理由
「どうする……? どうすればいい?」
ひとまず事務所から飛び出したはいいものの、今後の方針がまるで決まっていない。
シルヴィアを助ける。
そしてこんなふざけた真似をした連中を殺す。
ここまではいい。
が、そこに至るまでの過程がまだ頭の中で組み上がっていない。
それに、ただ殺すだけなら1人で事足りるだろうが、救出も兼ねるとなれば最低でももう1人欲しい。
それなりに腕が立ち、仮に死んでも良心が痛まない奴が理想だ。
となると、『灰色の帽子亭』の常連である冒険者達には頼めない。
死なれると夢見が悪いし、常連がいなくなったらツバキが女将に殺される。
となれば――アテは1つだ。
ツバキが向かったのは、教会と隣接している孤児院。
庭では、沢山の子ども達がわらわらと遊んでいる。
目当ての人間はいない。
前に来たときは強制的に遊び相手にさせられたものだが、今回はそんな暇はない。
適当な子ども達に話しかけ、リドーの居場所を聞き出す。
歩みを進めた矢先、ぐいと襟首を引っ張られた。
あまりの力強さに、ぐえっと喉から声が漏れる。
「ぶっ殺したるってツラしとるで、ツバキちゃん。そんなんじゃ、ガキ共の所へは行かせられへんよ」
振り向くと、そこには口をヘの字に曲げた金髪のシスターがいた。
ツバキは教会の礼拝堂へと通された。
リドーは掃除をしているシスター見習い――おそらくリドーと違って普通のシスターだ――に席を外して貰い、ツバキに向き直る。
「で、何の用や」
後輩に見せていた穏やかな表情は既に引っ込んでいた。
「前の世界で殺してきた連中への懺悔かい? 生憎免罪符は100年前に品切れや。けどまあ、話くらいは聞いたるわ」
「……シルヴィアがさらわれた」
「ほーん、人さらいかいな。心当たりはあるんか?」
「正直、ありすぎる」
シルヴィアは色々なところで恨みを買っている。
移動中あれこれ考えたが、どうしても1つに絞ることができなかった。
「強いて言うなら……ペルペトーファミリーとかだな」
「ああ、この前工場ぶっ壊した連中かい。今はクスリの売買も大人しゅうなってきてな、殺す頻度も大分減ったわ」
その手の殺しは止めるつもりはないようだ。
まあ、ツバキが口出しをする義理も興味もないのだが。
「ま、ツバキちゃんの予想は当たっとるやろうな。ペルペトーの屋敷に、銀髪の女の子が運び込まれたっちゅー報告も来とるし」
「……! なんでそのことを知ってんだ」
「浄火機関ナメんなや。ウチらにはウチらのネットワークがあるっちゅーことや」
だが、それならば話は早い。
「シルヴィアを助けるために力を借りたい。頼む」
頭を下げて、俺は言った。
「おーおー、マジかい。ツバキちゃんがウチに頭下げおった。なんや、悪い物でも食ったんか?」
ケラケラとリドーが笑う。
今すぐにでも斬り殺してやりたいが、シルヴィアの無事を確保できるまで耐える。
「ま、それはええわ。頭上げぇ」
言われたとおり顔を上げた。
「ご主人様を助けたいんいうのは分かったわ。んで、何くれるん?」
値踏みをするような目で、リドーはツバキを見た。
「ウチかてタダ働きはゴメンや。出すものは出して貰わんとな。ウチが手を貸す見返りに、ツバキちゃんは何を差し出すんや?」
ツバキがリドーに差し出せるもの――それは、あまりにも少ない。
我ながら、この要求は随分と無茶だ。
なあなあで終わったが敵対している相手にほぼノーギャラで戦場に行けと言っているのだから。
「……正直、金はあまりない。だから、俺の首をかける」
「首ィ?」
「あいつを助けた後だったら、俺を好きにしていい。臓器とか服とか売り飛ばしたらそこそこの金になるはずだ」
死にたくはない。
だが、これしか方法がないのならば――
「却下や却下」
リドーはバッサリと切り捨てた。
「そんなんでハイ喜んでって引き受ける思うたんかボゲッ。ウチはな、命ホイホイ投げ出す奴は信用せえへんって決めとるんや。命捨てる程度の覚悟で助けよう思っとったん? ハッ、ヘソで茶ァ湧かしてまうわ!」
だが――それ以外に何がある?
ツバキが持っていて、差し出せるものなんてそれくらいしかない。
それ以外は何もない。
「ま、最初からそーゆーんは期待しとらんかったわ。カラッポの箱に何が入ってるか妄想するようなもんやし」
脈なし、ということか。
仕方が無い、こうなったら1人でなんとかするしかない。
長居は無用と踵を返したところで、今度は髪を掴まれた。
グギッと嫌な音がした。
「なにすんだ!」
「また断るとは言っとらんわ。気が短いやっちゃな」
「……?」
「1つ質問するで。んで、ツバキちゃんがウチを納得させられる答えを返せたら協力したる」
「……それだけでいいのか?」
「ああ。ちゅーか、ツバキちゃんの報酬は報酬になっとらん。遅かれ早かれツバキちゃんを殺すのはウチやからな」
さすがにそれは自己評価が高すぎる気がするが。
「何だよ、質問って」
「なんでツバキちゃんはウチに頼んでまであの嬢ちゃんを助けたいんや? その理由、教えてもらおか」
理由自体は、なんてことはないものだった。
だが口を開いて、ツバキは固まった。
今まで焦りが先行しすぎていて、いざ言葉にするとなったらまるで曖昧になってしまっている。
何故シルヴィアを助けたいのか。
そんなこと、考えたこともなかった。
こうなったら、それっぽいような言葉を並べてお茶を濁すか――
そう思った瞬間、首筋に金属の冷気が伝わってきた。
「神の御前や。嘘偽りは許さへんで」
煉獄一直線を手にしたリドーが、いつになく真剣な声音で言った。
リドーが手を引いた瞬間、ツバキの首は跳ね飛ばされる。
ごくりと喉が鳴った。
俺は何故、シルヴィアを助けたいと思った?
物覚えの悪い頭をひっくり返して、記憶をさらっていく。
そして見つけたのは、あの夜の記憶。
殺された夜でもなければ、召喚された夜でもない。
数々の転生者を相手に死線をくぐり抜けた夜でもない。
立ちはだかる転生者を全て切り捨て、ドミニク・ブルームを討った夜――物語であればエピローグに差し掛かる頃合いだったのだろうが、違った。
探偵と使い魔が交わした些細な契約。
あれこそがツバキにとっての始まりの夜。
「……英雄」
「はぁ?」
「シルヴィアが、俺のことをそう言ったんだよ。英雄ってさ」
「いくらなんでも嬢ちゃんがそんな……いや、言うな。マジで言うタイプやあの子」
「笑っちまうよな、英雄とか俺とは最もかけ離れた存在だってのにさ……」
何度も重ねた会話の断片に過ぎないはずだ。
なのに何故、思い出そうと思えばこれだけ鮮明に思い出せるのだろう。
「所詮俺はロクデナシの人斬りさ。けど……なんか、期待されてるっぽいんだよな」
期待とは重荷だ。
だが、その重さがどこか心地よいというのも思った。
「だったら、せめてご主人様の英雄くらいにはなってみるかって思ったんだよ」
言葉にすれば、そんなことだった。
ああそうか。
――俺は、シルヴィアの英雄になろうとしていたのか。
ようやく自覚した。
「本で読んだぜ。英雄ってのは、囚われのお姫様を助けにいくものなんだろ?」
「古いなあ。クラシックすぎるわ、その展開」
「昔から世間には疎くてな。それに、古かろうがなんだろうが助けると決めたら助けるのが英雄なんじゃないのか?」
清く正しく美しく、なんてできやしないことは分かっている。
ならせめて、最後のラインは死守する。
それが、シルヴィアを守ること。
邪魔をするヤツは全員殺す。
「ハッ、ロクデナシがガラにないことしとる思たらそういうことかい……あーそうそう。こんな言葉もあるで。英雄ってのは、英雄になろうとした時点で失格ってな」
「俺はいきなりアウトってか。誰が言ったか知らないけど、それ言ったヤツは相当いい性格してるな」
目の前の金髪シスターと良い勝負だ。
もしくは、相手が気に食わないヤツだったのか……まあ、その程度で動揺するなら所詮その程度だったということだろう。
「知ったことか。やると決めたらやる。絶対にシルヴィアは助け出す。あいつの使い魔としてな」
「はっ、ツバキちゃんがそんな殊勝なことを言うとは思わんかったわ」
「俺もだよ」
お陰様で耳が熱い。
やはり慣れない弁舌を振るう物ではない。
リドーはそんなツバキジロジロと居心地が悪くなるくらいこちらを見た後、大鎌を自分の方へと引いた。
「……ッ」
一瞬身構えたが、リドーの方に引き寄せられた煉獄一直線は刃が引っ込んでいた。
こちらをビビらせるための行動だろう。まったく腹立たしい。
リドーは煉獄一直線を肩に担ぎ、そのまま何も言わずに外へと向かう。
「何ボサッと突っ立とんねん。はよ行かんと、嬢ちゃんがどーなるか分からんで」
「納得、してくれたのか」
「ま、そんなとこや。正直アレが全部とは思えんけど、まあ自覚しとらんことをグダグダいっても始まらんわ。それに、ツバキちゃんのためやないで。あの嬢ちゃんには借りがある。貸し借りはなるべく早くチャラにする主義なんよ」
リドーはゴキリと首を鳴らし、口元を吊り上げた。
「それに、いずれぶっ潰そうと思っ取った連中や――大掃除を早めに終わらしとくのも、悪かないやろ」




