【第3話】頼んでいない検問所と、最強の門番
「……ふぁぁぁぁ。今日もいい天気」
翌朝。
私は麻のワンピースに袖を通し、縁側から差し込む柔らかな朝陽に目を細めた。
昨日は散々だった。平穏なスローライフ初日に血まみれの巨漢が転がり込んできて、肋骨の間に太針を突き刺す羽目になるなんて。
だが、嵐は去ったのだ。
傷口のドレーン(排気管)の管理法と、安静を保つように口酸っぱく言い含めて冒険者たちを追い出した。
今日こそは、誰にも邪魔されず、ポカポカの陽気の中でハーブティーを飲みながら読書とお昼寝を満喫するのだ。
「よしっ、まずは朝の深呼吸――」
カチャリと木製の玄関ドアを開けた、その瞬間。
ドゴォォォォンッ!!
カンッ! カンッ! ギギギギギッ……!!
「……え?」
私の鼓膜を容赦なく破壊する、けたたましい木槌の音と金属音。
見慣れたのどかな庭の風景は、そこには存在しなかった。
私のボロ小屋の敷地の入り口――昨日までは野の花が咲き乱れていた小道に、巨大な丸太を幾重にも組み上げた、高さ四メートルはあろうかという物々しい防壁と跳ね橋が鎮座していた。
砦だ。どう見ても軍用の検問所である。
そしてその関門の頂上に、包帯を胸に巻いた上半身裸の巨漢が、巨大な戦斧を担いで仁王立ちしていた。
「おぉっ、先生! お目覚めになられましたかッ!!」
バルガスだった。
「………………は?」
「我が命の恩人たる先生が、森の凶悪な魔獣や不埒な賊に脅かされることのないよう、一晩かけて砦を築かせていただきました! 今日よりこのバルガス、先生の平穏を守る最強の盾となりましょうぞッ!」
ガハハハハ、と胸を張って豪快に笑う大男。
私は三歩後ずさりし、こめかみを押さえた。
「ちょっと待ちなさい筋肉ダルマ!!」
「はっ! なんでございましょう!」
「なんでございましょう、じゃないわよ! まず第一に、安静にしなさいって言ったでしょ!? 肺の穴は塞がりかけなんだから、大声を出すのも重労働も絶対安静の禁忌事項! 創傷治癒って言葉を知らないの!?」
「ハッハッハ! ご心配なく! 先生に胸の悪霊(空気)を抜かれて以来、以前の三倍は息が深く吸えるようになりましてな! 力が有り余って仕方がなかったのです!」
「生体力学を力技でねじ伏せるな! ……それと第二に!」
私は目の前にそびえ立つ、トゲ付き丸太のバリケードをビシッと指差した。
「その物々しい砦は何!? 私の平穏を一番ぶち壊してるのはあんたのその工事音よ!!」
「先生のご意向通り、敷地内には蟻一匹通しませぬ! 今朝方も、薬草を買いに来たとかいう麓の商人を三人ほど追い払ってやりました!」
「私の唯一の収入源を断つんじゃないわよバカァァァッ!!」
私の絶叫が森に木霊した。
だが、バルガスは感動の面持ちで「うむ、さすが先生、朝からお声に張りがある」と勝手に頷いている。話が通じない。体育会系の脳筋特有の、純粋無垢な善意の暴走だ。
「……はぁ。もういい、疲れた……」
私は額に手を当てて深くため息をついた。
文句を言おうにも、あの巨躯を力づくで退去させる筋力は私にはない。
「……まあ、いいわ。誰かが勝手に敷地内に入ってこないなら、実質的には防犯になる……のかしら……? うん、そう思い込むことにしよう……」
私は現実逃避するように踵を返し、ドアをバタンと閉めた。
これが、私の診療所が「物理的要塞」へと変貌していく第一歩だとは、この時の私はまだ認めたくなかった。




