第四十六話 合流
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「これが……」
高く切り立ったテーブルマウンテンと、その頂から重力に従って降り注ぐ水のカーテンをエアルフのコクピットから見上げ、アルエは思わず息を呑んだ。
その高さは、エアルフが見上げてもその上を望む事が出来ない程のものがある。
「そう、これがレシェア大瀑布。ここを登った先に、私達が目指すペラウンがある」
ザリアーナはそう言って崖の頂上を指差すが、ここを登るルートが一切見当たらない。
どうやってこの崖を登るのかと聞こうと思った矢先、突如として大量の水と共に複数の物体が落下し、滝壺に水柱を作り上げた。
「な、何!?」
「ペラウンからの輸出品だよ」
「輸出……?」
驚くアルエとネインを他所に、ザリアーナは涼しい顔をして滝壺から浮かび上がるそれを眺めた。
巨木。
そう、巨木だ。それも、スートアーマーであっても持て余す程のサイズの物が、立て続けに落下してくる。
ペラウン樹国は、「樹国」の名の示す通り、国土の大半を樹海が占めている森林国家であり、そこを覆い尽くす木々を伐採し、他国へと輸出する事で外貨を獲得しているのだ。特に、この標高から落とされてなお品質を保っているという事実は、木材のブランドイメージの強化にも繋がっており、それがペラウン製木材の需要を生み出している。
そして、この輸出を仲介する事で、マハリもまた交易国家としての地位を確たるモノとしていた。
そういった社会の成り立ちに理解を示しながら、アルエはここに来る前に別れた二人の顔を思い浮かべる。
「一世達、大丈夫かな」
「うーん、想い人を心配する女性の顔になっているね」
アルエの顔を、ザリアーナはにやけた表情で覗き込む。
想い人の一言を必死に否定するアルエではあったが、ナカルの街に向かう前、一世に別行動を告げられたあの時の事を考えていた事は確かだった。
一方のザリアーナも、せっかく見つけたアルカニック・ギアが失われないよう、心の内で祈っていた。あれが無ければ、彼女は自分の目的を達成出来ないからだ。
「何、あれ」
川の向こう側に、物々しい一団の姿を認め、アルエは思わず指を指した。
「あれは、まさか……けれども、何であんな所に」
その一団の装備が何かを理解し、ザリアーナは警戒を強める。
あれは、スヴェントヴィト帝国の聖封騎士団。その一部隊だ。
かつて帝国の研究機関に所属していた彼女だからこそ、一行の中であの部隊がこの場にいる特異さに気付く事が出来た。
「それは我々と、あなた方を狙っての行動ですよ」
背後からの声に、思わずザリアーナは乗っていた機体ごと声の主の方へと頭を向ける。
視界の先には黒い靄のようなものが立ち籠めており、エアルフのセンサーが、その中から高エネルギー反応を捉える。
それが何であるか、そして、先程の声の主の正体を、ザリアーナは知っていた。
「まさか、吊るされた男の閉鎖空間ゲートッ!?」
「お久しぶりですね、ザリアーナ博士。三年ぶりでしょうか」
靄の中から、異形の機体が姿を表すと、胸部のコクピットハッチが開き、男が顔を出した。
「本庄……孝介!」
ザリアーナが、歯を震わせながら、強張った声でその男の名前を口にする。
黒かった髪はまるで漂白されたかのように真っ白になっていまが、間違いない。
三年前、アルカナの棺を奪って何処かへと去っていった、あの男。そして、自分の想い人をベットの上から動かなくした張本人。
ザリアーナがこの男に向けるべき感情は、怒りと敵意以外持ち合わせていなかった。
「いやはや、懐かしい名前だ。だけど、今の私は導師ジョウの名前で通っていましてね……それに」
飄々とした態度を貫きながら、本庄……ジョウは自身の目的を明かす。
「今回は、私はあなた方を助けにこの場に来たのですよ」
その言葉とともに、ジョウは黒い靄でエアルフを包み込んだ。
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時間は、アルエ達がレシェア大瀑布にたどり着く以前に遡る。
「さて、この先の行動ですが、恐らく聖封騎士団は我々を狙ってくる事でしょう」
この世界の成り立ちとアルカナの棺の関係についての説明を終え、ジョウは早速話題を変えた。
当人としては、こちらの方が重要な事なのだろう。
「いや、こっちの行方を探すよりも、多分餌を用意してくる可能性の方が強い」
ジョウの言葉に、一世は真っ向から反論。ジョウはすぐにその根拠を求めた。
「あの二人の騎士……マルコとポーロは、俺がアルエやザリアーナさんと行動を共にしている事を知っている。だから、別行動している所を捕まえて、人質にする可能性もある」
それは、成り行きとは言え自分達の旅の目的を語ってしまったが故の可能性の一つ。だが、相手は曲がりなりにも騎士を名乗っている。そのような手を使うような精神を持ち合わせていない事を、一世は祈る。
「ふむ、なるほど……その可能性もありましたか」
一世の心配を他所に、ジョウは未来予測を行い、それが実行されるであろう事を確信する。
「先程垣間見た未来によると、敵は確かに彼女達の事を人質にしようとするようです」
「マジかよ……」
漫画や小説のような騎士道精神は、どうやら期待出来そうにないと、一世は肩を落とす。しかし、それで一世に不利益が生じるのも、ジョウとしては見過ごせない事象である事には変わりはなく、ジョウは一世に対して、こう持ち掛けた。
「では、私が彼女達を保護しましょう」
必要とあれば大勢の人命を見捨てていた筈のジョウからそのような言葉が出る事は、一世にとっても想定外の事態であった。
しかし、どのような事情があるにしても、ジョウがアルエ達に危害を加えないという事実は、彼に一応の安心を齎す事になった。
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閉鎖空間へと誘われたアルエは、そこで一世とシイナと合流し、再会を喜んだ。
お互いに、スヴェントヴィトから追われる身となっている事を知り、情報を交換しあう。
だが、この空間の主を協力者として見ていいのか、アルエは悩んでいた。
ザリアーナが語った彼女の過去に、導師ジョウと呼ばれる男は深く関わっているからだ。その上、ジョウがシイナの背後にいた人物であると知り、次から次へと降りかかる情報を頭の中で整理する必要が生まれていた。
「何か、すまなかった。こっちもこっちで、色々と抱え込んでたんだ」
「いいよ、別に。それよりも、これからの事を考えないと」
頭を下げる一世に対して、アルエは視界の隅でザリアーナをちらと見ながら今後の方策について議論する事を提案する。
もしかしたら、選択次第によっては彼女と別れ、下手をすれば敵対するかもしれないのだ。慎重に事を運ぶ必要が、二人にはあった。
「ともかく、一世が聞いたアルカナの棺の経緯。それにザリアーナさんの事情を鑑みると、あのジョウって男とは、縁を切っておいた方がいいように思うわ」
「けど、それだとシイナはどうなる?」
そう。シイナは今、記憶の一部を取り戻しているが、未だにジョウの手足として動いている事に変わりない。
彼女と敵対すれば、容赦なく攻撃してくるのは確実だろう。
アルエも、出来る事なら親友とは戦いたくはない。
「だったら、取るべき道は一つだな」
そう言って、一世は顔を上げる。
一世の考えた取るべき道。それは、ザリアーナとジョウ、両者の利害を一致させる事だ。
とは言え、それが恐らく茨の道であろう事は、アルエはすぐに理解できた。
想い人を奪った相手と共闘させるなど、世界がひっくり返っても出来るかどうか。
だが、それをやらなければ、シイナとアルエは敵対する事もあり得るのだ。
何より、それによって作られるであろうアルエとシイナの悲しむ顔を、一世が見たくなかった。




