最高傑作
今まで多くの転生者と戦ってきた。
どれもこれも楽なものではなかったが、彼らには何か欠けているものがあった。
それは殺意ではなく、純然たる意思によって生じる気迫。
どれだけ最高の武術を持っていたとしても、傀儡である以上意思など持ちようがない。
だが――目の前のナツメは違った。
「どうした、そんなものかツバキ――!」
「くっ――」
斬撃一つ一つに、煮えたぎる鉄のような気迫を感じる。
動きそのものは、操られている状態と特に変わりはない。
だが――
――なんだよ、このプレッシャーは!
久しく忘れていた感覚だった。
かつて稽古をしていたときよりも、ナツメの気迫は熱く、重い。
一方で、ツバキは自分の動きがぎこちなくなっていることを嫌というほど実感していた。
まるで、自分の剣術を見つけられなかった時に戻ったかのようだ。
理由は分かっている。
「姉上とは、戦いたくない……!」
稽古くらいならばいい。
だが、これは最早殺し合いだ。
終わった頃には、どちらかが死体となって転がっている、そんな戦い。
そんなのは嫌だ。
「敵に情けを請うな。そんなことをしても負けるだけだ。そして、あの女が死ぬ」
なのに、ナツメの言葉には一切の容赦がなかった。
ナツメが死ぬか。
シルヴィアがツバキ諸共死ぬか。
最悪の二者択一がそこにはあった。
「冗談じゃ、ねえよ……!」
が、悪態を付いて強くなれれば苦労はしない。
だったら――
「私を殺さない程度に無力化する、か?」
「……!」
読まれていた。
「それがおまえの弱さだ、ツバキ。敵には一切の情けをかけないが、心を許した相手にはとことん脇が甘くなる」
ツバキにはそんな自覚はない。
「それは、過大評価が過ぎるぜ姉上。俺はそんな上等な人間じゃない」
「それを上等と思ってしまうのが、弱いと言っている。以前のツバキであれば、それでももっと研ぎ澄まされていた。今のおまえは、なまくらだ。何も斬れず……何も守れない」
何合も打ち合ったせいか、ツバキの剣には大分ガタが来ていた。
切れ味も大分落ち、刃こぼれがひどい。
一方ナツメの鳳は刃こぼれひとつしていない。
片やヤクザの下っ端から奪い取った剣。
片や妖刀とまで言われた大業中の大業物。
2つの得物は、それぞれの使い手を表しているかのようだった。
技量も、武器の質も、心も、全てが劣っている。
それでも、食らいつくしかない。
スキルを使って補ってはいるが、それでも覆しようのない差というのは存在する。
ナツメが納刀した。
「……!」
スキルが来る――そう思ったが、違った。
ナツメが繰り出したのは、瞬間移動を伴わない普通の『決死の太刀』。
無論ナツメの中の普通は一般の普通であるのと同じ訳がない。
何度も搦め手を使われた後の真正面からの攻撃。
ツバキの手から、毟り取られるように剣が離れた。
「ふむ……やはり、こちらの方が馴染むな」
刀を返し、ツバキに追撃を加えんとする。
ツバキは反射的に手を突き出した。
「苦し紛れか?」
ナツメの斬撃を前にしては焼け石に水にもなりはしまい。
だが散ったのは血ではなく、火花だ。
「何……?」
ナツメが目を見開く。
そこにあったのは、鳳とツバキの手が拮抗していると言う本来あり得ない光景だった。
いや、厳密には鳳と拮抗しているのはツバキの手に巻かれたネクタイだった。
ツバキは手の平を滑らせるようにして鳳を受け流し、擦れ違い様にネクタイをナツメの腰目掛けて飛ばす。
厳密には狙いは腰ではなく、腰に差してある鳳の鞘。
ナツメと鞘を結んでいた下緒を蹴り斬った。
蹴りの勢いで、鞘もナツメのいる方向から離れていく。
鞘を追おうとするナツメを、ツバキは再び手にした剣を振るい阻む。
「そうか、これがツバキのスキルか。ふむ……剣ならざるものを剣にする、と言ったところか。ツバキらしいな」
一瞬で見抜かれた。
「姉上のスキルも大体分かったぜ。反則級の『決死の太刀』をさらに強化するなんてな。さすが、『里』の最高傑作とか言われるだけあるな」
「言うな!」
ツバキとしてはこちらも負けていないことを示すための軽口のつもりだったが、ナツメは予想以上に表情を歪めていた。
今までは似たような事を言われても、そんな反応をしなかったのに。
「姉上……?」
「……私としたことが平静を失うとは。精進が足らんな」
その言葉はツバキにというよりも自分に言い聞かせているようだった。
「ともかく、あんたのスキル発動条件は鞘に納刀状態であることなんだろ。既に鞘は姉上の手元にはない……もうスキルは使えない、そうだろ!」
ツバキはシルヴィアにちらりと視線を向けると、斬られた右腕と焼けただれた左腕で○のマークを作っていた。
ナツメのスキル――抜刀術は鳳に付与されているスキルとシルヴィアは言っていた。
発動には刀と鞘両方が必要になる。
だが今、鞘は手元にはない。
スキル発動は不可能だ。
今までツバキがスキルを使わなかったのはこれを狙ってのことだった。
先に詳細を知られていれば、何らかの対策を講じられていただろう。
「降参するなら今のうちだぜ、姉上――!」
そう言ってツバキは拳を突き出す。
無論スキルは付与してある。
ナツメは避けざるを得ない。
だがツバキは動きを止めない。
追いすがり、追撃する。
ツバキはナツメを倒さねばならない。
甘いと言われようが、ここにいる全員――割とどうでもいいリドーはいつの間にかいなくなっていた――死なせたくはない。
死なせてたまるか。
好機は今。
鞘を失い、スキルが発動できてない今しかない。
少なくとも、スキルの有無という意味ではこちらにもアドバンテージがある。
「……甘いな」
ぞわり、と体から熱が無くなったような感覚を覚えた。
「いつ私が全ての手札を見せたと言った」
迫る斬撃を剣で受け止める。
何回も繰り返された動作の筈だった。
「――反転」
手に伝わるのは硬質な手応え――それだけではなかった。
身を焼き尽くさんばかりの熱と、衝撃。
そう認識した頃にはツバキの肉体は紙細工のように吹き飛んでいた。崩れ掛けの壁に剣を突き立て、急ブレーキをかけて着地する。。
「がっ……!」
痛みが遅れてやってくる。
なんだ、なんだ今のは。
刀の一撃を受けたとは到底思えない。
まるで、炎を孕んだ嵐に巻きこまれたような――
「あぁ……なるほど。こうなるのか」
ナツメは手にした鳳を見て頷いた。
鳳の刀身は、赤黒く光っていた。
その発生源はナツメの肉体。
心臓部を起点に、赤黒いオーラいオーラが全身を包んでいる。
ナツメの双眸もまた、奇しくも鬼子と言われたツバキのように赤く輝いていた。
ふと己が剣に視線を向けると、斬撃を受け止めた部分から高熱による煙が出ていた。
何だ。
何なのだ、アレは。
「スキルよ」
使い魔の疑問にシルヴィアは端的に答えた。
「スキル……? でも、抜刀術とは関係無いだろこれ」
「魔力の波動が根本的に異なっているわ。反転って言ったでしょ? 今までとは違う、全く別のスキルに切り替わったんだわ」
「は……?」
何を言っているんだと思うが、シルヴィアもまた、自分が導き出した分析結果を拒絶するように首を振った。
「信じられないわ。ナツメはスキルを2つ持っている――デュアルスキルの転生者よ!」




