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異界転生 人斬りの使い魔と没落探偵  作者: 悦田半次


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32/37

本番

 死んだはずのナツメは、今もこうしてここに立っている。

 目の前にいるのは、ボロボロになった弟の姿だ。

 殺すつもりで戦ったが、殺してはいない。

 だが、ここまで追い詰めなくては話になるまい。


「……やはり儚いか。護るための剣というのは」


 ぽつりと、呟く。

 自分は否定してほしかったのかもしれない。

 護るための剣が、奪うための剣に劣る道理がないと。

 ツバキならば否定してくれるかもしれないと勝手に期待し、勝手に失望した。


「……見下げ果てた女だな、我ながら」


 だが、ツバキが以前よりも弱くなっているように思えたのも事実だった。

 ツバキの甘さは、己を殺す。

 そうであるのならば――ツバキに叩き込むしかない。

 奪うための剣を。修羅の剣を。

 勝手なことであるのは分かっている。

 だが、それ以外の方法をナツメは知らない。


 何もかもを蹂躙する力を手にすれば、もう何も奪われない。

 そのために、ナツメはツバキから奪う。

 ツバキは仰向けに倒れ、気を失っていた。


「さて……どうしたものか」


 今すぐシルヴィアを殺そうかと思ったが、それでは少しばかり弱い。

 意識が戻ってから殺す。

 大切な者が知らぬ間に殺されていたか、目の前で殺されるか。

 ナツメは後者の方が嫌だ。

 故にそれを選ぶ。

 ツバキを起こそうとした瞬間、銃声が響いた。

 振り向きざまに、迫る弾丸を斬った。


「……ッ!」


 真っ二つになったうちの片方が腕を掠め、血が滲む。


「それ以上は、近づけさせないわよ……!」


 焼けただれた手で、銃を構えるシルヴィア。

 彼女の肉体は、どう考えても動ける状況にない。

 左腕は焼け、右腕はなく、体内もかなり損傷している。

 激痛のためか全身から脂汗を流しながらも、その目は未だに闘志を燃やしていた。

 少しばかり感心して、ナツメはそんな自分に腹が立った。


「まだ、動くか」

「正直、今すぐベッドに潜りたい気分よ。可愛い使い魔の子守歌でも聴きながらね」


 このいけ好かない銀髪女は弟にそんなことまでさせているらしい。けしからん。


「パワーとスピードではあなたに分があるみたいだけど、器用さという面ではツバキの方が上ね。さっきの攻撃、ツバキなら無傷で凌いだわよ」

「そうだな。ツバキならこれくらい造作もあるまい」

「あら?」


 あっさり肯定され、目を瞬かせた。


「私は昔から大雑把なたちでな。逆にツバキはこの手の芸当は誰よりもうまかった。私には無いものを、ツバキは沢山持っている」


 どちらが劣っているも優れているもない。 


「家族なんでしょう。せっかく再会したのに、こんなのあんまりだわ」

「……家族だからと言って関係が良好と考えるのは傲慢だぞ」

「でも、ツバキの話からして、あなた達はとても仲睦まじい姉弟だと思えたわ。こんな状況になっても、ね」


 シルヴィアの目から伝わってくるのは、憐憫だ。

 その青い目はナツメの心を見透かされているようで、あまりにも不快だった。


「仲睦まじい、だと? ……こんな関係で無い方がよかった。そうでなければ、ツバキも死ぬことはなかっただろうに」


 他の連中と覚しくツバキを笑い、蔑み、『里』の恥だと思っていればよかったのだ。

 そうすれば、ツバキも死ぬことはなかっただろう。

 仮にやり直すことが出来るのであれば、ナツメはそうする。

 心は悲鳴を上げるだろうが、せいぜいその程度だ。


「時間を戻すことは叶わなかった……だが、私達はこの世界に転生した。だから私はツバキを壊す。誰にも奪われぬような修羅にする。もう2度と、死なせないために。最初からこうするべきだったのだ……あんな日々に、意味などなかった」

「悲しいことを言うのね」


 心からそう思っているような口ぶりだった。


「あなたも言葉には矛盾があるわ。あなたがここまでするのも、ツバキのことを愛しているからでしょう? 好きの反対は無関心とはよく言ったものね。ツバキとの日々があったから、ツバキを愛しているからこそこうなってしまった。その出力の方法を完全に間違っているけど、だからと言ってその想い自体が間違いであってたまるものですか。もっと別の方法だって――」

「黙れ……! おまえに私達の何が分かる!」


 はっきりと憎しみを込めてシルヴィアを睨んだ。


「おまえだ……おまえのせいだ! ツバキをここまで弱くなったのはおまえの存在があるらだ! おまえが弟をなまくらにしたのだ! そうでなければ、私がここまで一方的に勝つことはなかった!」


 後半は、最早泣き言のようだった。


「分かるか分からないかで言えば、分からないわよ。あなたとは会ったばかりだもの。けど、あなたが間違っていることはハッキリと分かるわ!」


 殺意を叩き付けても、シルヴィアは一歩も引かなかった。


「あともう1つ。あなたのことは知らなくても、ツバキのことはある程度は知ってるわ」

「何だと?」

「クールぶっているけど、思ったよりすぐ感情的になるわ。ショートケーキのいちごは最後までとっておくタイプで、お店のメニューにデザートがあるとすぐにそわそわしだすの。それなのに好きとは言えずに『嫌いじゃない』とか言うのよ。風呂に入る時はまず頭を洗って、寝るときは左を向いて寝るの。昼寝の平均時間は53分27秒! もっと知っていることはあるけど、ざっとこんなとこよ」


 盛大にドヤ顔を決め、びしりと指さすように銃口を向けた。


「それにね、分かってないのはあなたの方よ。普段は容赦ないけど、時々甘さを見せるのがオツなんじゃない! 塩キャラメルが塩だけでもキャラメルだけでも成り立たないのと一緒よ。全て含めてツバキなんだもの! まあ、多少無粋なところが似てるのも、さすが姉弟とでも言うべきかしらね」 

「知ったような口を……!」


 鳳を振るい、放たれた魔力がシルヴィアを壁に叩き付けた。

 その手からブラックスターが離れる。

 もう我慢ならなかった。

 ツバキのことを全て理解し、まるで自分の隣にいることが当然と思い込んでいるようなこの女があまりにも不快極まりなかった。

 死なないように調整しながらも魔力の波動を何度も叩き付け、その首を掴み吊り上げる。


 さらに力を込めれば、シルヴィアは死ぬ。

 だかそれだけでは足りない。

 ありとあらゆる痛みと屈辱を与えねば気が済まない。

 そう考えただけで、ナツメを包む魔力が一際活発に揺らいだ。


「なる、ほどね……ようやく分かったわ」


 頭から血を流し、顔を苦悶に歪めながらも、シルヴィアは言った。


「あなたのスキル――『修羅の剣』は感情の起伏が魔力の出力とダイレクトに繋がっているのね。傀儡になっていた時に使わなかった理由もハッキリしたわ。感情がないんじゃ、使いようがないもの」

「だから、なんだ」

「いいえ? どうもあなたはツバキ以上に感情的になりやすいから、瞬間的な火力はとても強力でしょうね。けど、弱点もあるわ。その力は感情に左右される……強みではある反面、安定性という意味では極めて危うい性能ね。それに反転って言っていたけど、『修羅の剣』はもう1つのスキルとの両立も不可能みたいね」


 転生者になってから、ナツメは自分に新たに宿った力がどのような名か、どのような力であるのかを把握している。

 ナツメのスキル『修羅の剣』は感情を魔力に変換し、身体能力や斬撃の威力をブーストするものだ。

 感情がキーになっている都合上、ナツメのコンディションによっては無用の長物になってしまう可能性も高い。

 さらに『修羅の剣』使用中は、もう一つのスキル『抜刀術』が使用できないという指摘も正しい。

 だが――


「それが、どうした?」


 ナツメは1つも動揺していなかった。


「スキルが安定しない……? 両立が不可能……? それがどうした。そんなものなくても、おまえを殺すのには充分だ。おまえの推理は正しい。が、意味はない。私に勝つこと等不可能だ」


 腕に力を込めると、シルヴィアの表情が歪んだ。

 あと少しでも力をかければ、首は折れるだろう。

 転生者の腕力であればこれくらい造作でもない。


「……そうかしら?」

「……?」

「別に、私はあなたと直接戦う必要なんてないのよ」


 不格好な笑みを浮かべながら、シルヴィアはボロボロの指をつきつけた。


「私が推理して……ツバキが戦う。それが、私達のやり方なんだから――!」


 瞬間、2人の間に1つの影が割り込む。

 シルヴィアの首を折るのでは間に合わない。

 そう判断し、忌々しい女から手を離し腕を引っ込めたギリギリのタイミングで、影――ツバキの踵落としが2人の間に炸裂した。

 床に亀裂が走る。

 バランスを崩したシルヴィアを、ツバキは腕を伸ばし抱き留めた。


「……ったく、なんつー人使いの荒いご主人様だよ」

「知らないの? 英雄っていうのはね、一回倒れてからが本番なんだから」

「言ってくれるぜ。実際にやる身にもなれってんだ」


 常人であれば死んでもおかしくない傷を負いながら――それでも、ツバキは笑って見せた。


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