Ep⑧外伝 悪役令嬢は修道院で聖女になることにしました。その1
クレアは貴族階級の家に生まれながら、家の台所事情は火の車であることを理解していた。
従って、自分たち3人姉妹の結婚に伴う持参金など、とてもではないが難しい状況だというのは長女の自分にも十分分かっていた。
そのうえ、華やかな顔立ちと妖精のように華奢な二人の妹に比べて地味な顔立ちな事もあり、両親は妹達に良い縁談の可能性をかけているのは明白だった。
しかし、クレア自身は愛や恋よりも本を読んだり、そのほかは庭で土いじりをいる時間が一番充実していたので、存外なんとも思っていなかったのである。
父親に似ていたことに加えて、庭に出てる時間も長かったので、まさに健康優良児というべき見た目だった。
だから子供の頃に修道院に初めて足を踏み入れた時は、こここそが自分の居場所だと思った。
本は読めるし、何より畑と美しいハーブ園を見た時は小躍りしそうになったほどだ。
ここで働きたい。
聖女になることは生涯独身を誓うことになるけれど、一向にかまわなかった。
好きなことがそこそこできて、3食が保証されているのだ。
だから両親に修道院に入りたいと言ったときは、随分驚かれたが、元来見た目も趣味も地味な性分の娘にとって悪くない選択だと思ったようだ。
聖女を目指すには少々不順な動機ではあるが、15歳になると修道院へ入ることとなった。
聖女になるには、数年かけて段階を経て修行を積んでいく。
その間に、本当に聖女の適性があるか自問し、神官や修道院長などにその都度見極められる。
綺麗なドレスも美味しい食べ物にもそれほど興味がない自分にとっては充分な生活だった。
そもそもそんなに欲のない自分には、我欲を持たず不遇な人々に寄り添うこともそれほど苦ではなかった。
3年目のクレアは、上手くいけばあと2年ほどで生涯誓願を立てれば正式な聖女と認められる。
その修行の一環で今回は奉仕活動として人里離れた山のふもとの診療所に行くことになった。
だが、これが運の尽きだった。
「セントジョーンズワートから名づけられたんだ」
その名の薬草を摘みながら、そういうこの人はこの屋敷の主であるレイブン卿の子息、ジョン・レイブン。医科大学に通うアンジェリカの兄だ。
「アンジェリカも同じくハーブにちなんでね。亡くなった母が名づけたんだ」
そのお母さまは自分と同じ修道院の出身だという。
修道院のハーブ園で知識を身に着けた聡明で美しいお母さまだったと聞く。
妹のアンジェリカを見ていると母親の美しさは想像できた。
彼女は忙しいながら、しっかりものでこの屋敷を縁の下から支えてきたようだった。
クレアと同じく、あまり目立つことは好まず、とても話が合う相手だった。
それはそうと、ジョンに薬草を摘むのを手伝ってほしいと言われてきてみたが、なぜこんなに近くで薬草を摘んでいるのだろう。
お互いの肩が付きそうだ。
「あの、ところで君は、その、生涯誓願はまだなんだよね?」
ジョンが言いにくそうに聞いた。
「ええ、そうなの。でもあと2~3年で聖女として認められるように……」
「ように?」
ジョンがこちらをみて微笑んでいる。
そんなに見つめられると、心臓が飛び出しそうだ。
「……ように、修行中なの」
顔が熱い。
クレアは、これは一体どういうことかと自分の気持ちに狼狽えていた。
ジョンが赤い花をひと房摘んでクレアに手渡した。
「はい、これはゼラニウム。花言葉は”君ありて幸福”なんだ。いつもありがとう」
「ありがとう」
ジョンは先ほどからずっとクレアを見ているが、クレアは目を合わせることができない。
伏し目がちのまま花を受け取るので精一杯だった。
自分はいつからこんなふうになってしまったのだろうか。
神に誓ったあれやこれやは固い決意のもとにあったはずなのに。
自分は修業が足りないのか。
自分の煩悩を捨てきれていなかったか。
いや、クレアにとっては初めて抱える気持ちなのだから、捨てるも何もないのである。
「メアリー様、私はまだ自分に勝てないのかもしれません」
ある晩、クレアは深刻な顔をして、メアリーに告白した。
「あらあら、クレア……好きな人でもできたのね?」
「いや、あの、まだ好きとか、自分ではよく分からないのです。でも、なぜ分かるのです!?」
「顔を見てればわかるわ」
「…メアリー様、お聞きしても良いでしょうか」
「私が、なぜ処女ではないかって聞きたいのでしょう?」
「そんなあけすけに……」
「まあ、いいじゃない」
メアリーはいたずらっ子のように笑っている。
メアリーは「ちょっと奮発しようかしらね」
そういってラベンダーのお茶を入れ始めた。
ラベンダーの香りが部屋に広がる。
「昔、好きな人がいたのよ」
メアリーは懐かしそうに話し始めた。




