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異界転生 人斬りの使い魔と没落探偵  作者: 悦田半次


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ペルペトーファミリー

「浄火機関、か……」


 翌日、来客用のソファーに身を沈めながら、タングステン警部はウームと唸った。

 今は、ツバキ達が地下工場で見たアレコレについての報告を終えたところだった。

 となると当然、ゴーレム型の転生者やリドーのことについても言及することになる訳で。


「まさか奴さんが動いてたとは思わなかったよ。彼らは異形専門の機関って聞いてたけどな」

「今回の件は、リドーの独断である可能性が高いわ。それに、少なくとも何もしていない人にとっては彼女は無害と判断できるわ。少しばかり過激なのは否めないけどね、多分悪い人じゃない」

「だといいんだけどねえ……何かとあそこは物騒だからさ」

「まったくだぜ。警察でなんとかできないのか?」

「無理無理。管轄がまるで違うし、浄火機関と事を構えるとなったら、教会を敵に回すことになるからね。よっぽどのことが無い限りはほら、触らぬ神になんとやらだ。て言うか、戦いになったらオジさんフツーに死んじゃうだろうし」

「色々面倒だということはよく分かったよ」


 ひとまず、あのイカれ金髪シスターのことは保留ということになったらしい。

 捜査を引っかき回したという点では傍迷惑な存在だったが、転生者退治にも協力したところが大きいのだろう。


「それで、工場の捜査の方はどうなっているの?」

「色々難航はしているけど、ある程度のことは分かったよ。地下通路内に工場があったって分かると、色々情報が繋がってきたからね」

「あの工場の主は誰?」

「案の定、ペルペトーファミリーだ」


 はぁ、とシルヴィアが嘆息した。


「じゃあ、もうこれで捜査は中止?」

「いやまさか。ここまでデカい証拠が手に入ったんだ。それにオジさん達は善良なる市民の通報を受けて偶然たまたまあの場所を見つけただけだからね。見て見ぬふりはできないだろう? 目下の悩み事だった転生者も、2人がなんとかしてくれたし」


 ツバキ達が善良なる市民に該当するのかはさておくとして、タングステンの言わんとしていることは分かった。


「じゃあここから本格的な捜査、ということね」

「ああ。最も、あっちも知らぬ存ぜぬ部下が勝手にやったこと、とすっとぼけられれば厳しいけどね。蜥蜴の尻尾切りはマフィアの十八番だから」


 嫌な十八番だ。


「ここからは本格的に警察の仕事だ。もしかしたら、また頼むことになるかもだけどその時はよろしく」


 タングステン警部は事務所を後にした。

 事件解決と同時にボランティアも終わったため、ここからはいつも通りの時間が流れる。

 ツバキはソファーに寝っ転がり、シルヴィアは本を読み始める。

 仕事の依頼も入ってないし、こんな風にのんびりするのはなんと贅沢なのだろうと思っていると、シルヴィアが顔を上げて俺に言った。


「ねえツバキ。武器の方は大丈夫なの?」

「武器?」

「ほら、この前の戦いで壊れちゃったでしょ? 今はスペアを使ってるみたいだけど、刀じゃないし」


 確かに、ソファーに立てかけられているのは刀じゃなくて剣だ。

 得物がないというのはなんとなく具合が悪いので、冒険者用の武器屋で売っていてリーチが同じくらいの剣を購入した。

 使い勝手はやや違うが(特に両刃というのが面倒臭い)、まあ許容範囲内ではある。


「別にいいよ。これでも人は斬れる。充分だ」


 武器なんて所詮消耗品。

 姉が使っていたような切れ味が落ちない妖刀や、エンチャントが付与されている高級品を除けば、消耗による武器との別れは必然のものだ。

 そもそもあの刀だって、前使っていた刀が使えなくなったので敵から拝借したものだった。


 なんだかんだ1番付き合いは長かったが、結局はそれだけだ。

 ツバキはそれで全然問題無いのだが、シルヴィアは唇をとがらせている。

 これは面白くないと感じた時によくする動作だ。


「なんか、面白くないわね」


 わざわざ口に出さなくても分かる。


「いいことツバキ。英雄にはその英雄に相応しい――それこそ片割れのような武具というのがあるの。アーサー王ならエクスカリバー、ランスロットならアロンダイトと言ったような具合にね。英雄の武器が『ワゴンセールで売ってた剣』とかだったら格好が付かないでしょう? いやでも、そこまで強くない武器を本人の技量で補うというのも、それはそれで燃えるわね……」

「どっちだよ」

「おっほん。とにかく、ツバキは自分専用の武器とか欲しくないの?」

「まったく」

「自分だけの武器っていいものよ。完全に自分に合わせてあるから凄い手に馴染むし、愛着が湧くっていうか、一緒に戦っている! みたいな感じがするっていうか」


 シルヴィアはホルスターに収めてあるブラックスターを愛おしげに撫でた。

 シルヴィアの装備の大半か彼女のハンドメイドだ。

 逆に愛着が湧かない方が難しいのでは、と思わなくもない。

 それに、だ。


「それが逆に面倒なんだよ」

「どうして?」

「そいつが使えなくなったり壊れたときのことを考えてみろって。新しく使う武器はより使いにくく感じるだろうし、感覚の狂いも大きい。何より、そうなったときの精神状態を考えれば、あまり良いものとは思えないけどな」


 失った時に去来する感情はなんとなく想像が付く。

 絶対ロクでもないものであることは確かだ。

 大切な者を失うことの恐怖。それはツバキよりもシルヴィアの方がよく知っているはずだ。

 逆にツバキが感じたことは殆どない。

 失うだけのものが殆ど無かったから。


「最初から何も拘らないほうがマシだろ。何も悲しむこともないわけだし」


 シルヴィアはツバキ話が終わるのを黙って聞いていたが、うーんと腕を組んで天井を睨んだ。


「けれど、失うのが怖いから最初から持たないようにするって言うのも、寂しいじゃない」

「そんなもんだろ」

「それでこのシルヴィア・ブルームがハイそうですねと、殊勝な面持ちで納得すると思う?」


 それで納得したら多分そいつはニセモノだろう。


「失って悲しいと思えるって言うことは、共に過ごした時間が素晴らしいものであった証拠でしょう? 失ったことは不幸だけど、それまでの時間まで不幸だったとは思わないわ。思いたくもない」


 いつになく真剣な声音のシルヴィアに、ツバキは特にアレコレ言うつもりはなかった。

 人間、生きてる環境が違えば考え方も違う。いや、仮に環境が同じでも完全に一致するなんてことはあり得ない。

 シルヴィアが色々なものを失った故にその結論に辿り付いたならば、それを誰が否定できようか。


「ツバキは、今まで自分だけの武器とか持ったことあるの?」

「そんな贅沢を許される立場じゃなかったな」

「だったら案ずるより産むが易しよ。今から出かけましょ」

「は?」

「隣町に、凄く腕の良いって評判の鍛冶屋があるの。極東出身で刀も作れる……というかそれが本領みたいね」

「待て待て、いきなり何を言い出すんだ」

「鈍いわねえ。今から、ツバキの刀を作って貰うのよ。あなたのための、あなただけの刀を」

「俺だけの刀って……」

「今まで自分だけの武器とは無縁だったのでしょう? だったら、この機会に1度触れてみたほうがいいわ。結論付けるんだったら、体験してからでも遅くはなくてよ」


 時々――いや、割と突拍子もないことを言い出したりやらかしたりする事が多いシルヴィアだが、今回のもなかなかにアレな提案だった。


「金はどうするんだよ」


 シルヴィアの言葉からして、オーダーメイドの刀ということだろう。

 どう転んでも安い値段で買える代物じゃない。


「え? タングステン警部からもらった報酬があるじゃない」

「あれ家賃に使う予定なんだけどな」

「刀と家賃どっちが大事なの?」

「家賃」

「さあ行くわよ善は急げって言うしね!」


 シルヴィアはツバキの言葉をガン無視して外へ飛び出していった。

 都合の悪いことは耳に入ってこないとみえる。

 嘆息しつつ、ポケットに手を入れてその後を追った。

 万が一追い出されたときは、自分だけ『灰色の帽子亭』に住み込みで働かせてもらえるよう頼んでおこう。

 勿論、ウェイトレス姿はゴメンだが。






「ほ、報告は以上です……」


 ゴットンはの部屋に来た時から震えが止まらなかった。 

 せめて報告を長く引き延ばせれば――報告が終わったとき、自分の命も終わるとゴットンは理解していた――と思ったが、自分の主は無駄を嫌う。

 なんとか引き延ばそうと試みたが、「もっと簡潔に言え」と言われ己が失敗を詳細に語らざるを得なかった。


 ゴットンの手にはレコードが握られている。

 転生者を召喚し思いのままに使役する魔道具――だった。

 その召喚した転生者――トライアルナンバー109が撃破された今、文鎮程度の役割しか期待できない。

 それはまさに、今の自分のようだった。


 転生者は撃破され工場も破壊、保管されていたクスリも燃やされ、残ったものも警察に押収された。

 今まで懇意にしている貴族越しに大人しくさせていた警察に、遂に尻尾を掴まれた。


 言うまでも無く大失態だ。

 その光景をレコード越しで見ていたが、(レコードは転生者の見たものをリアルタイムで映し出す効果もある)まさに地獄絵図だった。

 黒いスーツに身を包んだ少女(ゴットン本人はツバキが男であることを知らない)と、探偵めいた格好に身を包んだ銀髪の少女。おまけに大鎌を持ったシスターが協力し転生者と工場を破壊したのである。


 ゴットンはそれを部屋の中で見ているしかなかった。

 現場にいたところでミンチ肉にされるのが関の山だったが、それでも何も出来ずに黙って見ているというのは精神衛生上非常に良くない。

 特に109が倒された瞬間、不覚にもちびってパンツを濡らしてしまうほどであった。


 ともあれ、このような状況では、工場責任者であるゴットンがそのツケを支払わされることは明白であった。

 報告を聞いた主はゴットンの方向に振り向いた。

 一目で高級品と分かる白スーツに身を包み、金髪をオールバックにした30代にもうすぐ差し掛かろうかという若い男だ。

 顔立ちは整っているが、昆虫のように感情を伺わせないその目が、近寄りがたいオーラを放っている。


 彼が生まれた頃には、裏社会に肩まで浸かっていたゴットンですら、何も無いときでも常に緊張を強いられる相手だ。

 自分より二回り若いこの男こそ、自分達の組織のボス――ペルペトーだ。

 組織――ペルペトーファミリーと言われる前のことだ――に入った日こそ浅いが、あれよあれよと言う間に出世街道を驀進し、とうとう組織のボスとなった。

 その際、先代が『病気』でコロッと逝ってしまったのは偶然ではあるまい。

 新入りの若造がボスになることに反発した者は多かった。

 しかしその声は一瞬でなくなった。

 なんてことはない。


 反発した者全員が殺されたのである。

 ペルペトーが直接手を下した訳ではない。

 冷や汗を流しながら、僅かに視線をペルペトーの背後にずらす。

 立っているのは、息を飲むほど美しい女だ。

 だが、その目は虚ろで生気というものはまるで感じられない。 

 組織に入って日が浅い者は、彼女がペルペトーの情婦であると勘違いすることが多い。

 だが、すぐにその認識を改めることになる。


 いくら美しくても、バケモノ(・・・・)に欲情するほど落ちぶれてはいない。

 粛正を実行したのは、今もペルペトーの背後に控える和装の女だ。

 そも、ペルペトーがここまで出世して好きに組織を動かせているのもあの女――転生者の力があったからだ。

 無論、転生者の力があるからといって何でも好き勝手出来るわけではない。


 それは同じ転生者使いだったゴットン本人が証明してしまっている。

 転生者はあくまで力。

 それをどう使うかもまた重要であることをその身に突きつけられている。

 もっとも、その教訓を活かすことができるか否かは、ペルペトーの決定で全てが決まる。


「……ゴットン。おまえはこの世界で真っ先に手に入れるべきものは何だと思う?」


 は? と素で返しそうになって慌てて口を塞ぐ。

 そんな無様な真似は許されない。

 10秒ほど考えて、ゴットンは答えを口にした。


「金、ですかい?」

「情報だ」


 あっさりと否定された。


「敵は何か、必要な力は何か、儲かるブツは何か、取引相手の素性は何か……必要なのは情報だ。情報があればどう立ち回るべきかが分かる。それ以外は自ずとついてくるものなのさ。当然、金もな。そうやって、俺はこの組織を作った」


 ――何が作った、だ。

 ――オヤジ(先代)を殺して乗っ取ったハイエナが。

 無論、口には出さない。


「恐らく、連中はシルヴィア・ブルームとツバキ・ツルクだ。大方、警察の犬として動いてたんだろう。奴らを敵に回すのは大分骨が折れそうだが……それはまあいい。ともかく、おまえは大事な情報をくれた。有益な情報をくれる奴は好きだ」

「へ、へぃ」


 首の皮一枚繋がった。

 そう思って僅かに気が緩む。


「ところが――ここで勘違いしちゃならないのが、情報を持っている奴に価値がある訳じゃあないってことだ」

「……え?」

「情報を持っている奴は情報を持っているその時にこそ価値がある。そうでなくなったら――もう価値はない。例えば、話を聞くことで既に俺が情報を持っている場合、とかな」


 緊張が走る。

 甘かった。

 甘く見積もっていた、この男を――!


「その意味を分からないおまえじゃないよな、ゴットン」


 ――死ね。

 そういうことだ。

 その時ゴットンの体から湧き上がったのは恐怖ではなく、怒りだった。


「若造が、舐めやがって……!」


 世話になっていた先代を殺され、友達が粛正されていった中でも見て見ぬふりをした。

 そして、仁義を忘れたこの組織で己を腐らせていたが、限界だった。

 この土壇場で、ゴットンは心に叛逆の牙を得た。

 懐からナイフを取り出し、地面を蹴る。

 ペルペトーに突貫する自分の姿が見えた。


 はて、それはおかしい。

 何故、自分の視点がこんなにも高い?

 何故、ここから見える自分には首がない?

 力尽きて倒れる自分の体を視界に収めながら、ゴットンの意識は闇へと落ちていった。





「片付けておけ」


 部下を呼び、死体を始末させる。

 血を払い、刀を鞘に収める女を見やった。


「殺しは外注に限る」


 自分の手で殺すと言うのはどうも具合が悪い。

 特に血を流させるのは1番嫌だった。

 お気に入りのスーツが汚れるからである。

 ついでに血の臭いも嫌いだ。

 だからこそ、その手の仕事は餅は餅屋の論理で誰かに任せた方が良い。

 その点で言えば、自らの傀儡たるこの転生者はペルペトーにとってうってつけの存在だった。


 一騎当千の使い魔――そのアドバンテージがあったからこそ、ペルペトーはここまで上り詰めた。

 転生者の力が無ければ、組織の掌握に少しばかり手間取っていただろう。

 もっとも、最終的にこの立場に収まっているであろうことは疑っていない。

 だが――


「シルヴィア・ブルーム……同じ転生者使いか」


 ゴットンに預けた転生者が撃破されたことを考えれば、相手も相当な手練れとみていいだろう。

 裏社会で密かに話題になっていた転生者狩り――果たして、自分の使い魔とどちらが強いのか。


「まあいいさ。いくらでもやりようはある」


 上手くいけば、組織は――いやペルペトーははらなる繁栄を遂げることになるだろう。

 新しい獲物を見定めたペルペトーは口角を吊り上げた。


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