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異界転生 人斬りの使い魔と没落探偵  作者: 悦田半次


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31/37

人斬りが死んだ後の話

 声をかけても、返事はなかった。

 野次馬の声は耳に入らず、ナツメは小さくなった弟を抱きしめた。

 服が血に染まっても、関係無かった。

 その瞳は、最早何も映し出さない。


「何故だ……何故だ、何故だッ――!」


 弟の血にまみれながら、ナツメは叫ぶ。

 何故ツバキが死ななくてはならないのか。

 人を殺すのが罪だというのならば、ナツメの方が真っ先に殺されてしかるべきではないか。

 なのに何故、ツバキが死んでナツメが生きている――!?


「此奴は里を抜けようとした」


 背後から声が聞こえた。

 聞き覚えのある――里の剣士の声。

 それで、理解した。

 ツバキ達の計画は、とっくに筒抜けだったのだろう。

 首の断面からして、斬ったのは里の人間だという事は容易に分かった 


「大人しく飼われていればいいものを。鬼子の分際で里長様の慈悲を無下にするからだ」


 表情は見えないが、侮蔑の感情は嫌と言うほど伝わった。


「……何故、私は殺さない」


 背後の男からは殺意を感じられなかった。


「殺す必要などない。おまえは里の中でも最高峰の剣士だ。誑かされやすいのが難点ではあったが、その障害もその通りだ。問題無い」

「それは、里の総意か?」


 これだけは、確認しなくてはならなかった。


「無論」


 迷うことなく、男は頷いた。

 里には多くの人間が住んでいる。

 だが――彼らの意思は、不気味なほどに統一されていた。

 男の回答は予想通りであった。


「そうか……」


 全て理解した。

 今後の道筋も、今ここに定めた。


「ならば、死ね」


 振り向きざま、鳳を一閃。

 首が宙を舞う。

 その表情は、自分の身に何が起きたか理解出来ないと言ったような――あまりにも、間の抜けたものだった。


 どさりと首が落ち、鮮血が吹き出す。

 野次馬達が悲鳴を上げるが、それらはナツメの外の意識にあった。

 岡っ引き達が到着し捕らえようとするも、ナツメの姿をひと目見た途端に動けなくなった。

 ナツメは誰にも邪魔されることなく、その場を後にした。


 ツバキの首は近くの海辺に埋めた。

 削れかかったナツメの心にも、悪くない風景に思えた。

 本当だったら、他にも色々な景色を見ることが出来ただろう。

 2人で海辺に座って、白米で出来た握り飯なんかを買って食べることもあったかもしれない。

 だが、そんな未来はもう、ない。

 来て欲しかった未来と、ツバキの墓を背に向けて、ナツメは里に向かった。




『里』に戻ったのは夜だった。

 いたる所に雪が積もっている。

 極寒ではあるが、これくらいの寒さは『里』の人間にとってはどうということはない。


 里の出入り口である門には2人の見張りがいた。

 ナツメは一瞥もせず2人の首を刎ね、里に入った。

 そして、虐殺が始まった。

 目に付くものは全て斬った。

 人も、家も、何もかも。


 混乱が広がる。

 しかし相手も『里』の人間達というだけあって、老いも若きも己が得物を手にナツメに向かっていく。

 そして、皆等しく雪を赤く染めた。


 ナツメも相応の傷を追ったが、動きは一切鈍りはしない。

 ボロボロの小屋を開けると、そこには小さな子ども達が30人ほどいた。

 幼い子供を、剣士にするための空間。


 この中で生き残り、『里』の人間になれるのは何人いるだろうか。

 最も、全員殺す訳だからそんな想像に意味はなかった。

 子供達を殺しても、罪悪感は湧かなかった。

 そうして刃を交え、或いは一方的に斬り殺すことで『里』の人間は着々と数を減らしていく。


 その中には自分と実力が等しい、あるいは上回る者もいた筈だ。

 が、彼らが一斉に襲いかかっても、ナツメを止めることは出来なかった。

 いつもより体が動く、剣が冴えている。


「何故だ……?」


 そんな疑問を解こうとして、だがそれを解いてしまってはいけないような気がした。

 進もうとして、頭をぐいと引かれた。

 見れば、血塗れになった女がナツメの後ろ髪を引いている。

 女はナツメを見ながら、「なんで」「どうして」と呟いている。

 ナツメは女の首を刎ねた。


 が、未だに手は離れず、腕を斬っても髪を引かれる感覚は健在で、面倒だったので鳳で髪を切った。

 若干軽くなった体で前に進んだ時、ふと思い出した。

 先程殺したのは、自分とツバキを産んだ女だった。

 だがそれも、ナツメの脚を止めることはなかった。


 許せなかった。

 この『里』の全てが。


 ナツメの胸に灯った炎は、全てを焼き尽くさなければ収まりがつかない。

 幾人もの血を吸い、尚切れ味の衰えない鳳を手に、ナツメは殺戮を行った。

 予想はしていたが、誰も逃げようとはしなかった。

 ここは、そういう場所なのだ。


 最後に立ち塞がったのは、里長だった。

 そして、あの女に種を植え付けた男でもある。

 里長の座にあるだけあって、ナツメも苦戦を強いられた。

 だがそれでも、勝ったのはナツメだった。

 己と他者の血にまみれながらもナツメは立ち、里長の胸には×印のような傷が刻まれ倒れ伏している。


 気配を探すが、周囲に生きている人間はいない。

 今『里』で生きているのはナツメと、死にかけの里長だけ。

 そしてその死に損ないは、笑っていた。


「……何故笑う。何が可笑しい」

「目論見通りだ」

「……何?」

「ナツメ……おまえは今、ここに成った。『修羅の剣』を得た」

「『修羅の剣』……だと?」

「全てを蹂躙する絶対的な剣。『人刃一体』など、そこに至るための手段に過ぎぬ。それをものにすれば、我等など叶わぬも道理だな」


 その言葉に、体が冷えていく。


「待て。それでは、まさか――!」

「そうだ。そうでもなければ、男か女かも分からぬ鬼子を里に置いておくこともない。全ては今、この時のためにあった。守るべき者を得、その上で失わせる――その怒りによって、おまえは修羅と化した。己が剣技が高みに到達したことを分からぬおまえではあるまい。当たれば僥倖、当たらずともどうということのない賭けだったが……存外、うまくいったな」


 口の中が乾いていく。

 思い当たる節はあった。

 里長はツバキを迫害したが、殺そうとまではしてこなかった。

 ツバキの剣は邪道であるが、決して弱くない。

 だからかと想っていたが、理由は別の場所にあったのだ。


「違う……違う! 違う!」

「何も違わぬ。おまえは己が楽しみだけでなく、半端者を守るつもりで振るっていた。だが、護る剣が到達すべきところなどたかが知れている。護る者より、奪う者が強いのは世の道理。だからこそ、おまえはこれだけの数を殺せたのだ、ナツメ。『修羅の剣』を生み出すという意味であれば、『里』(ここ)も役目を終えたということになるな」


 男の声は、呪いのようにナツメの心に侵食していく。

 この男にとって、ツバキはナツメという火に注ぐ油に過ぎなかったのだ。

 ナツメが得た『愛』さえも利用した。

 なぜツバキは死ななければならなかったのか。

 その答えは、あまりにも残酷だった。


「それでは……ツバキの生は、なんのために――!」

「おまえのためにあった。死ぬことでその役割を全うしたのだ……ふむ、親として、それだけは褒めてやっても――」


 口を貫いた。

 刃は脳にまで達し、男は絶命した。

 鳳を引き抜き、その場を離れた。

 真っ赤に染まった雪の上を、覚束ない足取りで歩いた。

 最後にやってきたのは、ツバキと鍛錬をし、星を見上げた場所だった。

 血に染まっていない、白銀の世界がそこにあった。

 そこにナツメを待つ者は、誰もいない。


「あ――」


 ツバキは死んだ。

 自分ナツメのために。

 自分ナツメのせいで。


「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」


 慟哭と共に、鳳を振り回した。

 型も何も無い、あまりにも無茶苦茶な剣筋――いや、ただ子供が無茶苦茶に振り回しているようにしか見えない。

 だが1つ振るわれる度に岩が木が、轟音と共に斬られていく。


『修羅の剣』


 これが、ナツメが到達したものだった。

 ただ振るうだけで、何者をも蹂躙する剣。

 これがナツメが極めようとしたものなのか?

 ツバキを死なせてまで欲しかったものなのか?

 考える気力は、もう無かった。


「……虚しいな」


 ぽつりと呟き、愛刀で腹を割いた。

 どっと周囲の白が赤に染まる。

 ぼとぼとと内蔵が傷口から零れ落ちていく。


「……はっ」


 こんな修羅ひとでなしでも、血も臓物も赤い。

 そんなことを思いながら、ナツメはゆっくりと死んでいった。

 物語はそこで終わる。

 その筈だった。


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