第八十九話 堕ちたモノ
○
「くそっ、遅かったか!」
東端同盟を飛び出した一世とジョウは、荒野の真ん中に打ち捨てられたスートアーマーの残骸を見つけ、自分達の行動の遅さを悔やんだ。
まるで、中から何かに食い破られたかのような破壊のされ方をした機体の残骸を見て、これが人の手によるもので無いという事を、二人はすぐに理解する。
そして、周辺の空間に色濃く残るレイの残滓が、ここに高出力のレイを放つ「何か」が存在していた事を物語っていた。
そこから導き出される答えは、最後のアルカナの棺が、アナンタの使徒によって何者かに与えられた、という事だ。
アナンタの使徒は、既存の機械とアナンタの獣を融合させる事で、アルカナの棺を取り込める筐体を作り上げる事に成功しており、それに人間を取り込めば、アルカナの棺の力を引き出せる事も、既に知られた事実だ。
そして、その最後のアルカニック・ギアに選ばれた人間こそ、あの古城正典に他ならず、この事実は、ジョウにとって最悪の展開を意味していた。
最後のアルカナの棺が司るのは「愚者」。
その能力は、他のアルカナの棺へのカウンター。つまり、一定条件が揃った時、敵対するアルカニック・ギアの能力を一方的に無力化出来る事を意味しており、その機体と戦う場合、一世達は合体状態ではなく、アルカニック・ギア単体、しかも固有能力を封じられた状態での戦闘を強いられる事になる。
とは言え、愚者の棺の能力への対応策は、既に彼らの手中にある為、それ程驚異という訳ではない。
むしろ、ジョウと一世にとって、稼働状態にあるアルカナの棺が敵の手に渡った事の方が、余程重大な案件だった。
二人が懸念する事象とは、正典がアナンタの使徒と接触する事で、ドゥクス・アナンタの復活が早まってしまうという物だ。
アナンタの獣は、自らレイを生み出さない代わりに、生命の発するエネルギーであるレイを得る事によって急速に成長、増殖する。
その性質が、統率者たるドゥクス・アナンタにも適用されるとすれば。
そして、人間と結びついたアルカナの棺もまた、膨大なレイを生み出す。この性質を、アナンタの使徒が利用するべく動いていたとすれば……。
「まずい事に、なりそうですね」
それはつまり、ジョウの予見した五年後というタイムリミットが、前倒しになるという事に他ならない。
「奴を探す事は、出来るのか?」
「ええ、今の私なら、異なる世界の人間の因果も辿った上で未来予測が可能になります」
「じゃあ、向こうが動く前に、ジョウは未来予測に入ってくれ。こっちは急いで皇帝陛下らと合流する」
とりあえずの方針を固め、二人は大急ぎでその場を後にした。
だが、ここからは苦難の連続である事に変わりはない。
何せ、敵はこちらの上を行く方法で、目的を果たそうとしているのだから。
○
嘗ての敗北からの復活を遂げ、更に仮初めとはいえ自身にレイをもたらすアルカニック・ギアの制御装置、即ち正典を手に入れて、サメフは上機嫌だった。
特に正典がうちに抱く劣情や劣等感、憤りといった精神的エネルギーは、その尽くがアルカナの棺によってレイへと変換されサメフへと注がれていき、その失われていた機能を瞬く間に復活させた。
「いいぞ、いいぞ……!」
「何を息巻いている。お前の役割はまだ始まったばかりだぞ」
サメフが再生したばかりの腕の具合を確かめている後ろで、老人型の使徒……アレフが本来の役目を果たすよう促す。
そう、アレフがサメフを目覚めさせたのは、彼の持つアルカナの棺の知識によって、ドゥクス・アナンタの復活を早めさせる為だ。
「……分かっているよ。どちらにしても、このニンゲンの生み出すレイは膨大すぎて、僕の身には余る。ならば母なる六六六に捧げるのが、当然の流れだ」
「ふん、それで良いのだ。これで予定よりも遥かに早く、復活を遂げられるというもの」
愚者の棺を取り込んだアルカニック・ギアを見上げ、アレフは笑みを浮かべた。
機体の各所に突き刺さった管が、棺から生産されるレイを吸い上げ、ドゥクス・アナンタへと送り込んでいる。
しかし、その矢先にレイの供給が突如として止まった。
「何をしている」
サメフが、コクピットを覗き込む。人外の少年の眼前に、機体と完全に一体化した正典が、シートに文字通り「縫い付けられた」姿が現れる。
「俺は、いつまでこんな所でじっと集中していなきゃならない? 俺に復讐させる事が、お前の目的ではないのか?」
「君の焦りも、理解できる。けど、今は耐えてもらいたいな」
サメフが、にやりと笑う。
「その機体は今や君の肉体そのもの。完全に馴染まなせるには、十分な慣らしが必要なんだ」
「……分かった」
嘘ではない。レイの出力コントロールが出来れば、この男は戦力として価値を見出だせるとサメフは考えている。しかし、その裏でドゥクス・アナンタへのレイの供給を行っている事を、サメフは正典には伏せていた。
だが、正典はサメフを信用し、その言葉を信じ、再び瞑想と共にレイの生産を開始した。
文字通り全てを投げ出して手に入れた力だというのに、己の命は投げ出す覚悟を持てない。そのような矛盾を、サメフは心の内で皮肉げに笑った。
だからこそ、ニンゲンは調べ上げ、使い潰すだけの価値がある。
○
キール皇帝と四人の筆頭騎士団長、そしてメアリとドギーは、一世達と合流すると、早速情報交換の場を設けたが、それと同時に、ジョウからもたらされた最悪の展開を聞かされ、皆一様に頭を抱えた。
特にキール皇帝は、自国の騎士の一人が人外となって人類へ牙を剥く事に、心を痛めている様子だ。
「自身の選択の甘さが、正典を凡そ騎士道から遠い最悪の道へと進ませてしまったと考えるべきか……」
「いいえ、皇帝陛下。僭越ながらあの男は、この世界にやって来た時点で、既に罪に塗れていました」
サルベージ船の会議室で自省するキール皇帝に、一世は自分達のこれまでの経緯、そしてそこに正典がどのように関わって来たのかを、包み隠さず話してみせた。
それを話す事は、アルエとシイナも事前に同意してくれていた。
「何と……だが、あの者を迎え入れてしまったのは我々の過ちだ。あの者がこれ以上墜ちるというのなら、スヴェントヴィトの総力を以て討ち滅ぼさなければならない」
獣憑きの領域を越え、既にアナンタの獣と同質化しているであろう正典を、キール皇帝は倒す覚悟を見せた。
どちらにしても、正典が人間に戻る事すら出来ないであろう事は、一世とジョウが導き出している。
それに、あの男を倒さない限り、全てのアルカナの棺は揃わないのだ。
最早、倒す以外の選択肢は無い。
それに、敵も恐らくはこれ以上に大々的に、そして組織立って動いて来る事だろう。躊躇する事は、即ち敗北と同義なのだ。
「けど、愚者の棺は他のアルカナの棺の能力を阻害するんでしょ。それを打ち破る事なんて、出来るの?」
キール皇帝と一世の会話に、アルエが割って入る。
「愚者の力は、他の棺が暴走した時のカウンタープログラムだからな。あくまで阻害出来るのは、能力だけなんだ。そして、それを悪用された場合のカウンターもまた、用意されているんだ」
「それって?」
アルエが首を傾げるのをよそに、一世は改めてキール皇帝の方へと向き直る。
「皇帝のアルカナの棺。その支配の力は、愚者を従える」
即ち、キール皇帝の駆るアルカニック・インペリアル。それこそが、愚者のアルカナの棺に対抗出来るカウンターであった。




