Ep⑥勇敢な騎士
残酷な描写があります。苦手な方はご注意ください。
注意:この作品はフィクションです。作中の診断や治療を現実に行うことは大変危険が伴います。実際の健康上の問題に関しては必ず医師や医療機関にご相談ください。
「アンジェリカっていくつなんだ?」
「17歳です」
「俺の2つ上か!」
「まだ起きないでください。薬が塗れません」
アンジェリカはユージーンの軟膏を塗りに来ていたが、なかなかじっとしていない彼に手を焼いていた。
「……恋人とかいるのか?」
「殿下にお知らせするほどのことではありません」
「おれは年上でも全く気にならないぞ」
「なんの話ですか?っていい加減じっとして!」
アンジェリカがまた起き上がろうとするユージーンをベッドに押し倒した。
「ああ、年上に押し倒されるのも良いな」
うっとりとした表情を浮かべるユージーンの言葉にアンジェリカは侮蔑の表情で見下ろした。
「ねえ、そんな目で見ないでくれ」
今度は媚びたような上目遣いでこちらを見ている。
アンジェリカは呆れて脇腹の傷に軟膏を塗った。
「いってえ!!」
ユージーンが脇腹を抱えてうずくまっている。
アンジェリカは手加減を間違えたかと心配になって顔を覗き込んだ。
「で、殿下、大丈夫ですか?」
「いやあ、俺のことをそんなに心配してくれるのか?」
そういうとユージーンは年の割に妙に色っぽい目つきでアンジェリカに顔を近づけた。
と、すぐさま脇腹に薬が塗りこめられた。
「ああっ!!」
ユージーンが再び震えてうずくまっている。
部屋にいた従者のハンスが「何も見ていません」と言わんばかりに窓の外を見ていた。
ハンスはユージーンと同い年の乳兄弟だと言っていた。
その時、ハンスの目に畑ににいるメアリーとオリヴィア、その少し先に黒く大きなものが動いているのが見えた。
「クマだ…」
そうつぶやくとハンスは剣を携えて慌てて外へ降りて行った。
メアリーとオリヴィアはまだ気づいていないようだが、クマの方は駆け出している。
小さいオリヴィアに狙いを定めたようだ。
ハンスがオリヴィアとクマの間に入って剣を振り上げた。
しかし、その刹那立ち上がったクマの一撃がハンスの胴体を引き裂いた。
倒れこんだところで後から駆け付けたもう一人の従者マックスがボウガンでクマに何度も打ち込み、クマは去っていった。
マックスはオリヴィアをメアリーに託し、倒れているハンスを見た。
傷は内臓が見えるほど引き裂かれていた。
「しっかりしろ!今すぐ治療してもらう」
アンジェリカがジョージをすでに呼びに行っていた。
しかし、傷を見たジョージの顔は険しかった。
離れの中へ運ばれたハンスが言った。
「…レイブン卿、もう充分です。静かに…いかせてください…」
先ほどから懸命に止血しようとしていたジョージはぎゅっと目をつぶって唇をかんだ。
そうして、今患者に出来る唯一のことをするべく口を開いた。
「……メアリー、彼に最後の祈りを」
ジョージはそばにいたメアリーに言った。
「……分かったわ。グレースとクレアを呼んできてくれるかしら」
メアリーの声がかすかに震えている。
アンジェリカがオリヴィアを連れて二人を呼びにいった。
「ハンス、まだ死ぬな。必ず一緒に帰ると約束しただろう」
ユージーンがハンスの傍らで声を震わせて言った。
「殿下、あなたにお仕えすることができて光栄でした…どうか母と妹をよろしく頼みます」
「お前の母は私の乳母だろう。心配するな。最後まで面倒見てやる」
ユージーンは拳を握って込み上げるものをこらえていた。
「……聖女様、僕は多くの者を殺しました。もはや地獄へ行くのは避けられません」
メアリーに向かって、諦めたような笑みを浮かべてハンスはいった。
「あなたに罪があるとして、それを悔いる者にこそ虹の門は開かれるのです」
メアリーがハンスの額にそっと手を置いた。
まるで母親が息子を寝かしつけるようなしぐさだ。
「あなたは異国の地で子供と聖女を救った立派な英雄ですよ。ありがとう」
グレースとクレアが離れに到着した。
3人の麗しい聖女たちの祈りの中、若く勇敢な騎士は静かに永久の眠りについた。
その日のうちにユージーンの従者が亡くなったことはミハイルの耳にも入った。
「…そうか、彼を手厚く葬れるよう手配してくれ」
そう配下の者に指示した。
屋敷から馬車で30分ほど離れた教会の墓地にユージーンの従者ハンスは埋葬されることになった。
屋敷の患者たちはジョンとクレアに任せ、葬列にはユージーンとミハイル、それぞれの従者が馬に乗って付き添い、ジョージ、アンジェリカ、聖女の2人とが馬車で墓地へ向かった。
まだ新しい墓標が並んでいる。
今回の戦闘で亡くなった者たちのものがほとんどだった。
ミハイルの手配でハンスの名が刻まれた立派な墓標が立てられ、ユージーンから花が手向けられた。
聖女たちが祈りを捧げ、聖歌にはアンジェリカも加わった。
救えなかった者たちへのせめてもの慰めだった。
ハンスはもちろん、今回の戦闘で命を落としたすべての者に捧げられているようなその歌声は、まるで虹の彼方まで響くようだった。
翌週、ミハイルは書簡を携えてユージーンのいる離れを訪ねた。
テーブルを挟んで向き合い、ミハイルが口火を切った。
「ユージーン殿、中央の王宮に移らないか?」
呆気に取られているユージーンにミハイルはいった。
「このくだらない戦闘を終わらせるぞ」




