Ep⑦虹の彼方へ(第1章最終話)
「…なるほど、人質という訳ですか」
ユージーンは何かを企んでいるかのようなミハイルを見た。
「まあ、そんなところだ。でも、悪いようにはしない」
ミハイルの腹のうちはなんとなく想像できた。そして自分と同じ考えであることも。
「伯爵はどうします?」
「すぐにでもそちらに首を渡したいところだが……。こちらも何も調べていなかったわけではないのでね。今、衛兵たちが逮捕に向かっている。今後、王都で裁判にかけられるだろう」
ミハイルの提案にユージーンはしばし考えていた。
自分には帰るところなどなくなったも同然の存在だった。
王子としての肩書など、もはや駒としての役割しか持たぬものとなり下がっている。
ならば、相手にとって手放しにくい駒となってしぶとく生きる道もあるのかもしれない。
「良いでしょう、こちらには思いのほか美しい天使もいるようですし」
「おや?それは…、我が帝国の天使に手を出されるのは困りものだな…」
ミハイルとユージーンの間にぴりついた空気が漂った。
ミハイルはユージーンに意味ありげな表情を向けた。
「手前味噌だが、うちの14歳の妹は美しい母に似ていると評判でね。聡明で気立ても悪くない」
「……年下か、悪くないな」
美しく聡明な少女と聞いて、ユージーンの表情が変わった。
「それは一度お会いせねばなりませんね」
ユージーンの言葉にミハイルの表情が少し緩んだ。
「そして、こちらが私の父ウェルズ帝国皇帝よりそちらの国王陛下にと送られてきた書簡だ。屋敷の周りに隠れている兵士にでも届けさせるといい」
訳知り顔でユージーンを見た。
「……ふっ、何もかもお見通しということですか。いいでしょう、父上には私がこちらで手厚く保護されていると伝えましょう」
こうして大きな犠牲を払いながら、ウェルズ帝国とイングリット王国の双方にしばらくの休戦協定が結ばれた。
ミハイルの騎士団一行は、ユージーンらとともに王都に帰還することが決まった。
それに伴い、今回の戦闘の原因及び隣国イングリット王国王子への暗殺未遂の罪で伯爵も王都での裁判にかけられることとなった。
王都に戻る前に、ミハイルはジョージにこれまでの屋敷での献身に感謝し、王宮の侍医としてアンジェリカと共に入ってもらえないかと打診した。
ジョージの返事はジョンが医科大学を卒業して、屋敷を任せられるようになれば、とのことで返事は一旦保留された。
「母君の名誉もきちんと回復させていただきます」
ミハイルからアンジェリカたちに伝えられた。
今後、聖女として名を刻まれるという。
ジョージは目を潤ませて頷き、アンジェリカとジョンも肩を寄せ合って喜びをかみしめた。
出発の朝、屋敷の前に王都から豪華な馬車の列が到着した。
ミハイルは見送りに出てきたアンジェリカに声をかけた。
「君だけでも一緒に王都に来てもらいたかったけれど、父君にやんわり断られたよ」
ミハイルは少しすねたように言った。
「?なぜ?王都には優秀な医師も侍女もいるでしょう?」
「・・・・」
どうやら自分はずっと彼女を見ていたのに、アンジェリカにとって自分は男として見られていないようだった。うすうすそんな気もしていたが、やはり歯がゆさを感じた。
そこへユージーンがやってきた。
「ああ、ウェルズ帝国の天使じゃないか。今すぐ君をさらっていきたいな」
そう言ってアンジェリカの手を取って口づけた。
アンジェリカがまたか、という表情であきれている。
その後ろでジョージ、ジョン、ミハイルの殺気が漂った。
傍にいた従者のマックスが慌ててユージーンを引きはがし、アンジェリカたちに礼をいった。
「これまで、ありがとうございました。ハンスのことも…」
皆、一様に切ない表情を浮かべて、マックスが持つハンスの遺品が入った箱をみた。
イングリット王国で待つ家族のもとへ届けられる。
ジョージとグレースもこの度の活動を称えられ、国王より召喚されており、ともに馬車に乗り込んでいる。
ミハイルはユージーンに口づけされたアンジェリカの手をさりげなく拭った。
「必ず手紙を書く。それに、またしばらくしたら残りの騎士たちを迎えに来る」
「ええ、待ってるわ」
アンジェリカがミハイルに笑いかけた。
(ずるいな)
そんな笑顔を向けられたらずっと見ていたくなるじゃないか。
そう思いながら、ミハイルはその美しい笑顔を目に焼き付けると、最後に馬車に乗り込んだ。
馬車に揺られながら、王都についたらさっさと仕事を終わらせて、この屋敷を再び訪ねるための算段を始めた。
一行を見送ったあと、少し静かになった屋敷に戻ったアンジェリカは一抹の寂しさを感じながらも、また薬草を摘みに畑へ向かった。
畑の中にオリヴィアの小さな背中が見えた。
後ろにそっと近づくと、かすかな声で「ミント、ラベンダー、カモミール」と言いながら薬草を摘んでいる。
アンジェリカが話せなくなったオリヴィアと畑にいるときに教えたものだ。
オリヴィアの小さな声が確かに聞こえた。
アンジェリカは目に熱いものがこみ上げて、思わず空を見上げた。
山の峰に祝福するように美しい虹がかかっていた。
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ミハイルとアンジェリカのお話は一旦おしまいですが、予想以上に読んでいただいているようで、ほかのメンバーで続きを執筆中です。よろしければブックマーク、評価、感想などいただけますと嬉しいです。




