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異界転生 人斬りの使い魔と没落探偵  作者: 悦田半次


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サプライズ

 そして月日は流れ――


「……なあシルヴィア、なんだアレ」

「アレって、いちごパフェじゃない。ツバキの大好物の」

「大好物って程じゃない。嫌いでもないけどな」


 メニューにあって懐が寂しくなかったら頼むか、くらいなものだ。


「ちなみにパフェ、というのは完璧――パルフェという意味が語源になっているわ。完璧なスイーツという訳ね」

「そーゆー御託はどうだっていいんだよ。問題は、何でその完璧なスイーツ様が巨大化して暴れ回ってるんだってことだ!」


 全長およそ5メートル。

 グラスを突き破った蔦を振り回し、苺の種とコーンフレークをピュンピュン振り回しているいちごパフェというのは、風の日に引いた夢のようにあんまりな光景だった。

 が、残念ながらここは現実。

 ツバキ達がよく行く菓子屋――『シュガーガーデン』の目の前で、巨大ないちごパフェが大暴れしていた。

 なんだこれ。


「ふーむ、どうやらゾウショクイチゴモドキを使ってしまったみたいね」


 逃げてきた店長に話を聞いたシルヴィアは納得したように頷いた。


「名前からして絶対ロクでも無さそうなものだけど一応聞いとく。なんじゃそりゃ」

「いちごに擬態した植物型モンスターよ。出荷されたいちごに、ごく稀に紛れ込んでいるの。でも耐久力も苺並みだから人間に食べられそうになったら、脚を生やしてすたこら逃げていくわ」


 脚を生やして全力疾走するいちごの姿を想像する。

 とんでもなくシュールだ。


「名前からして食ったらヤバいんじゃないか? 体とか乗っ取られそうだけど」

「いやいや、さっきも言ったみたいに体が柔らかいから食べられた時点で死んじゃうのよ。ちなみに味は甘みの代わりに酸味をこれでもかと濃縮した苺味ってところね」

「それは断じていちごじゃない」

 いちごというのは甘みと酸味が良い具合に混じり合ってるからこそいちごなのだ。

 酸味だけ、甘みだけのいちごというのは、まさしくイチゴモドキである。

「それだけ聞くとそこまで物騒なヤツには思えないけどな。何がどうしたらこうなるんだ?」

「お菓子にのせられた時よ」

「……」

「その糖分を吸収してお菓子を乗っ取り巨大化して暴れ回るのがこのゾウショクイチゴモドキの生態なの」


 大真面目にとんでもなくたわけたことを言っているシルヴィア。

 が、目はマジなので本当のことなのだろう。


「一説によれば、とある魔法使いが品種改良に失敗して生まれたモンスターとも言われているわ。そんなモンスターが人の叡智が生み出したスイーツを糧に人を襲う……まさしく人の業と言うべき存在なのかもしれないわね」


 そんな憂いを込めた表情で言われても困る。

 要はお菓子を媒介にするトンチキモンスターということだ。

 この世界に来て色々おかしなものを見てきたが、、これはその中でも上位に君臨する。


「で、俺達になんとかしろってか?」

「まさか。私が任せなさいと言ったのよ」

「……それは、仕事じゃないってことか?」

「常連として見過ごせないでしょ? 義を見てせざるは勇なきなり。たとえタダでもやってみせるわ!」

「おい待ていくら何でもタダ働きは――」


 止める間もなく、うぉおおとブラックスターを手に突貫していく我がご主人様。


「ったく……」


 指をくわえて見てるだけでは、使い魔の名折れだ。

 ツバキも刀――じゃない剣を抜き、後に続いた。





「あーヒドイ目にあった」


 頭から湯気を立てながら、ツバキは嘆息した。


「まあまあいいじゃないの。被害は少なかったんだし」


 同じくシルヴィアもまたほかほかと湯気を立てている。

 ゾウショクイチゴモドキとの戦いは思い出しただけでゲンナリしてくる。

 強さ自体はそうでもなかったが、斬る度に返り血の代わりに返りクリームや返り苺ソースを浴びてしまった。

 普段は返り血を浴びないように立ち回っているが、どうも感覚が狂ってこの始末である。


 せめてもの救いは味は悪くなかったという事か。

 そのせいで、ゾウショクイチゴモドキ本体をシルヴィアが撃ち抜いた頃には、2人揃ってクリームまみれになっていた。

 そのため帰りに銭湯によってクリームを流していくことになった。

 気のせいかまだ体から甘い匂いがする。


 まあ結果から見れば、死人も怪我人も出なかったのでまあよし、となるか。

 店も明日から営業を再開できるらしい。

 あの大きさならば、店の天井をブチ破りかねないところだったが、すぐに異変に気付いたマスターが放り投げたことで、店舗が壊滅的に壊れるということは避けられたらしい。


 この手の事故は、この街では珍しくない。

 事態が収束したら、すぐに日常に戻っていく――というか、こう言うトラブルもまた日常の一部なのだ。

 さすがにいちごくらいは安心して食べたいのだが、時々この世界はツバキの常識が通用しない物事がある。


「どうしたのツバキ。憂鬱そうだけど」

「憂鬱にもなるわ。結局タダ働きだっただろ」

「困ったときは持ちつ持たれつよ。その代わり、割引クーポンとお菓子を沢山貰えたんだからそれでいいじゃない」


 クッキーにマドレーヌ、フィナンシェにカスタードパイと、バターの香るお菓子の群れを前に、シルヴィアはホクホク顔だ。

 クーポンやお菓子を貰ったのはいいとして、他にも報酬を請求しろよと思うツバキである。


 まあ、今回はあくまで通りすがりに退治したという名目、しかもそこそこ縁のある知り合いにそういう金を要求するのは後々の関係を考えると確かによろしくないような気もしなくもないのだが……

 ツバキがここまで金の心配をしているのは、2週間ほど前に自分専用の刀を注文したことにある。


 シルヴィアと一緒に東洋出身の鍛冶屋の所へ出向いたのだが、人目見ただけでなるほどこいつはただ者ではないと思わせる凄みがあった。

 店に置いてあった武器1つ1つを見ても、尋常ではない業物ばかり。

 世の中には魔法やら秘術やらを使わなくても、常識から外れた妖刀や魔剣を打つ鍛冶師がいると聞くが、あの鍛冶師はまさにそういう手合いだ。

 そんな人物にシルヴィアはツバキの刀を作ってくれと頼んだという訳だ。

 その後色々あって刀を作って貰えることになったのだが、問題はそのお値段である。


 完全オーダーメイドで、ツバキの身長まで計って文字通り身の丈に合った刀を作るというのだから、お値段の方はこちらの身の丈に合うか非常に疑わしい。

 しかも値段は作ってみないと分からないと言うのだから、完成された後どれだけふっかけられるか分かった物じゃない。

 おまえ達に払えるか? と問われたシルヴィアは自信満々に、


「勿論よ。例え家賃を何ヶ月踏み倒したとしても払ってみせるわ」


 とのたまった。

 おそらく冗談の類いではない。

 その言葉を聞いた日の夜、ツバキは女将に従業員の募集はあるかとそれとなく聞いておいた。

 女将曰く、


「ウェイトレス用の制服なら2着あるよ」  


 とのことだった。

 下手を打てば、ツバキはなけなしの自尊心を投げ捨てなくてはいけないことになるのは痛いほど分かった。

 とまあ、そんな未来に不安しかないツバキ専用の刀だが、シルヴィアは1度こうと決めたら、ガタガタの吊り橋だろうが突っ走ってしまう。

 止めても無駄なのだ。


 ツバキもツバキで、ほんのちょっぴりではあるが気になってはいる。

 自分だけの刀――自分だけのもの。

 失った時のことを考えれば、そんなの無い方がいいと思ってはいる。

 けど、実際手にしたらどんな感情を抱くのか、それを確かめたいとも思い始めていた。


「嗚呼……なんて素晴らしい報酬なのかしら。せっかくだし、今すぐ食べましょう!」


 シルヴィアはスキップしながら茶葉入れを開けると、こてんと首を傾げた。


「あら? これじゃ足りないわ」

「じゃあ水道水でいいだろ」

「ダメよツバキ。それじゃあお菓子に失礼じゃない」


 お菓子に失礼って何だ。

 食材に対してだったらもう死んでるものに失礼もクソもあるまい。

 それに水道水もすごいものだとツバキは思う。

 ちょいと蛇口を捻ればそのまま綺麗な水が出てくるというのはちょっとした魔法だ。


「と言う訳で、買ってきて」

「俺が?」

「あなたが」

「いや別に俺は水で……」

「いいから買ってきて、すぐ買ってきて、口答えしないのほらほら」


 あれよあれよと言う間に、ツバキはメモを掴まされて事務所から追い出されてしまった。


「ったく、何なんだよアイツ」


 強引なのはいつものことだが、さっきのはいつもの3割増しと言ったところか。

 当たり前だが、ツバキとシルヴィアは別の人間なので物事に対しての考え方は違う。

 ツバキも物語は嫌いではないが、シルヴィアみたいに家賃に手を着けてまで買って読もうとは思わない。

 茶に対する拘りもそうだ。


 そりゃあ、うまいとは思う。

 前の世界で眠気覚まし用として支給されていたものに比べれば、到底同じ物とは思えないくらいには。

 が、だからと言って自分の中で拘りが生じた訳では無い。

 よっぽどの粗悪品で無い限りは大体うまいし、その粗悪品もあっちの世界で飲んでた物に比べれば普通に飲める。

 だというのに、お茶の種類は膨大だ。

 ダージリンだのアッサムだのゴッサムだの、ファーストフラッシュだのセカンドフラッシュだのストレートフラッシュだの訳が分からない。

 以前馬鹿正直にどれ飲んでも同じだろと言ってしまったことがある。

 今思い返しても失言だった。


 我が親愛なるご主人様は嘆息しながら立ち上がり、その後、茶の成り立ちから産地、収穫時期の違いによる味わいの変化(試飲あり)、はたまた茶が切っ掛けで国が独立した話などを無駄に懇切丁寧に4時間ぶっ続けの講義を始まったのだからたまらない。


 お陰様で、ある程度の知識は身についたが、それでもツバキにとって茶は『あったらまあ嬉しいけど別になくても構わないモノ』の分類から変わっていない。

 そもそもシルヴィアは本当に理解しているのか。

 実際には茶じゃなくて情報を飲んでるだけじゃないのかと疑い、産地も収穫時期もまるで違う茶葉を別の茶葉と偽って出したら、完全に別物で本当の産地と収穫時期を当てられたのだからお手上げだ。


「何で色々出来るのに、金勘定だけはド下手くそなのかね。貴族って大体そんなものなのか?」


 ともあれ、シルヴィア行きつけの茶屋は知っている。

 メモを渡されたのでそれを店員に見せれば問題無い筈だ。


「でも、妙だな。いつもは自分も付いてくるのに」


 それに、何かそわそわしていたのは気のせいでは無い筈だ。

 ツバキにに隠してまた何か買ったのだろうか? 

 だが、シルヴィアの表情からは後ろめたさは感じなかった。(探偵モードじゃないときの彼女は実に分かりやすい)

 どちらかと言うと、浮ついてるように見えた。


「ま、いずれ分かるだろ」


 ツバキはそう結論づけ、茶屋へと向かった。




 ツバキが歩いて行ったのを見計らい、シルヴィアは棚に隠していた細長い木箱を、重さに苦労しつつ机の上にのせた。

 木箱を開けると、中に入っていた物が姿を現した。


 それは一振りの刀だった。

 そう、ツバキのために作られたオーダーメイドの刀である。

 そう、刀は既に完成していたのだ。

 だがツバキには黙っていた。


 ただ完成したものをポンと渡すだけでも、ツバキは喜んでくれるだろう。(刀を作ってから、ツバキが妙にソワソワしているのをシルヴィアは見逃していなかった)

 だが、それだけでは物足りない。

 もう少しスパイスを利かせたい。


「やっぱり、こう言うときはサプライズよね」


 予想外のタイミングで刀を渡す。

 想定の範囲内より範囲外の事が起こった方が人は感情を揺り動かされる。

 嬉しいことなら倍嬉しい。

 おあつらえ向きにお菓子もこんなにあるのだ。

 ツバキを追い出したのはその準備のためだった。


 茶葉もまだまだ残っているが、こう言うときにはいつも飲んでるよりちょびっとお高めの物でもバチはあたるまい。

 尚、シルヴィア基準でちょびっとお高めということは世間一般からすればかなりの高級品ということになる。


「ふふっ、ツバキの驚き喜ぶ顔が目に浮かぶわ。きっと締まりの無い笑顔でしょうね」


 もっとも、我が使い魔は無駄に顔がいいので、どんな笑顔も様にはなることは想像に難くないが。

 まさにそんな締まりのない笑みを浮かべながら、シルヴィアは満足そうに木箱に蓋をして棚にしまう。


「さてと、他には風の魔法の応用を使うタイミングを確認しないと……」


 ブツブツと演出プランを再確認していると、背後でドアの開く音がした。

 もう帰ってきたのか。

 ぶっつけ本番になってしまうのはやむを得ない。バシッと決めなくては。

 まずは何気なく彼を迎え入れ、そこからサプライズだ。


「お帰りツバキ。随分と早――」


 瞬間、背中が熱を帯びた。

 熱はすぐに激痛へと代わり、シルヴィアの背中から何かが吹き出していく。

 これは――血だ。

 斬られた。

 だが、誰に斬られた?

 痛みに悲鳴を上げなそうになりながらも、振り向く。

 ぼやけ始めた視界に、和装の人間が入り込む。


「ツバ、キ……?」


 名を口にした後、使い魔が己に刃を向けた可能性を一瞬でも想定した己を恥じた。

 それにあれはツバキではない。

 その筈なのに、何故――彼の面影を、襲撃者から感じるのだろう――

 そこまで考えたところで、シルヴィアの意識は途絶えた。


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