第七十五話 眠れる恋人
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機甲ギルドとの戦争開戦は避けられない。その空気が満ちていた中で一転、キール皇帝はギルドとの和平交渉に乗り出し、その方針転換を国民に強調した。
何故。多くの国民はそう思ってしまうだろう。
これまで長きに渡ってギルドを敵対者として認識させ、水面下で駆け引きを繰り返し、そして先日交戦状態に陥った事は、民にも周知されていた。
だが、方針転換の切っ掛けとなったこれから起こる事柄……ドゥクス・アナンタの復活を彼らに説明する事は、何よりも難しい。
故に、キール皇帝は敢えて民達の批判を受け止める事にした。
「これからが大変ですな」
キール皇帝の傍らに立つペンタルクが口を開いた。
やるべき事は未だに山積したままであるものの、憑き物が落ちたようなキール皇帝の表情を見て、禿頭の騎士のスキンヘッドは、いつにも増して良い艶を放っている様子だった。
「だが、やるしかあるまい。あの者達は?」
「先程、騎士エイリアスの入院している病院に向かったとの報告が」
「ザリアーナ博士を引き取りに行ったか」
騎士エイリアス・ネクスタ。「恋人」の棺の同調者にして、ザリアーナの婚約者だ。
だが、導師ジョウの叛乱の折、彼は自らのアルカニック・ギアの力を過剰に引き出したあまり、精神を棺に取り込まれ、そして深い眠りについた。
スヴェントヴィトの医療技術を持ってしても、その原因を突き止める事は遂に叶わず、ザリアーナはその原因がアルカナの棺にあると見て新たな棺を見つけるべく帝国を出奔。ギルドに籍を置き、各地を飛び回った。
キール皇帝は、敢えて彼女を縛る事はしなかった。何故なら、その愛国心は本物であり、彼女の研究は将来的にこの国の為になるだろうと践んでいたからだ。
その結果、彼女は新たな研究成果を携え、この国に帰還を果たした。
全ては、愛する人への献身の賜物だ。
ならば、その功績を讃えない訳にはいかない。
「ザリアーナ博士の、指名手配は現時点を以て解除。彼女の罪は、齎された研究によって帳消しとする」
これによって、ザリアーナは、テロリストから無罪放免の身となった。
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「エイリアスを目覚めさせる手立てが、見つからない……」
祖国における罪状が抹消され、自由の身となったザリアーナではあったが、しかし彼女の目的は未だに達成されずにいた。
想い人を目覚めさせる為に研究に研究を重ね、仇敵であった導師ジョウとも取り引きをし、アルカナの棺についての知識を得てきた。
だが、いざ彼の治療の為に知識を使おうとしても、そこに必要なピースが見当たらない。
それは、棺ごとに人間に同調する精神パターンや、変調を来たす感情が異なるが故に生じた誤算。
ザリアーナは、愛する人を眠りに追いやった原因を突き止める為に国を出たが、皮肉にもそれが、目的を達成するのに必要な恋人の棺に関するデータを集め損ねる要因となってしまっていた。
幸いにして、彼女のスヴェントヴィトでの社会的地位は復活しており、アーカイヴに記録された過去のデータを閲覧する権限を得ていた。
そして、そこから彼女は三年前の、あの日あの時に時計の針を巻き戻す。
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三年前。
炎上する帝都地下施設において、トリニティアと呼ばれる以前の隠者のアルカニック・ギアと、恋人のアルカニック・ギアが壮絶な戦いを繰り広げていた。
両者の足元には、主を失い動かなくなったアルカニック・ギアが四機。
その中で、唯一生き残っていたのが、エイリアスのアル・ラヴァーだ。
彼は歴代の騎士の中でも特に恋人の棺と相性が良く、実力も群を抜いていた。それに加えて容姿端麗かつ品行方正。
そんな彼が良家の息女でアーカイヴの研究員であったザリアーナと恋仲になるのも当然の結果であり、キール皇帝も次期筆頭騎士団長に最も近い男であると期待をかけられていた。
「この者達の棺は、絶対に渡さんッ!」
「全く、このまま見逃してくれれば良いものを」
アル・ラヴァーの剣が、隠者のギアの右肩を掠める。
ここは、帝国の頭脳たるアーカイヴ。皇帝が西方への視察に赴き、帝都を離れている隙を突く形で、導師ジョウがこの場で謀反を起こしたのだ。
まず手始めに、未だに同調者の見つからない魔術師と吊られた男の棺を入手。
更に異変を認め、駆けつけて来た四人の騎士の命を断った。
既に同調している人間がいる棺を奪うには、その人間を殺める事が最も手っ取り早いのだ。
ジョウはそこから月の棺を回収するが、そこに駆けつけたエイリアスと交戦し、他の棺を手に入れる事が出来なかった。
しかし。
「エイリアス……!」
「なっ、ザリアーナ?!」
崩落しかけた施設の中に想い人の姿を認め、彼は思わず彼女を庇うように、ジョウの攻撃を受け止めた。
だが、事はそれだけでは終わらなかった。
突如として、アル・ラヴァーから光が溢れ出し、ジョウの機体を押し返したのだ。
何が起きたのか分からないまま、ジョウはその場から姿を晦まし、そしてアル・ラヴァーは機能を停止した。
残された機体にザリアーナが駆けつけ、コクピットを開けると、そこには意識を失い昏睡状態に陥ったエイリアスの姿。
この時は、すぐに目覚めると思っていたが、三日経っても、一週間が経過しても、一ヶ月を過ぎてなお、彼は目覚める事は無かった。
そしてそれから暫く経ち、ザリアーナはエアルフを持ち出し、出奔した。
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当時のレコーダーの記録を確認し、ザリアーナは苦い過去の思い出に浸っていた。
「あの時……」
ふと、口が開く。
あの時、明らかにアル・ラヴァーは想定以上の出力を発揮していた。
それは、機体の表面装甲が溶融していた事からも明らかだ。
そして、その過剰出力が、エイリアスを深い眠りに就かせる要因となったであろう事は間違い無い。
だが、エイリアスとアル・ラヴァーの繋がりは、未だに維持されており、放置されて久しい機体が自己修復を行った事からも、それは確かなモノであった。
「そもそも、何故アルカナの棺は、そタロットなんて遥か昔の絵図を司っているのか……」
アル・ラヴァーの棺は恋人。
その単語に、ザリアーナはエイリアスが想い人を守る為に想定以上の力を引き出したのではないか、と仮定するが、すぐにその考えを取り下げる。
まさか、そのような事があるものか。
強過ぎる想いによって、彼が自滅に近い結末を迎えたなどと、ザリアーナは考えたくも無かった。
しかし、その過剰出力が発生したタイミングとシチュエーションが、取り下げようとしていた仮設を強く後押しする。
あの時、ザリアーナはエイリアスに強く助けを求めていた。恐らく、エイリアスもザリアーナを助けたいと強く思っていたに違いない。
両者の精神が棺に作用したのであればどうなる。
古今、一つの棺に同時に二人の同調者が現れたという例は無い。
しかし、恋人の棺が、その名の通り恋人同士を同調者とする事が出来る特殊な棺だとしたら。
考えるよりも早く、ザリアーナは行動を起こしていた。
向かうべきはアーカイヴの格納庫。今は封印されて久しい、アル・ラヴァーの下。
「頼むわよ……」
ザリアーナはそう言って、アル・ラヴァーのジェネレーターブロックを開放し、アルカナの棺に手を当てた。
眩い光が、棺から漏れ出す。
「やっぱり……私も、この棺に選ばれていたんだ」
そう。
棺と同調していたのは、エイリアスだけでは無かった。
彼と相思相愛の仲にあったザリアーナもまた、恋人の棺に見初められていたのだ。
そして三年前のあの日、二人の想いを受けて棺が暴走。結果として棺との物理的距離の近かったエイリアスの精神が棺に取り込まれてしまったのだ。
「全く、こんな簡単な事に気が付かないなんて……」
ザリアーナは、涙を流しながら棺に取り込んだ精神の開放を命じた。




