決着
ツバキは武器というものに拘りを持っていない。
人斬りである以上、必要なのは斬るための得物だ。
つまるところ、人さえ斬れればいいのである。
大がつく業物だろうが、凡刀だろうが人は斬れる。
鈍だったとしても研いだらなんとかなるし、それでも斬れなければ撲殺でもなんでもすればいい。
なんなら刀でなくてもいい。
自分の肉体、木の枝、石、瓦、骨……使い方次第でどうとでもなる。
それを最早人斬りと言っていいのかはさておくとして、武器というのはつまるところそんなものだった。
以前の世界で刀を使っていたのは、『里』で1番手に入りやすい者だったからに過ぎない。
なので『自分だけの得物』というのは益々どうでもよいものであった。
人間性を極限まで切り捨てる『里』の連中ですら、自分だけの得物を誇るものは多かった。
人のことを散々アレコレ言っておきながら、たかだか刀ではしゃぐとか馬鹿じゃないかと思っていた。
ナツメも『鳳』を手に入れたときはそれはそれはもうウッキウキだったが、姉上は別である。
だが――少しだけ、自分だけの得物に喜びを見出す人間の気持ちが分かったような気がした。
武器を持ち替えたときに必ず付いてくる違和感が、この刀にはまるでない。
重さも、サイズも、全てがピタッとくる。
身長や体重まで計測して作られたのだから、ある意味当然なのだろうが、実際に使ってみるとその衝撃は想像以上だった。
とくに普通の刀よりも刀身が短めということもあり、片手で扱うことが多いツバキにとってこれは非常にしっくりきた。
武器が新しくなっただけなのに、この効用はなんだ。
ただの武器の筈なのに、心を預けられるような頼もしさはなんだろう。
思わずふっと、笑ってしまった。
「何が可笑しい」
久方ぶりに、ナツメが口を開いた。
「結局、俺も馬鹿の1人だったことが分かったのさ……ったく、恨むぜシルヴィア。もう他の得物じゃ、満足できそうにない」
薄々避けていたのも、それが原因だったのかもしれない。
持っているものが少なかったせいで自覚していなかったが、自分は思った以上に執着しやすいタイプだったようだ。
「そういう姉上はどうなんだよ。せっかくこんだけ戦ってるのに、ちっとも楽しそうじゃない……いや、楽しむ訳にはいかないとでも思ってるのか?」
「……!」
ナツメの目が見開かれ、纏ったオーラが揺らいだ。
出力が下がったことを狙い、ナツメの胸ぐらを掴んでブン投げた。
ナツメは慌てて、オーラを噴出させ後退を止めるが、その隙を逃さず次々と追撃する。
「私に、そんな資格はない……」
ナツメのスキルは彼女の精神と密接にリンクしているとシルヴィアは言っていたが、確かに魔力の勢いが減じている。
心の動揺を誘って弱体化を図る――お世辞にも綺麗な戦略とは言えないが、綺麗だろうが汚かろうが戦略は戦略。
手札を出し惜しみして勝てるなんて、それこそナツメへの冒涜に近い。
「俺が死んだことが、そんなにショックだったのか?」
「当たり前だろう! 愛する家族を殺され、悲しまない奴がどこにいる!?」
正直、自分が死んで悲しむ奴なんていないと思っていたので、逆に動揺しそうになった。
「私のせいでツバキは死んだ! ほんの気まぐれで、おまえに近づいた! 私の愚かな気まぐれがなければ、あんな形で死ぬこともなかったのに……!」
血と涙が混じり合った滴が、ナツメの頬を伝う。
ナツメの言葉は悲鳴のようだった――いや、悲鳴そのものだ。
肝が冷えるような剣の冴えは健在なのだから恐ろしい。
だが、ツバキとてハイそうですかと受け入れるわけにはいかなかった。
「相っ変わらず、変な所で面倒せぇなアンタは……! 気まぐれ!? 上等だよ。姉上の気まぐれがなけりゃ俺はとっくにくたばってた。それだけじゃない。あんたの気まぐれに、俺は救われたんだ!」
「救われた……? 何を、言っている」
それだけでじゃない。
ツバキはナツメから多くのものを貰っていたのだ。
ナツメと出会うまで、ツバキは笑ったことすらなかったのだから。
鍛錬でナツメに負けると悔しかった。勝つと嬉しかった。
生き残るための手段として剣の腕を磨いた――だが、その中に例外となる感情があったことも否定できない。
「死んだことだってそうだ。最初はクソったれと思ったけど、結局こうして転生して、うまいメシ食えて昼寝も出来る。しかも連中全員くたばったて姉上とまた会えるときたもんだ。正直、首が飛んでる間に見てる夢だって言われれば納得しちまうくらいだよ」
できれば、ナツメにはもっと長生きしてほしかったが……それでも、再会できたことが嬉しくない訳がない。
あと妙に上から目線で偉そうでお人好しなご主人様と出会ったことは……まあ、わざわざ言わなくてもいいだろう。
ましてや本人のいる前で。
さっきから視界の隅で『私は?』とアピールしているが無視だ無視。
「だから姉上が、そんな悲しそうな顔すんなよ、つまらない顔すんなよ」
ナツメには、笑顔が似合う。
嘲笑ではない太陽のような笑顔を見たのは、ナツメのそれが初めてだったのだから。
「……そんなもの、まやかしだ」
ギリッと、ナツメは歯を軋ませ言った。
「結果がどうだろうと、私の罪は変わらん。それに何を得ようとも、どうせ理不尽に奪われる。そしてそれが、今だ」
「奪われるくらいなら、最初から持たない方がいいってか」
「そうだ」
「そうかもな……俺も正直そう思ってるよ」
ツバキの今までの人生が、その考えを完全に否定するのを阻む。
「けどさ……そう思うようになったのは何でだ?」
ツバキもナツメも、この世に生を受けてすぐそんな考えを持っていた訳ではない。
では、何故そう思わざるを得なくなったのか。
「……」
「決まってる。あのクソみたいな『里』のせいだよ」
思い出しただけで吐き気がする。
ナツメと相対して改めて認識した。
ツバキは、『里』が、そこに住む連中が死ぬほど嫌いだ。
「連中は人殺しの技術以外……いや、それすらもまともに与えちゃくれなかった。たまに手にするものがあっても、すぐに奪いやがる。だから、何も持たないようにしようと思ったんだろうな」
そう思わなければ、今よりも完全に壊れてしまうだろうから。
「今でもそうだよ。何か嬉しいことがある度に、どうせまた奪われるって思っちまう」
1度心にこびり付いた価値観は、1度死んで生き返ってもそうそう変わるもんじゃない。
そんなもんだろうと、思っていた。
だが――
「『何も持たなければ奪われない』、『あらゆる物を捨てれば強くなれる』……? そんなの真理なんかじゃねえ。呪いだよ。里の連中が俺達にかけた呪いだ。連中はくたばっても、俺達をずっと呪い続けてるんだ」
いつの間にか力が入っていたのか、火花が一際大きく舞った。
ツバキもそうだ。
知らぬ間に、自分を呪い続けている。
そして最も呪いに侵された者が――目の前にいる、ナツメなのだ。
「このままじゃ、俺達はずっとあの連中に呪われたままだ。俺達は生きている、あいつらはくたばった! なのにずっと近くにいるんだぜ? そんなの、俺は嫌だね!」
今頃地獄の底で、里長あたりがほくそ笑んでいるだろう。
想像しただけでも脳が沸騰しそうだった。
「前にシルヴィアに言われたよ、いつか失う日が来ても、今を楽しまない理由なんてないってな」
「反吐が出る……! そんなもの、何も知らぬ愚か者の言葉だ!」
「あいつだって、家族殺されてんだよ」
家族という言葉を誰よりも肯定的に受け止めている少女が、だ。
「……!」
「なのに、そんな言葉を何でもないように言うんだ。本当はなんでもなくないはずなのにな」
ツバキはきっと、そんな風にはなれない。
「それにさ……今の姉上見てると、そう思わなくちゃいけないような気もしてくるぜ――!」
過去の亡霊を振り切るために。
そのために自分を曲げるくらい、どうということはない。
少し頬が熱い。
さっきっから、らしくないことばかり言っているような気がするけれど、今更引っ込める訳にもいかなかった。
「俺は誰にも、もう誰にも奪わせない! それが姉上であってもだ!」
「そんな道理が、通るものか……!」
「所詮俺達は人殺しのひとでなしだ。まともに生きるには殺しすぎた――だったら、知ったことかって笑い飛ばせばいいだろ! 道理も! 道義も! 知った事か! そんなもん……俺がぶった斬ってやる!」
「ならば斬れ――私を斬って、押し通してみろ――!」
ナツメは一気にツバキと距離を取った。
既に納刀は済ませている。
恐らく来るのは、ナツメ渾身の居合い。
従来持っていた力にスキルを掛けあわせた必殺の一撃だ。
ナツメの肉体から放出された魔力が、全て鳳に向かっている。
避けるか、防ぐか――
「――なんて、無理だよな」
ツバキは刃を上に向け、上段に構える。
すべき事は1つ――カウンターだ。
「ツバキ――!」
一瞬だけ、己とは違う景色が割り込む。
シルヴィアの魔眼が見た光景だ。
心臓部を中心にナツメの体に纏わり付く赤い炎。
あれがスキル『修羅の剣』――だがツバキには、姉を苛む呪詛のようにも見えた。
同時に確信する。
斬るべきものは、あれだ。
だが『修羅の剣』は心臓と同化している――斬れば、ナツメは死ぬ。
普通ならば。
だがツバキのスキルも――刀も、普通ではない。
あらゆる音が、景色が遠ざかり感じるのは、ナツメの存在のみ。
失敗すればただではすまない。
当然だ。
それでも挑む。
ナツメを止めるには、彼女に応えるには――これしかない。
どんな一撃が来ようが知った事か。
ツバキは、それを叩き切るまで。
ナツメが動いた。
そう認識した時には、既に間合いに入っていた。
鞘から打ち出される鳳の一撃は、限界まで圧縮した嵐の如き力を持っていた。
ツバキは、新たなる刀に渾身のスキルを込め、その一撃に食らいく――!
光が、視界を塗り潰した。




