勘
「が、あぁ――!」
腕を押さえ、苦悶の表情を浮かべるシルヴィアを、ナツメは冷然とした眼差して見下ろす。
「おまえも弱い。この程度が避けられぬようではな」
刀を大上段に構え、振り下ろした。
「ッ――!」
ツバキは咄嗟に地面を蹴り、シルヴィアを抱え転がった。
「嬢ちゃん――!」
泡を食ったリドーが、煉獄一直線を手にナツメに立ち塞がる。
「この世界の巫女か。おまえの方が手応えがありそうだ」
「巫女ぉ? そりゃ異教徒の役職やろがい。ウチはシスターや。ちゅーかツバキちゃん。どーゆーことや。傀儡化まだ残っとるんちゃうか?」
「……いや、違う。姉上は正気だ」
ナツメは絶対的な意志と理性をもってして、この凶行に及んでいる。
「何やってんだよ、姉上……自分が何をしたのか分かってんのか!?」
「分かっている。その女の右腕を切った。左腕が使い物にならない以上、もうその女は戦えまい」
「そうじゃない! 何でシルヴィアを斬った! この人は敵じゃない!」
「だがおまえを縛り付ける。退けツバキ。今トドメを刺してやろう」
ナツメは本気だった。
無論、ツバキは退く気などさらさらなかった。
「だから! ペルペトーみたいに操っている訳じゃないんだ。俺は自分の意思でこの人の使い魔になってるだけだ!」
「だから殺すと言っている」
「なんで――!」
「敵に理由を求めるな。おまえが死ぬぞ」
ナツメは一気に肉薄し、刀を振り下ろす。
スキルを使わずにこの速さだ。
ツバキは剣でその斬撃を受け止める。
腕が痺れる。
「っ……!」
操られている状態とは比にならない威力だ。
そして剣の冴えからも分かる。
ナツメは、本気だ。
「……リドー。シルヴィアのこと頼む」
「ああもう、なんやこの展開。エリクサーも切れとるし……こうなるんやったら、最初から殺しとくんやったわ!」
舌打ち交じりに、止血を始めるリドー。
ナツメはちらりとツバキの剣を見た。
「ふむ……随分と半端な得物を使っているみたいだな」
「悪かったな。こっちじゃ刀はそうそう見当たらないんだよ」
「得物を選ばないことはおまえの美徳だが、それが自分を追い詰めることにもなる。このようにな」
鍔迫り合いはナツメが優勢だ。
ツバキの剣は徐々に押され、ついにツバキの肩に沈み込み血が流れる。
「……ッ」
今使っているツバキの剣は両刃。文字通り諸刃の剣。
このような場面では、使い手であるはずのツバキにも牙を剥く。
「前の世界にいたおまえの剣は、もっと鋭かった。だが、今はとんだなまくらだ……あの女が原因か」
「だとしても、それは俺の問題だ。シルヴィアに責任はない」
だからこそ、自分のせいで彼女が殺されるなんてことはあってはならないのだ。
「それが重荷なんだ、ツバキ。戦場でそれは致命的な過ちを引き起こす。私が傀儡になっている時も、おまえは迷わずに私を斬るべきだった。そうしなかった結果がこれだ」
「自分で斬っておいて、何を……!」
「私がおまえの重荷を捨て去ってやろうと言うのだ。何の問題がある?」
「問題、大ありだろうが!」
はねのけるようにして鍔迫り合いから逃れる。
肩に触れると、ぬるりとした感触があった。
痛みはあるが、動かすことにそれ以上の支障はない――つまり、傷なんてないのと一緒だ。
スーツの耐久性にした。なければさらに傷は深かっただろう。
「さっきっから、訳分かんねえよ、姉上……!」
まるで別人だ。
目の前にいるのは、本当に己が姉なのかと疑問を抱くが、姿も口調も剣の腕も握った刀――妖刀『鳳』も全て、本物だ。
ツバキと相対しているのは、紛れもなく実姉のナツメだった。
「分からなくても構わん。その体に刻みつけるまでだ。おまえの剣では、私には勝てん」
納刀した瞬間、再びナツメの姿が消え、死角から斬撃が襲う。
回避したツバキは、納刀させないために肉薄。
ナツメと切り結ぶ。
望まぬ姉弟の戦いが、再び始まってしまった。
「ったく、弟も弟なら姉も姉っちゅーか……無茶苦茶や。なんでウチがツッコミにまわらなあかんねん。ウチはもっとこう……ネジが2、3本ブッ飛んだそんな方向性やったきがするんやけど」
ブツクサ言いながらも、リドーは丁寧に止血と消毒を行い、包帯を巻いていく。
「やっぱ考えた方がええで、嬢ちゃん。あんな使い魔飼ってると、そのうち腕どころか半身持ってかれるのがオチや。せや、孤児院で働くっちゅーのはどうや? 少し大変やけど、いいところっちゅーのはこの前分かったやろ? ガキ共もきっと大歓迎や」
「大変魅力的だけど、お断りしておくわ。私、今の仕事結構気に入ってるの」
発狂したいくらいの激痛に苛まれている中、シルヴィアは気丈に笑って見せた。
「そんな姿でよー言うわ」
「別に強がってはいないわ。正直今すぐ泣き出したいくらいには痛いけど」
止血はされているが、今でも脂汗が止まらない。
「そやろな。その傷でよくもまあ正気でいられるわ。はよ逃げた方がええ」
リドーが手を伸ばすが、シルヴィアは首を振る。
「まさか、残るとか言うつもりとちゃうか?」
「ええ。まさにその通りよ」
「アホか! ツバキちゃんでもアレは無理や。ツバキちゃんがやられたら、次は嬢ちゃんやで」
実際リドーも助太刀をしようとしたのだが、目で制されていた。
「今の私でも魔眼のサポートくらいはできるわ。この状態じゃ、死ぬほど痛いだろうけど……それに、私はここで背を向けちゃいけない気がするの」
「気がするって……」
「探偵の勘よ」
これはツバキとナツメだけの戦いではない。
シルヴィアも当事者なのだ。
そんな自分が、この戦場から離れればその時点で敗北が決定するように思えた。
「ったく、あんたはもうちっとマトモと思うててんけどな」
「私を心配してくれたことには礼を言うわ。それともう1つ、お願いがあるんだけど、いい?」
シルヴィアの『お願い』を聞いたリドーは、口をヘの字に曲げた。
「それでなんとかなるんか?」
「ええ。間違い無いわ」
「それも探偵の勘ってヤツかい?」
「いいえ」
シルヴィアは首を振って答えた。
「ご主人様の勘よ」




