迷っていた。
でも、入ってきた。
それだけで、合格だ。
迷っても、来た。それが大事だ。
私が○を作ったら「猫に背中を押されたんだから、やるしかない」と言って帰った。
悪くない受け取り方だ。
これから何度来るかによって、順位は変わるかもしれない。
期待している。
……していない。
少しだけ、している。
第四位 日向芹奈
よく来る。
最初に来たとき、透明に近い糸を引きずって、商店街の祭りから逃げ込んできた。
去年は浴衣で来た。
今年は親友と来た。
来るたびに、糸が変わっている。
それが、私は好きだ。
変わっていく人間を見るのは、悪くない。
芹奈さんは、私をよく見ている。
「ムギちゃん、今日は何かありました?」と聞いてくる。
猫に何かあったかどうか聞く人間は、少ない。
それだけで、四位だ。
あと、みかんを持ってきたことがある。
猫はみかんを食べないが、持ってきた気持ちは受け取った。
……少し嬉しかった。
少しだけ。
第三位 花村彩音
よく話しかけてくる。
猫に向かって、真剣に話しかけてくる。
「ムギちゃん、聞いてた?」
「ムギちゃん、どう思う?」
「ムギちゃん、朱音に似てると思わない?」
最後の質問だけは、答えに困った。
答えなかった。
でも、彩音が来るたびに、糸が変わっていった。
最初は銀色の糸ばかり震えていた。
今は、赤い糸が前を向いている。
その変化を、近くで見られたのは、悪くなかった。
それに。
「なんでかわからないけど、あなたを見ると安心する」
と言われたことがある。
そっぽを向いた。
でも、その言葉は、今でも覚えている。
忘れていない。
……三位だ。
──第二位 木村誠
この男は、放っておけない。
最初に来たとき、「好きな人がいるんですが」と照れながら直球で言ってきた。
糸が、一本しかなかった。
真っ直ぐで、迷いがなかった。
好きな人間の糸が一本しかない男は、信用できる。
私はその日、○(マル)を作った。
その後も、差し入れを持ってきたり、澄江さんを病院に連れて行ったり、商店街を守ろうとしたり、縁くんを抱いて泣いたりした。
泣いてないと言い張っていたが、泣いていた。
でも、それも含めて、この男は信用できる。
あと、私が木村さんを呼びに行ったとき、二秒で状況を把握して動いた。
それは、評価が高い。
二位だ。
──第一位 澄江さん(別枠)
澄江さんは、ランキングに入れるべきかどうか迷った。
でも、入れないのも違う気がしたので、別枠として一位にする。
澄江さんは、私がここに来た最初の夜から、一緒にいる。
ずぶ濡れの私を拾って、タオルで包んで、「麦みたいな色だから、ムギ」と名付けた。
あのとき、澄江さんの手が温かかった。
それから六年、澄江さんは毎日ここにいた。
お茶を出して、話を聞いて、にこにこして。
時々疲れていた。
時々、夜に一人で考えていた。
私はそれを、窓際から見ていた。
「ムギちゃんがいる限り、続けられる気がして」
と言ってくれたことがある。
そっぽを向いた。
でも、その言葉は、ずっと覚えている。
「来てくれて、ありがとうね」
とも言ってくれた。
あの梅雨の夜、段ボールの中にいた私を拾ってくれた人だ。
一位以外に、つける数字がない。
別枠一位だ。
……好きだ。
言いたくないが、好きだ。
番外 クロ(野良猫)
この黒猫は、ランキングに入れない。
人間ではないから。
でも、一言だけ言っておく。
この前、ほころび庵に入ってきて、カウンターに乗ってきた。
私が前足で頭を押さえたら、「にゃ」と言った。
生意気だ。
でも、まあ、たまに来るくらいなら、許してやらないこともない。
ランキング外だが、それだけは言っておく。
おわりに
以上が、ムギが選ぶ、好きな人間ランキングだ。
誰も聞いていないが、整理できた。
澄江さんが「ムギちゃん、何考えてるの」と言いながら、私の隣に座った。
私はそっぽを向いた。
教えない。
でも、今日のところは、澄江さんの隣にいることにした。
それだけだ。




