始まりの夜
目の前で、屋敷が燃えている。
戦いは終わった。
連戦に次ぐ連戦で時間の感覚は曖昧だったが、ツバキがこの世界に来てから1カ月も経っていない。
この世界に召喚されてから、ツバキの刀が血に濡れなかった日はなかった。
得物がとっくにダメになっていてもおかしくなかったが、『スキル』とやらのおかげで刃は思ったより消耗していなかった。
どちらかというと、肉体の消耗の方が激しい。
満身創痍だ。
転生者としての肉体と回復魔法という便利な代物がなかったら、とっくにお陀仏だっただろう。
となれば、また別の世界に行くことになるのだろうか。
1回死んでみて分かったのは、極楽浄土も地獄も存在しないということ。
まあどう転んでも地獄行きだったことを考えればまだマシだ。
そう考えれば、召喚してくれたご主人様(不本意ながらそういうことになっている)であるシルヴィア・ブルームはツバキの救い主と言っても過言ではないかもしれない。
ツバキはチラリと、隣に立っているシルヴィアを見やる。
シルヴィアもツバキほどではなかったが、街中を歩くことを憚られるくらいにはボロボロだった。
買った時はさぞ値が張ったであろうドレスも、こうなってしまったら質屋に入れても二束三文すら手に入るか怪しいところだ。
戦いの時は隠れていればいいものを、体をガクガク震わせながら常に出張ってツバキにあれこれ指示を出してくるのだから困ったものだ。
まあ、その指示があったからこそ勝てたこともあったので余計なことを、とは言えないが。
見るからに箱入りな彼女が、ツバキみたいな人斬りを召喚した理由は1人の男が原因だった。
ドミニク・ブルーム。
シルヴィアの叔父にして、彼女の親兄姉を殺した男。
ドミニクはブルーム家の秘伝の術式『異界転生』の術式を使って、王家を転覆させ自分が王になろうと企てた。
どこぞの大名が幕府を転覆させるみたいなものだろう。
随分大逸れたことを思いついて実行しようとしたもんだと最初は思ったが、転生者の力を考えてみれば――何より8人もいれば、なるほど不可能ではないかもしれない。
少なくとも、こっちも転生者を召喚して対応しなければと思う程度には。
だからこそツバキが呼ばれた。
あちらは剣豪だの騎士だの聖女だの、誰も彼もも英傑揃いなのにこちらはただの人斬りというのが少々情けないが、最終的に転生者8人全員斬れたのでその分の不運は巻き返せたと言っていいだろう。
ドミニクは今頃屋敷のなかでじっくり焼かれている最中だ。
彼の野望はここに潰えた。
そう、これで終わりなのだ。
それはドミニクの転生者達に対抗すべく呼ばれたツバキもまたお払い箱であるということを意味する
ここからどうしたものか。
学はないし、金もない。
できることと言えば、せいぜい人を斬ることくらい。
となればまた人斬り稼業に逆戻り、ということか。
いや、それでもまだマシな方だ。
他の転生者連中と違って、ツバキは自由に考えたり動いたり出来る。
が、シルヴィアがその気になれば自分の喉を掻き切れと命令してツバキを自殺させることも可能なのだ。
彼女がちょろっと命令すれば、ツバキの第2の人生はそこで終わる。
「ツバキ、今後のことなんだけど――」
いよいよ来たか。
「私ね、探偵になろうと思うの」
「……は?」
いきなり何を言い出すんだこの女は。
「だから、探偵よ探偵。ツバキの世界で言うなら万事屋かしら。家も取り潰されちゃってるし、何かしらで食べていかなくちゃいけないでしょう?」
「だからその探偵ってヤツになるってか?」
「そう! 困ったことを何でも解決するの! ある時は警察の依頼をうけて難事件を解決したり、怪盗と対決したり! ね、楽しそうでしょう? あと事務所は、喫茶店か何かの2階がいいわね。そっちの方が雰囲気あるもの」
左右で色の違う瞳を無駄にキラキラさせながら、シルヴィアは今後の展望――と言うか妄想を語る。
あれだけのことがあって、シルヴィアはもう前を向いている。
「そうかい。ま、がんばれよ」
シルヴィアはバカだが頭は悪くない。
洞察力も人並み以上だし、それに何回も助けられた。
まあ、なんとかやっていけるだろう……いや、大丈夫か? 貴族だったこともあってか金遣いはまあまあ荒かったような。
段々不安になってきたが、まあツバキには関係無い事だと思考を打ち切る。
「む、何よ。まるで他人事みたいな反応じゃない」
他人事も何も、俺はここでお払い箱だろと言おうとしたところで、
「あなたも一緒に決まってるでしょう?」
何でもないように、シルヴィアは言った。
「いいこと? 探偵っていうのはさながらケーキの隣にある紅茶のように一緒にいる相手が存在するものなの。シャーロック・ホームズだったらジョン・H・ワトソン。ショータロー・ヒダリだったらフィリップといった具合にね。関係性は助手だったり相棒だったり様々だけど、使い魔だってカウントしていいはずよ」
決定事項のようにつらつらと言葉を並べるシルヴィア。
「それに、『異界転生』のレコードが全て失われたとは思えないの。転生者と戦うには、ツバキの力が必要だわ」
「……だったら、他の転生者でも呼べばいいんじゃないか? こんな人斬りより、どこぞの英雄を召喚し直す余裕くらいあるだろ」
「え?」
こてんと、シルヴィアは首を傾けた。
「英雄なら、私の目の前にいるじゃない」
この場にいるのはツバキとシルヴィアの2人だけで、彼女の瞳にはなんとも言えない表情をした自分が写っている。
ツバキは嘆息した。
目の前の少女は少々、いやかなり頭の中が花畑に侵食されているフシがあるが、ここまで言うとは相当重症だ。
「……俺はそんな上等なもんじゃない。ただの人斬りだ。自分の都合で何人もの人間を殺してきた。あんたの家族を殺した連中と同じだよ。むしろ、連中よりも多く殺しただろうな」
自分の所業を悔いたことはないが、シルヴィアの隣にいるような人間ではないこともまた理解している。
レコードに頼らず異界転生を行う場合、身体にかかる負荷が尋常ではなく連続して転生者を召喚することは不可能であり、そもそも制御できる転生者の数は1人につき1体と決まっている。
一旦脅威が去った今ならば、ツバキを始末して新しい転生者を召喚し直すことができる筈だ。
ツバキがシルヴィアの立場だったら迷わずそうする。
「確かに、あなたに大切な人を奪われた人達は沢山いるでしょうね。私もその1人だったら、ツバキを殺してやるって思ったかもしれないわ……けれど、」
一拍おいて、シルヴィアはツバキの手を取った。
文字通り血にまみれたの手を、華奢な――最近少しばかりタコができた手が柔らかく包み込む。
「そうはならなかった。あなたは私の召喚に応じてくれた。私を助けてくれた。ね? あなたが多くの人を殺したことは揺るがぬ事実なのかもしれないけど、あなたが私の英雄だってことも決して揺るがないわ。誰であろうと、それだけは否定させるもんですか」
自信満々に、シルヴィアは胸を張って言った。
胸の奥に灯った何かが妙に居心地が悪くて、小さく身をよじった。
前々からシルヴィアと自分はまるで違う人間だと思っていたが、益々確信を強めることになった。
何を食ったら、そんな結論に辿り付くのか。お茶とスコーンを食い過ぎるとこうなるのか。
「……そんなの、召喚されたのがたまたま俺だったってだけだろ」
「運命、とも言えるのではなくて?」」
ここまで物事を好意的に捉えられるのもある意味才能ではないか。
ツバキが黙っていると、シルヴィアは今までの自信満々な表情から一転して、へにゃりと眉を下げた。
「も、もちろんあなたが嫌だと言うのならば強制はしないわ。このまま私から離れて自由に生きるというのならばそれも止めないけど……その、うん、止めはしないわ」
まるで捨てられた子犬のような目をしてこちらを見てくる。
英雄だのなんだのはさておくとして、ここは1つ、シルヴィアが1人でその探偵とやらを始めた場合のことを真剣に考えてみることにする……
うん、ダメだな
もって2ヶ月――もしかしたらもっと短いかもしれない。
このお嬢様は無駄に小器用で大体のことはそつなくこなせる――が、長い間金持ちでそれが当たり前の人生を送ってきたせいか、こと金勘定の能力はかなり低い。
この世界に来たばかりのツバキでもぼったくりだと分かる値段をホイホイ払おうとするのがその証左だ。
おかげでツバキがこの世界で最初に覚えた物は貨幣の価値やその種類、物の相場といったものだった。
ツバキも別に得意という訳ではないが、人間やらければならない立場になった時には割と何とかできるということだろう。
「勿論、報酬も払うわ。タダ働きなんてさせたら、家名に泥を塗るようなものですもの。好きな額を言って、ちゃんと払ってみせるから」
思った側からこれである。
現在シルヴィアのサイフはほぼツバキが管理しているようなものだが、それを上回る額をツバキが言ったらどうるするつもりだろう?
なあなあで仕事をドカドカ追加し金を払わない連中に比べて大分立派な心がけだが、身の丈に合わないことをすると身を滅ぼすことになりかねない。
さて、どうしたものか。
このままシルヴィアほっぽりだして行くというのは、どこか居心地が悪い。
かと言って、このまま素直に残ると言うのも胸の奥がむずむずする。
幸い、報酬という着地点をシルヴィアの方から用意してくれたのだし、乗っからせてもらうことにする。
「……メシ3食昼寝つき」
「え?」
「だから、報酬だよ報酬。それが条件だ」
シルヴィアはぽかんと口を開けた。
「……そんなのでいいの?」
『そんなの』ときたか。
これだから育ちの良いお嬢サマは。
「ああ。俺が前の世界でどうしても欲しかったものだ」
人を殺してでも、欲しかった。
シルヴィアはしばし間抜け面を維持していたが、やがてツバキの言葉の意味を理解したのか、表情が一気に華やいだ。
こうして貴族令嬢は探偵になり、人斬りはなし崩し的に使い魔を続けることになったになった。




