ブラックスター
シルヴィアの提示した作戦そのものは単純である。
ツバキとリドーがナツメを抑え時間を稼ぐ。
その間にシルヴィアがペルペトーを襲撃し、ナツメの支配権を奪い彼女を解放する。
なるほど、言葉にしてみれば単純明快。
が、じゃあ簡単かと言われればもちろんそんなことはなかった。
「くたばりぃや!」
リドーが煉獄一直線を振り下ろす。
ナツメは刀を収めて姿を消した。
煉獄一直線が床を抉った瞬間姿を現し、カウンターを叩き込もうとした瞬間、その間にツバキが割り込んで攻撃を防ぐ。
「だから、殺すのはダメだっつっただろ!」
「やっかましいわ! 自分が死ぬ位だったら、殺した方がなんぼかマシやろ!」
床に食い込んだ大鎌を、瓦礫と共に切り上げる。
ツバキは慌てて頭をひっこめた。
髪が何本か持ってかれた。
「チッ、避けたか」
「それは誰に対して言ってるんだ? オイ」
思わずメンチを切りたくなるがグッと我慢だ。
口喧嘩をしている間にも、ツバキとリドーは代わる代わるナツメと刃を交わしている。
戦いは数と言うが、こんな奴だとしてもいるだけありがたい。
敵の狙いが分散されるというのは、思いの外立ち回りやすくなる。
再びナツメが刀を鞘に収め、姿を消した。
2人は反射的に背中を合わせ、背後からの襲撃を防ぐ。
2秒の間を置いて、ナツメが現れたのはツバキの正面。
再び火花が散り、腕が痺れる。
体が持って行かれそうになるが、ここはあえて力を抜く。
刀を剣に滑らせるようにして前方に出て、ナツメの腹に肘鉄を叩き込んだ。
「……やっぱりな」
ナツメのスキルは確かに強力だ。
初見殺しのスキルは数多く存在するが、ナツメのスキルはその中でも上位に位置するだろう。
が、何度も受けていれば弱点も分かってくる。
「太刀筋は、相変わらず読み易い――!」
『決死の太刀』は速さが何よりも優先される。
首を落とす技術は、速さを磨けば自ずと付いてくると言う訳だ。
が、『里』の看板である『決死の太刀』にも弱点がある。
ツバキにとっては、太刀筋を読みやすいのである。
速さを取ったために、直線的な動きしかできない。
しかしそれで何かしら技巧を加えようというのも危うい。
ただ速く首を落とす。
『里』の――ナツメの『決死の太刀』はそれを極めんとするものだ。
そして圧倒的な速度があるのであれば、それ以外の物は不要になる。
ナツメはその弱点を下手な小細工で補おうとはしなかった。
さらに速く、鋭くことを追求し続けた。
ツバキが見切れたのは、かつて毎日のように鍛練を重ねてきたからだ。
傀儡と化しても、動きがそうそう変わるものではない。
「あんたがもう少し長生きした後で転生してたらヤバかったかもな」
そうなっていたら、ツバキの首はあっと言う間に胴と別れを告げていたであろう。
腹を押さえ後退するナツメに、リドーは追撃する。
「鞘には、収めさせへんで!」
それがスキル発動のトリガーだ。
その暇を耐えずに攻撃を続ければ、少なくともスキルの発動は防げる。
もっとも――
「……それでなんとか出来るかと言われれば、微妙だけどな」
頬から血が伝う。
致命傷は避けられているが、スーツは既にボロボロだ。
強化繊維を突き破った斬撃がツバキの肉体に達し、血が流れている。
それはリドーも同様だ。
無論ナツメも傷を負っているが、2人に比べればまだ浅い範疇であろう。
転生者と、転生者に匹敵する人間が同時にかかってもこれなのだ。
「いつまで保つかな……頼んだぜ、ご主人サマ」
「どこへ逃げるつもり?」
地下通路に繋がる扉に手をかけたペルペトーに、声をかける者がいた。
言うまでも無く、シルヴィアである。
「逃げる、とは心外だな。戦略的撤退というヤツだ」
「部下を見捨てるなんて随分薄情なボスね」
「あんな連中は後でどうとでもなる。むしろ、転生者の強さをパトロン候補に知らしめるいい的になってくれた」
「パトロン……ああ、そういうこと」
ツバキ達の近くに監視用の使い魔が飛んでいたのはそのせいか。
攻撃性はなかったので破壊していなかった――というかその暇も無かったというのが正しいか――が、ペルペトーの言葉で納得がいった。
「腕に覚えのあるマフィアが束になっても敵わない敵――そして、その敵すら下す自分の転生者って言うシナリオかしら。あなたの部下はさしずめ、敵の実力を担保するための生贄と言ったところね」
「ほう、そこまで見抜くか」
「初歩的な推理よ」
「おまえもどうだ? シルヴィア・ブルーム。あの転生者の力を見た後なら、考えも変わったことを期待しているが」
「デートの誘いなら遠慮するわ。私は中性的を通り越していっそ女の子に見えるちょっぴり年下の髪が長い男の子がタイプなの」
「随分難儀な性癖だな。小説の読み過ぎだ」
「最初から現実にいないと決めつけるのは視野が狭まるわ。マフィアのボスとしては失格ではなくて? ……それに、あの転生者にツバキが劣っているとは私、全然思わないもの」
「減らず口はその辺にしておけ」
振り向きざまに、ペルペトーは杖から光弾を射出した。
シルヴィアは地面に体を転がし回避、ペルペトーに向かって銃弾を放とうとした瞬間、肉薄したペルペトーの拳が眼前に迫っていた。
瞬時に作戦を切替え、目の前に防護壁を展開。
拳が炸裂する。
防壁越しでも凄まじい衝撃がシルヴィアを襲う。
「策謀で成り上がったと聞いたけど、普通に強いんじゃない……!」
「腕っぷしだけじゃあ成り上がれないのさ。それに自分で戦うのは面倒だ。スーツが汚れる」
若干気だるそうに言うペルペトーだが、その実力は決して侮っていいものではない。
よく見ると彼の瞳孔は開き、体の表面には無数の血管が浮き出ている。
「自分にクスリを打ったのね……!」
「そうだ」
「愚かね。自ら依存症になるつもり?」
「そんなマヌケな真似はしないさ。そうならないよう、俺専用のレシピを作らせた」
クスリによってリミッターが外れているのか、ペルペトーの拳一撃一撃が重い。
まともに食らったらツバキはまだしも、シルヴィアは一溜まりも無いだろう。
――まったく、殺すより殺さない方が何倍も難しいとはよく言ったものだわ。
以前読んだ小説の一節を思い出しながら、シルヴィアは歯噛みする。
この仕事をしていると、その難しさを嫌と言うほど実感させられる。
ここまでの敵を、殺さずに無力化させることは困難を極める。
殺せばナツメが暴走してしまう。
そうなってしまったが最後、殺さなければ止まらない。
家族を失う痛みは、シルヴィアも嫌という程知っている。
だからこそ、ツバキには同じ痛みを味わって欲しくなかった。
ペルペトーの強みは肉弾戦ではなく、次々と放たれる光弾にもある。
接近すれば拳が、離れれば光弾がシルヴィアを襲う。
近距離遠距離柔軟にこなすオールラウンダー……それが彼の戦闘スタイルだ。
一方で自分はどうだ?
身を守る最低限の術は覚えたが、愛銃のブラックスターがなければ戦士としての域に上がることができない。
十把一絡げの雑魚達を相手にするのならばそれでなんとかなったろうが、目の前の敵はそうではない。
銃を使いたいところだが、弾は有限だ。
おいそれとは使えない。
だが、やられっぱなしで主導権を握られるのは面倒だ。
近距離での戦いは切り捨てる。
まずは遠距離戦で競り勝ち行動不能にする――この方法でいく。
光弾と銃弾が交差する。
2人は迫り来る凶弾を回避し、物陰に隠れ、隙を見て攻撃を飛ばす。
弾が切れる。
銃を折るようにして排莢。
流れるような動作で再装填。
再び撃つ。
それを繰り返す。
そうしている間にも、ペルペトーの光弾は次々とシルヴィアを襲う。
やはり射撃継続という観点からすれば、銃はどうしても魔法に劣る。
「魔法を使ったらどうだ。そんなもので勝てると思っているのなら、甘いぞ。小説じゃないんだからな」
「二者択一で優れている劣っていると結論づけるのは無粋だわ」
どちらも得手不得手がある、それだけの話だ。
それらを加味した上で、シルヴィアはこの黒いリボルバーをメインウエポンに選んでいる。
「相変わらず、口だけは達者だな。その達者な口で、命乞いの台詞でも考えておけ」
「あなたに最後に言う言葉だけは決まっているわ」
「ほう、それは何だ」
「『ペルペトー、敗れたり』よッ!」
トリガーを引く。
腹に響く衝撃と共に撃ち出された弾丸。
目の前には光弾が迫っている。
2つは正面から衝突し――光弾が千切れるように消滅した。
「何ッ」
ペルペトーの表情が驚愕に染まる。
瞬間、彼の肩を銃弾が撃ち抜いた。
表情が歪む。
シルヴィアの使う弾丸は非殺傷のゴム弾だ。
が、あくまで「殺さない」だけで「傷つけない」とは一言も言っていない。
当たれば、転生者にもダメージを与えうる逸品だ。
「ビンゴね」
光弾の嵐を回避しながら、シルヴィアは常にその魔法の詳細を分析し続けていた。
速度と威力、魔力の密度。
それらを鑑みた結果、銃弾で撃ち抜くことは可能であると結論づけた。
「貴様……俺のスーツを、汚したな」
表情を歪ませるペルペトーの目が怒りに燃えている。
どうやら相当頭にきているらしい。
「――『芽吹け』
光弾が着弾した穴から、蔦が槍のように成長してシルヴィアに迫った。
咄嗟に身を捻り、回避する。
「2段構えの魔法、ということね」
光弾の中に種子を仕込ませ、着弾した後に植物が成長し追撃を食らわせる。
ただの光弾ではないことは、分析をしてから分かっていたが――少しでも対応が遅れていれば危なかった。
戦いが終わった後、ツバキに体術の稽古をつけてもらおうと心に決める。
「便利だろう。質こそ多少落ちるが、クスリの原料も季節に関係無くすぐ育つ」
「最悪ね。その力があれば、もっと他のことに使えるでしょうに」
人のために使うことだって出来るはずだ。
だが、目の前の男はそれでは満足できないのだろう。
利益が出るのであれば、その手を躊躇いなく血に染める。
ペルペトーとはそう言う男であることを、シルヴィアはこの短時間で理解していた。
「没落貴族が説教か。今まで何の苦労もせず生きていただろうに、よく言う」
「貴族には貴族の苦労があるのよ。不幸自慢なら他所でやってなさい!」
「そうしよう。おまえを無力化した後でな、シルヴィア・ブルーム」
その言葉が合図だったかのように、光弾が着弾した地点から次々と蔦が生え、シルヴィアに襲いかかる。
貫かれればただでは済むまい。
何が無力化した後で、だ。
屋敷の内装を破壊しながら迫る植物の群を、隙間をくぐり抜けるように回避し、回避が間に合わないと判断した者は防壁魔法やブラックスターで撃ち落とす。
壁も床も天井も、蔦を阻むものとしてはあまりにも脆い。
さらに蔦からは花が咲き、すぐに枯れて実を付けた。
「――!」
これは、マズい。
地面を蹴り、全身を覆うようにして防壁魔法を展開。
その瞬間実が破裂し、種子が散弾の如くバラ撒かれる。
それも複数箇所で同時に起きるのだからたまらない。
ばら撒かれた種子は防壁に阻まれる――が、それで終わりではなく、何と防壁そのものに根を張り始めた。
「ああもう!」
防壁を解除し、宙に浮いた発芽したばかりの種を魔法で燃やし、再び防壁を展開。
実から射出された種子は防壁すら侵す。
急速に成長させた反動か、花を付けた蔦は既に枯れていた。
倍々ゲームのように増える……という訳ではないだろう。
ペルペトーの魔力量がどれだけかは知らないが、常に植物を生長させ続けるなんて芸当は不可能な筈だ。
恐らく成長させる植物を選別し、状況に応じて発芽させていると見て間違い無いが――
「がっ――!」
焼け付くような痛みが、脇腹に走る。
コートには赤黒い染みができ、徐々に広がっていった。
「当たったみたいだな」
種を、植え付けられた。
そう認識した瞬間、体の内側から侵入したものが根を伸ばす感覚があった。
「あ、ぐ、あぁ――!」
今まで経験したことのない痛みに、シルヴィアはのたうち回る。
もう充分と判断されたか、追撃はこない。
傷口から芽が出、蔦となってシルヴィアの体をゆっくり覆っていく。
魔力と生命力が吸われている。
何とかしなければと魔法を行使しようとするが、シルヴィアの手の平に火は灯らない。
それどころか、植物がさらに成長をした。
「言い忘れていたが、魔法を使うのは薦めない。何も起こらんし、むしろ活性化した魔力を食らい侵食が早まる」
「そん、なことは、もっと早く言って欲しい、のだけれど……!」
シルヴィアに植え付けられた植物は特性が違うのか、他のに比べて成長が遅い。
確実にトドメを刺す、と言うよりも行動不能に持ち込むのを目的とした植物――もっとも、その気になればシルヴィアの全てを絞り尽くし殺せる可能性もあるが。
ただの魔法使いにとっては、このダメージは致命的だ。
魔法を行使してナツメの支配権を奪おうとしていたシルヴィアにとって、この植物は最大の障壁となっている。
「『詰み』だ。シルヴィア・ブルーム。もうおまえに抗う力はない」
「それは、どうかしら……私にはまだ、ブラックスターがある!」
見せびらかすように、銃を掲げて見せた。
「今更それが何になる。撃つだけしか出来ない武器が」
ペルペトーの声には余裕がある。
シルヴィアとペルペトーの間には、棘の生えた蔦が防壁のように伸びていた。
仮に撃ったとしても、阻まれて終わりだろう。
「撃つだけしかない武器、ね……」
シルヴィアはペルペトーの言葉を口にして、ニィと笑って見せた。
「だから、いいんじゃない」
銃口を向けるのは、自分自身。
狙うは傷口――否、その先にある植物の大元!
「待て、何をするつもりだ」
「こうするのよ……!」
歯を砕かんばかりに噛みしめ、引き金を引く。
轟音、衝撃、熱、激痛。
それらが一瞬でシルヴィアを襲う。
「~~~~~~~~~!」
弾丸はシルヴィアの腹を貫き、鮮血をまき散らした。




