第八十七話 継承
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煮え滾る溶岩の中で、蛇龍型のアナンタの獣が、ストレンガスと合体したオルベイルに再度突撃を仕掛ける。
「アニキ、後ろからまた敵が来ました!」
「真後ろか……なら、丁度いい」
一世はそう呟きながら、その一撃に対する行動を、ネインに指示を出す。
ネインも、その意図を理解して巨腕を操作。蛇龍の体当たりを再び受け止めた。
だが、それはただ受け止めただけではない。巨腕が手にした戦槌によるカウンター気味の一撃が、蛇龍の頭部を大きく揺さぶる。
そして、それが決して小さくないチャンスを作り上げる。
「今だ!」
もう一度、戦槌を蛇龍の頭へと振るい、その反動を推進力としてアルカナの棺に手を伸ばす。
今度は邪魔は入らない。
棺をしっかりと抱きかかえると、一世はすぐに機体を浮上させるべく、上を向いた。
再度、敵が来る。
「ネイン、次の一撃を浮上用の推進力にして、一気に地上まで抜けるぞ」
「合点承知ッ!」
そして、蛇龍の頭に三度戦槌が振るわれ、オルベイルは反動で深いマグマの底から脱出する。
クレジ山の火口から浮上した一世とネインは、すぐに火口内部に敵が潜んでいる事をジョウとアルエに報せ、対策を講じる。
だが、そのような事などさせるものかと言わんばかりに、蛇龍は溶岩の中から飛び出し、一世達の前にその姿を晒した。
だが、それが蛇龍にとって命取りとなる事など、知る由もなかった。
「そっちから来てくれるのでしたら、話は早い」
「ああ、ここなら武器も使える」
「アナンタの獣が相手なら、死神の鎌も存分に振るえるしね」
そう言って、アルエのセカンド・ザディスが一番槍となって鎌を使いマグマに接している蛇龍の尾を切断する。
続けて、一世とネインが尾から切り離された本体を掴んで振り回し、火口から遠ざけた。
更に、そこへシイナのエクリプスが追い打ちとばかりに刀で斬り付ける。
「これなら、逃げられないだろ!」
そう叫びながら、ストレンガスの巨腕から放たれる光の杭を、上空から落下するエネルギーと共に蛇龍へとぶつける。
流石に、この巨体を全て滅する事は難しいが、最早死に体のアナンタの獣に、容赦をする必要は無い。
「一世くん、ここは一度、私との再結合を試してみては?」
ジョウの提案に、一世はすぐに乗っかり、ネインのストレンガスと分離し、合体コードを叫ぶ。
「再結合・トリニティアッ!」
隠者、魔術師、吊るされた男の複合アルカニック・ギアが、オルベイルと合体する。
隠者の棺は背部に浮かぶリングに。
魔術師は杖に。
吊るされた男は脚の増加パーツにそれぞれ変化した。
「歪だな」
一世は率直な感想を述べる。
「来ますよ!」
しかし、ジョウは一世の言葉に聴く耳を持たず、瀕死の蛇龍から放たれた触手に注意を向けるよう、一世に促した。
だが、それを避ける事は叶わず、オルベイルの胸部へ向けて、先端が槍のように尖った触手が鎌首をもたげる。
直撃。
そう思った矢先、一世の意識は数秒前に引き戻された。
「……ッ!」
「来ますよ!」
一度聞いた筈のジョウの言葉に促されるまま、一世はオルベイルに直撃するであろう触手を、手にした杖で叩き落とし、蛇龍へと肉薄する。
これがジョウが使って来た未来予測能力かと、一世は即座に理解しながら、脚のプロテクターで蛇龍を踏みつけると、杖をその喉元へと突き刺した。
「えげつないですねぇ」
「この形態じゃ、これが一番効率が高いらしいんだ。いいだろ」
「フフッ、あなたも、その棺に呑まれないように気を付けるべきですね」
蛇龍が息絶えたのを確認すると、一世とジョウは蛇龍から杖を引き抜き、合体を解いた。
だが……。
「おい、お前その機体は……?」
「やはり、こうなりましたか」
しかし、合体を解いた時、オルベイルの隣に立っていたそれは、一世が知るトリニティアでは無くなっていた。
そこに在るのは、隠者のアルカニック・ギア。トリニティアの素体となった機体だ。
つまり、彼の持っていた魔術師と吊るされた男の棺は、オルベイルに取り込まれた事になる。
「元々トリニティアは、この機体を素体にして無理やり二つの棺を結合させていただけの機体。オルベイルと再結合すれば棺の所有権は完全にそちらに移行するのだと思っていましたよ」
「それを理解しておいて、オルベイルと再結合したってのか?」
「まさか。今のこの状態になったのは、未来予測を確実な物にする為ですよ。強引な結合は、棺のパフォーマンスを下げると言ったじゃありませんか」
ジョウは、その言葉と共に笑ってみせる。
その笑みは、これまでの乾いた笑みではなく、何処か重圧から開放されたような、これまでにない爽やかさを醸し出していた。
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ジョウのトリニティアが、隠者単独の機体となった事は、確かに彼の未来予測の精度を格段に向上させていた。
特に、これまで不確定要素でしかなかった別世界の人間を勘定に入れられるようになったのは、大きな違いであると言える。
だが、それと同時に、魔術師の棺をジョウから引き継いだ一世の身にも、異変が起きていた。
ジョウはこれまでの未来予測で見てきた記録の全てを魔術師の棺に蓄積しており、それによって行動の効率化と、いざという時のバックアップを両立していたのだ。
そして、一世はそれを受け継いだ事によって、その記録をフラッシュバックという形で「思い出す」ようになっていた。
その記録は、パズルのピースのように断片的な情報でしかない。しかし、時間とともに全体像が見えて来た時、それは世界を俯瞰するに等しい事象のうねりとなるだろうと、ジョウは理解していた。
「……良かったのですか?」
力の三分の二を失ったジョウの身を、シイナは案じる。無論、その心配は彼が棺の力を一世に明け渡した事に対するモノである。
「魔術師の棺は、どちらにしても彼に渡すつもりでしたからね。残る隠者の棺も、最後の予測が終われば、引き渡すつもりですよ」
それはつまり、ジョウが自分の役目を終える、という事を意味していた。
ここまでの事象は、凡そジョウが見てきた予測通りの道筋を辿っていた。
否。むしろ、スヴェントヴィトと機甲ギルドとの全面戦争を回避したという意味では、当初の予測以上の成果を得られたと言っても過言ではない。
しかし、ここから先は、より過酷な道を辿る事になる。
ジョウは、自分がここまで来るのに多くの出血を人類に強いてきた自覚があった。その罪が、アルカナの棺を手放した程度で消える筈が無い事も、同時に理解している。
「全てが終わった時、私は、私が犯した罪を償うつもりです。そう、私が導師ジョウではなく本庄孝介に戻るという事は、ゴールではなく、スタートなんですよ」
「導師……」
シイナは、ジョウの覚悟を理解すると、彼の背中に抱きついた。
そう。シイナがジョウへ抱いていた忠誠は、いつしか恋という別の感情へと変質していたのだ。
そしてそれは、シイナが記憶と共に人間性を取り戻した、確たる証拠でもあった。
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「ハッ……ッ!」
汗で全身が濡れる不快感に、一世は思わずベッドから飛び起きた。
「起きたようね」
寝台の傍らに座るアルエが、安堵の表情で一世に語りかけてきた。
アルエが言うには、東端連合のテリトリーに帰還した直後、一世は熱にうなされながら三日間寝込んでいたという。
そして、一世が目覚めるまで、宿を借りてそこを拠点に各々が出来る事をこなしていた。
ジョウは、一世が倒れた原因は知恵熱だと言っていたが、少なくともそのうなされ方が尋常でないのは、医療について素人であるアルエが見ても理解出来るモノがあったという。
「色々、夢を見ていたような気がするよ」
身体を起こしながら、一世は口を開く。だが、シイナはまだ寝ていろと視線で一世に語りかけてくる。
「……これから、多分とてつもない事が起こるかもしれない」
「それ、あいつから押し付けられた棺の力なの?」
アルエの言葉に一世は小さく頷き、肯定の意を伝えた。
「魔術師の棺。こいつは過去のデータを蓄積する膨大なデータバンクなんだ。そこに記録された、ジョウが見た未来予測の記録、それを垣間見て、ようやく理解したよ」
「理解って……何を?」
「俺達が壁峰と呼んでいるあの壁のような山。あれが、ドゥクス・アナンタそのものなんだ」
一世の思いがけない発言に、アルエは思わず言葉を失った。




