第九十話 家族
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愚者を除いた二十一個のアルカナの棺を手に入れ、一世達は一路アガトラ王国へと向かった。
目的は、アガトラと国境を接するノヴァを平定し、そしてその先にある壁峰へ侵攻する事だ。
とは言え、ノヴァはアガトラによって唯一の港湾都市であったエムスを抑えられ、国内で第二の規模を誇るザーズ・コロニーがアナンタの獣の侵攻で壊滅した事で、最早アガトラとの戦線を維持するのも困難になり、軍は首都セントノヴァにまで戦力を後退させざるを得ない状況にまで追い込まれていた。
「こうして、自分の生まれ育った国が追い詰められていくのを外側から見ていくのは、何か心苦しいっすね」
故郷の現状を知り、ネインは複雑な顔を見せる。祖父をこの国に残して来ただけに、その身を案じるのも当然の流れではあった。
機甲ギルドから得られた情報では、レヤノ・コロニーは中立を表明したネビュリア・コロニーの傘下に入り、難民の保護に終始しているというが、それでも逸る気持ちは抑えきれそうになかった。
「家族が心配なのは、分かるよ」
アルエが、ネインの肩を持つ。そもそも、家族を遺してこちらの世界へと来てしまった身として、アルエもまた元の世界の父母がどのような顔をしているのか、気が気でない時がある。
家族が引き離されるという事は、どのような形であっても理不尽なものなのだ。
「……家族、か」
それを眺めていた一世は、家族というものに対して実感を持てずにいた。
元々下宿暮らしだった事もあるが、それに加えてここ最近は元の世界で、自分がどのように日常を過ごしていたのかすら記憶が曖昧になっていた。
ともあれ、それは目まぐるしい展開による、一時的な混乱によるものだろうと解釈し、一世は眼前の目的の為に全力を注ぐ事に集中した。
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ノヴァの首都、セントノヴァは、古代の遺構の上に成り立つ、一種の要塞都市だ。
政治の空白期間が続いた為、今は軍がその実権を握って久しいが、都市の各所に設けられた砲台は十全に整備が行き届いており、アガトラ軍も攻めるに攻められない膠着状態が続いていた。
一世、ジョウ、アルエ、シイナの四人は、キール皇帝率いる軍議に呼ばれ、この要塞都市の攻略の為に知恵を出し合っていた。
中途半端な戦力で攻め入れば、首都防衛を担う砂上艦隊との連携によってたちまち集中砲火に晒される。
かと言って、アウトレンジから首都を攻撃する秘策があるかと言えば、それも難しい話だ。
射撃制度の問題もあり、砲台のみをピンポイントで攻撃する方法は限られており、また下手をしたら、居住区にも被害を出しかねない。
しかし、自分達にはそれを覆せる力があると、ジョウは意気揚々と語る。
「ならば話は簡単です。エクリプスの幻影月鏡で相手の懐まで潜り込んで、砲台を無力化する。これに尽きます」
「いや、それだと砲台の修理に時間を取られる可能性かある」
ジョウの立てた作戦に、一世が意見する。
同じ魔術師のアルカナの棺によって膨大な知識を得たにも関わらず、意見は食い違うものなのだと、アルエは思わず感心した。
「では、どのようにすれば宜しいので?」
ジョウが、一世に問う。
「エクリプスで乗り込むのは同意見だ。けれど、ならいっそ、皇帝陛下も一緒に中枢に乗り込む方が、手っ取り早いとは思いませんか?」
一世のそれは、まさに奇策。敵陣ど真ん中に、自分達の総大将を送り込むという、極めてリスキーなその作戦に、当然反対の声が噴出する。
だが、ジョウとキール皇帝だけは違った。
「皇帝の棺の力、支配ですね」
「なるほど、その手があるか……」
そう。国の中枢に気付かれずに乗り込み、それを乗っ取るのだ。
これによって、両軍共に無益な血を流さずに済む上に、占領政策もスムーズに進むというものだ。
かくして、一世の案はキール皇帝によって採用され、日の入りと共に作戦が実行に移される事になった。
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ネインは、エムスで自分の砂上船の変わり果てた姿を見て、途方に暮れていた。
元々、スクラップ同然のボロ船ではあったが、自分達の「足」として、東へ西へ、北へ南へと砂漠を縦断してくれた事に感謝の念を抱く。
「せめて、ここで安らかに眠ってくれよ」
膝をつき、物言わぬ鉄塊に優しく声をかける。
そんな時、ネインの背後から、人の気配が近づいてくる。
懐かしさを孕んだその気配に、ネインは思わず後ろを振り向いた。
「爺ちゃん……!」
「ネイン、ネインか。ははは、お前、生きとったか!」
祖父との対面。
久しく砂漠を離れ、戦況が大きく変化した中で、こんなにも早く再会が果たされようとは、思ってもみなかった。
二人の頬から、涙が零れ落ちる。
「爺ちゃんは、どうしてここに?」
「ワシはあの後、周辺のコロニーの代表者と一緒にネビュリアの行政府に出向いて機甲ギルド傘下の中立連合の結成を促したんじゃ」
それは、最早泥舟に等しいノヴァに付いているより、ギルドに付き従った方が生き延びる確率は高いと見ての選択だった。
「じゃあ、レヤノは」
「うむ、今の所は、安泰じゃよ」
祖父の言葉に、ネインはほっと胸を撫で下ろす。
「お前さんの船がここでボロボロになっておって、不安でたまらんかったぞ」
「まあ、こっちも色々とあったから、ね」
そう言って、自身の今の愛機であるストレンガスの方へと視線を向けた。
そして、その背後の、生まれた時から見慣れて久しい壁峰の情景を見て、我に返る。
「爺ちゃん、近い内に、レヤノから東は戦場になるかもしれない」
「何を言っておる。そんな所で、一体何と戦うというんじゃ」
首を傾げる祖父の表情に、ネインは一瞬だけ言葉を押し留めたが、敢えて勇気を出す形で、彼に真実を告げた。
「アナンタの獣の、総大将が復活するかもしれない。俺達は、それを止める為に、ここまで戻って来たんだ。だから、爺ちゃん達はいつでもコロニーから逃げ出せるように、準備をしておいて欲しいんだよ」
「ネイン、お主……」
祖父の肩を強く掴み、真剣な面持ちでこれから起こるであろう事象を告げるネイン。だが、彼の祖父はネインの額に手の平を当て、冷ややかにこう言った。
「熱でもあるんじゃあないか。砂漠風邪には気を付けろと、いつも言っておるじゃろう?」
「俺は、至って、健康だーーーッ!!!」
その日、一人の少年の心からの叫びが、乾いた砂漠に虚しく木霊した。
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西の空に、太陽が墜ちる。
空は瞬く間に青から赤、そして夜の黒へと色を変えていき、遂にセントノヴァ攻略作戦の時が来た。
攻略メンバーは、一世、シイナ、キール皇帝、そしてメアリ、キャシーの五人。
キャシーは主にキール皇帝の護衛として、メアリは首都制圧後にスートアーマーの軍勢で都市部を制圧する為にそれぞれ必要と判断された。
「一世、メアリとシイナの事、頼んだわよ」
「任しておけ。絶対に、危険な目には遭わせない」
アルエと短い言葉を交わし、一世はオルベイルに乗り込んだ。
その両隣には、アルカニック・インペリアル、エクリプス、エイレイネー、チャリオットが並ぶ。
短く息を吐き、一世は作戦の参加メンバー達に声をかけた。
「全員、準備の方は?」
四人から問題無いとの答えが返ってくると、一世はオルベイルを起動させ、叫んだ。
「再結合……ッ!」




