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異界転生 人斬りの使い魔と没落探偵  作者: 悦田半次


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ツバキとナツメ

 ツバキが産まれたのは、極東と呼ばれる島国に存在する山奥の集落である。

 集落は何の捻りもなく『里』と呼ばれていた。

 そして名は体を表すが如く、『里』もまたどうということはない平凡な集落……であったら、どれだけ良かっただろう。


 最高の剣士を産み、育てる。

 名誉や野心のためではない。

 ただそれだけのために作られた集落、それが『里』だった。

 目指すは『人刃一体』――己と刀の境界線を排除し肉体の一部として刀を扱う境地。


 そのためにはあらゆるものを切り捨てる。

 本来人を育てる上で与えられるものもまた、切り捨てられる。

 そのようにして育った修羅が子を成し、育てる。その繰り返しだ。

 狂っている。

 そう思う者は誰もいなかった。

 全員が『狂って』いれば、それが正常として、常識として扱われる。


『人刃一体』の境地を目指し鍛練を重ねることが誇りであり、拠り所であった。

 ツバキは親の温もりを知らない。

 物心が付いた頃から、徹底的に修練を叩き込まれた。

 渡されたのは飴ではではなく、子供でも握れる短刀だった。

 食事も睡眠も最低限にされた。


 そこに娯楽を見出すことなど許されないし、そもそも育てる側からしてそのような発想は皆無である。

 あらゆる状況に対応することを名目に、さらに食事には一定の確率で毒が紛れていた。

 耐えきれない者は、そこで死んだ。

 修練中に倒れ、剣を握ったまま息を引き取った者もいた。

 だがそれで構わない。


 この修練に生き残った者が、正式な『里』の一員となる。

 そして実線の感覚を磨くために傭兵として戦に赴き、またある者は暗殺を請け負う人斬りとして活動するようになる。

 そんな『里』のなかで、ツバキはまともではなかった。

 皆黒目黒髪の中で、1人だけ赤い目を持っていた。

 夜の闇に輝く赤眼は物の怪じみていて、無駄に画一化された里の中で忌避される理由には充分だった。


 しかも目が赤いだけで夜目が特別利くとかそれこそ物の怪じみた力が宿っていればまだ良かったのだが、ただただ赤いだけだというのだから救いがない。

 ならせめて一目置かれるだけの剣の腕があれば――となるのだが、『里』の剣術とツバキの剣術は余りにもズレていた。


 抜刀術は、『里』の剣術として絶対の在り方だった。

 ただ前に踏み込み、抜刀して相手を切り伏せる。

 達人ともなると、どれだけ離れていようが瞬く間に距離を詰め、相手の首を取る。

 南蛮から鉄砲が到来しようが関係無い。

 撃たれる前に斬れば良い。斬れずに死ねばそれまでだ。

 死ぬ気で斬る、死んでも斬る『決死の太刀』


 ツバキはできなかった。

 なんてことはない。

 死にたくなかったからだ。

 なるほど『決死の太刀』を極めれば強い――だが、もし失敗したら?

 『決死の太刀』の由来は成功すれば敵が、失敗すれば己が死ぬ――いずれかに必ず死が訪れるからに他ならない。

 戦いとは常に死と隣り合わせだ。だが、態々死と隣り合わせの状況に自ら突っ込んでいくことはできなかった。


 その恐れが、ツバキの剣の方向性を決めた。

 相手の動きを見切り、凌ぎ反撃するカウンター戦法。

 鉄砲を相手取るなら無理矢理先に動かなくとも、弾を避けるなり斬るなりして、再装填にまごついている間に斬ればいい。

 さらにツバキはこうも考えた。


 ――得物は刀1つにに拘らなくていいのではないか、と。

 つまるところ、刀というのは人を殺すためのものだ。

 人を殺せるのであれば、木の枝だろうが皿の破片だろうが、自分の肉体だろうがなんでも使えばいいではないか。

 となると剣の振るい方もさらに調整が必要となる……

 試行錯誤をしている間に、ツバキの剣は里の在り方から大きくズレていった。

 当然、そんな剣術は里の中では邪道であり異端だ。

 あいつは長く保たんすぐに死ぬと言われていたが、その予想は外れることになった。


 存外ツバキはしぶとかった。

 成功率が1割を切るような依頼を成功させる度、周囲のツバキへの評価は持ち直す――なんてことはなく、下がる一方だった。

 他とは違う赤眼。

 『里』とは異なる我流の剣。

 それでいて『決死の太刀』は使えない。


 それで早々に野垂れ死ぬのであればまだ笑い者程度に収まったのだろうが、それでしぶといし仕事はこなすのだから、苦々しいことこの上ない。

 周囲の人間にとって、ツバキはまさしく『異形』であり『異端者』だった。

 背後から斬る卑怯者と罵しる同じ口から、誰それを斬ってこいと言うのだから最早笑ってしまう。


 一事が万事そんな調子であるから、当然ツバキも『里』のことは嫌いであった。

 が、そんな里の中にも、ツバキが心を開いていた人間がいた。

 血筋的には兄弟姉妹は多くいたが、それでも家族と、「姉上」と呼ぶのはただ1人――ナツメだけだった。





「ふざけやがって……!」


 刃を交わしながら、ツバキの表情は怒りに歪む。

 死に別れた姉弟が、遂に再会した。

 だがそれは、あまりにもツバキが望んだものではない。

 あの『里』で生まれた者とは思えない程輝いていた瞳は、里の連中以上に淀んでいた。

 こんな姉を見たくなかった。

 そして今のナツメの姿は、最後に見たときと殆ど変わっていなかった。

 異界転生で召喚される場合、転生者は人生の中で最盛を迎えていた状態で召喚される。


 が、ツバキのように若くして死んだ場合は、その時の状態で召喚される。

 ナツメはツバキの2つ上でありながら、『里』の中でも5本の指に収まる強さを持っていた。

 だがそれもまた成長の余地を残していたことは疑いようもない。

 それにも関わらず、この姿で召喚された。


 それが意味するものは1つ。

 ツバキが死んでから時を経ずして、ナツメもまた死んだのだ。

 その事実が、あまりにも悲しかった。

 そして今、2人は殺し合っている。


 いや、厳密に言うのならば、ツバキはただ攻撃を防いでいるだけだ。

 今のナツメは、ツバキに容赦はしてくれない。

 そもそも、その意思が無いのは当然である。

 殺す覚悟が決まらないなんて事は、今まで経験したことが無かった。

 これが今まで人を殺し続けてきた報いだというのか。


「ざっけんな……!」


 そんなの、納得できるはずもない。

 ツバキはナツメを切りたくない。

 だが、斬られるのも嫌だった。

 一歩間違えれば死に直結する斬撃を、ナツメは次々と繰り出していく。


 ツバキはそれに食らいつき、必死にそれを凌いだ。

 やはり、変わっていない。

 師範代から匙を投げられたツバキを鍛えたのはナツメだ。

 彼女の剣は、最後に稽古を付けて貰ったから――最後の依頼の前日だ――何も変わっていない。


 やはりツバキの推測は間違っていなかったことに、小さく舌打ちする。

 あの世界で最も多く剣を買わした相手だ。

 どのような太刀筋かは大体把握している。

 が、把握しているのと対応できるのでは別問題。

 スピードもパワーも、あちらが上。

 しかも、スキルはまだ使っていないときている。


 ナツメの剣の腕は凄まじい。

 が、それはあくまで彼女自身の技量に過ぎない。

 つまり、まだナツメは転生者としての力を使っていないのだ。

 何だ、何が来る?

 スキルは何だ……?


 やはりシルヴィアがいないと、頭が半分になったような気分になる。

 スキルの中には、使われたらそのまま死に直結するスキルもある。

 さあ何が来る――そう思った瞬間、ナツメは後方に飛んだ。


「……?」


 足が地面に付くまでの僅かな間に、ナツメは納刀を済ませていた。

 ナツメは地面を踏みしめ、体の重心を前方に移動させる。


「『決死の太刀』か……!」


 横に飛ぶ。

 後ろに下がっても、ナツメの縮地めいた移動の前には意味が無い。

 だからこそ横に逃げる。

 それが正解――そのはずだった。


 鯉口を切った瞬間、ナツメの姿が掻き消えた。

 余りの速さにそう見えたのではない。

 本当に消えたのである。


「ッ……!」


 反射的に、ツバキは振り向き防御の構えを取った。

 衝撃と共に火花が散る。

 ツバキの左腕から鮮血が流れる。

 スーツのお陰で、筋を切られずに済んだのは僥倖だった。


 眼前には、刀を振り抜いたナツメの姿があった。

 僅かでも対応が遅れていれば、血を迸らせていたのはツバキの首だっただろう。

 斬撃の衝撃に後退するツバキに対し、ナツメは追撃を仕掛ける。


「なんなんだよ、さっきのは……!」


 間違い無い。

 あれがナツメのスキルだ。

 透明化してツバキの背後に回り込んだ……違う。

 いくら速く動いたとしても、周囲に足音や足跡などそれなりに影響を残すはずだ。

 それにあの斬撃は、消える直前の構えからそのまま繰り出されたような、そんな感触があった。

 そこに何かを隔てたような緩みは一切感じられなかった。


「姉上……前から無茶苦茶な人だとは思ってたけど、スキルも無茶苦茶だな」


 どんな能力なのか、あたりはついている。

 抜刀した瞬間に移動するスキル――と言ったところか。

 言葉にしてしまうとどうということはないが、あのナツメが死角から襲いかかるというのは悪夢以外のなにものでもない。


 切り結ぶ中、ナツメはツバキの斬撃を避け納刀。

 再び抜刀し、姿が消える。

 何も起こらない。

 そう思った瞬間、頭上からナツメが現れ斬撃を繰り出す――!


「時間差もつけられるのかよ……!」


 つまりツバキは、いつ、どこから襲撃があるか一切分からない状態でナツメに対応しなくてはならない。

 頼りは己の直感のみ。

 それもいつまで保つか……まったくもって苦々しいことこのうえない。


「ごめん姉上。傷つけたくなかったけど……無理だわ」


 そんな情けをかけようものなら、死ぬのはツバキだ。

 せめて、戦えない状況にするまで持っていくしかない。

 上段からの斬撃を受け止め、脚も使って相手の体ごと後方に受け流す。

 がら空きになった背中目掛けて剣を振り下ろそうとした瞬間、ナツメの体がかき消えた。


「ヤバっ――」


 空を切った剣でガードするが、体が付いていかない。

 凄まじい衝撃と共にツバキの体は壁を突き破った。


「そんな使い方も、アリなのかよ」


 反則だ、と言ってやりたい。

 体を起こすと、向こうから2つの足音が聞こえてきた。

 新手かと視線を向けると、足音の主は己のご主人様といけ好かないオマケの金髪だった。

 何やら血の跡のようなものがあるが、怪我をしている様子は無い。

 安堵で体が弛緩しそうになるが、慌てて引き締める。


「ツバキ!? 一体何があったの?」

「ペルペトーの転生者と交戦中だ! 滅茶苦茶強い――ってあぶねっ!」


 今度は普通にこちらに向かって刀を振り下ろしてきた。

 スキルは使ってなかったとしても、やはり脅威だ。


「……間違い無いわ。彼女が、私をさらった転生者よ」


 だろうな、と納得する。

 ナツメが相手ならば、シルヴィアは為す術もあるまい。


「敵の情報は?」


 そう聞いてくるあたり、逃げる気はさらさらないのだろう。

 ツバキは懐から眼鏡を取り出し、シルヴィアに投げて寄越す。


「抜刀した瞬間に、足音もなく移動するスキルだ! 真っ直ぐくるとは限らないし、時間差を付けて攻撃することもできる!」

「なんですって……?」


 ナツメは再び納刀と共に抜刀。

 5秒程間を置き、今度はツバキの真横に移動し斬撃を繰り出す。


「……!」


 その様子に、シルヴィアは目を見開いた。


「なんてこと……! 次元跳躍だけじゃない。私達の間では5秒だけど、彼女の魔力の流れは跳躍前と跳躍後で殆ど変化が見られないなんて……? 極めて短時間だけど時間跳躍を可能にしているってこと? けどただの時間跳躍じゃ座標移動は出来ない筈……」

「つまりどういうことだ?」

「彼女のスキルは、次元跳躍と時間跳躍を同時に行っているっていうことよ」

「あー、もっと分かりやすく言うと?」

「彼女のスキル目的の時間と座標に瞬間移動することができるってこと! 移動できる時間と距離の限界は分からないけど、とんでもなく強力なスキルよ」

「つまり、とんでもなく強い転生者にとんでもなく強いスキルがくっついているっちゅーことかい」


 煉獄一直線ゴー・トゥー・パーガトリィーの刃を展開させ、リドーが地面を蹴る。


「ま、ぶっ殺すっちゅーことは変わらへんけど――ってうお!?」


 振り下ろされた大鎌を受け止めたのは、ツバキだった。

 さらにツバキは空いた右脚でナツメを蹴り飛ばす。

 先程のツバキと同じように、ナツメは壁を突き破っていった。


「ちょっ、何すんねん!」

「殺すのは、ダメだ。やめてくれ」

「ハァ? なに言うとんのや。頭おかしゅーなったんかい」

「待ってリドー。私が話を聞くわ」


 あぁん? とすごむリドーを、シルヴィアは手で制した。


「もしかして、前の世界のお知り合い?」

「……ああ。俺の姉だ」

「姉ェ……? あ、そう言えばどこか面影あるわ。けど胸は大分違うわな。あっちが西瓜ならこっちはまな板や」


 当たり前である。ツバキは男なのだから、とツッコんでいる余裕は今はない。


「前にあなたが話していた人?」


 小さく頷く。


「そう……殺したくないのね?」


 どうやら、シルヴィアにはとっくに見抜かれているらしい。

 散々転生者を殺しといて、いざ身内が敵に回れば刃が鈍る。

 まったくもって都合の良い話だが、それもまた嘘偽りのない本音だ。


「ったく、人斬りも人の子っちゅうことかい……せやけど、無理やろ。仮にあの腐れオールバック殺しても暴走するのがオチや」


 転生者は操っている人間を倒せば元通り――という訳ではない。

 むしろ縛りが一切なくなったことで、理性なく暴れ回る殺戮人形と化すのが恐ろしいところだ。


「いえ、まだ方法はあるわ」

「本当か!?」

「もっとも、成功するかは分からない。良くて5分5分、ってところかしら」

「どっちみち失敗すれば全てパーだ。どうすればいい」

「ハッキングよ。転生者は召喚者との間にパスが繋がっている。そのパスに割り込んでほんの一瞬だけ主導権を奪った後、傀儡化を解除する。ツバキのお姉様……ナツメだっけ? 彼女も正気を取り戻すはずよ」


 シルヴィアの言葉は、曇天の隙間にさした晴れ間のようだった。


「けれど、あくまでハッキングは私の頭で理論を組み立てていただけのものなの。実際にやってみて成功するかは分からないし、そもそもハッキングを行うためにはペルペトーに直接触れる必要があるわ」


 シルヴィアは魔法を実戦で使う場合、実験に実験を重ねて安全かつ安定した状態で使える術式のみを選ぶ。


「大丈夫なのか。失敗したらあんたが……」


 が、今回は非常に危ない橋を渡るということはツバキとて分かる。

 高度な魔法であればあるほど、常に死と隣り合わせだ。


「確実にどちらかが死ぬより、どっちも生き残れる可能性に賭けた方がいいでしょ? それに、死に別れた家族ともう1度会えたのよ。悲劇で終わらせるなんてたまったもんじゃないわ」


 シルヴィアの目には、確固たる意思の光が宿っていた。


「……分かった。頼む」

「任せて。ツバキとリドーは彼女を抑えていて。その間に私がペルペトーにハッキングをかけるわ」

「は? ちょい待ちぃや。なんでウチも……ってのはまあええわ。嬢ちゃん1人でやるつもりか?」

「戦力の分散という意味では、これが1番確実な方法よ」


 シルヴィアはツバキから渡されたガンベルトを腰に巻き、ニヤリと笑った。


「やられっぱなしなんて性に合わないの。あのいけ好かない成金にギャフンと言わせてやるわ」


 轟音が聞こえた。

 瓦礫をはねのけたナツメが、ゆらりと起き上がる。


「それじゃあ、作戦開始よ」

「分かった」

「ったく、割に合わんわこりゃ」


 ペルペトーの方へ向かうシルヴィアを背に、ツバキは剣を、リドーは煉獄一直線ゴー・トゥー・パーガトリィーを構えた。

 殺す訳にも殺される訳にもいかない。

 命を賭けた時間稼ぎが、始まる。


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