Ep⑤2人の王子
ユージーンが心なしか不遜な態度でミハイルを見ている。
「ふっ。まさか。ここで会うとはね」
ミハイルは意外な人物に驚いていた。
「此度の戦、皇帝の愛妾である母が企てた兄上の暗殺計画が発端ですが、そちらの伯爵がかかわっているのが露見していましてね」
ユージーンがミハイルを睨むように言った。
「伯爵は濡れ衣だと言っているが、証拠は?」
「伯爵が差し向けた密偵の証言と二人が交わした書簡も母上の部屋から見つかっていますよ」
「……君の母上はどうなった?」
「今は投獄されています。近いうちに処刑されるか、良くて生涯幽閉でしょうね。そして皇太子になり損ねた私はこうして前線に送られた。つまり伯爵の首を取るまでは生きて帰るなということです」
「君は王位を継ぐつもりだったのか?」
「いいえ、私と兄上は仲がよいのですよ。ただ母が父上の寵愛を失えば居場所がなくなることを危惧したのでしょう。知っていれば止めていました」
「…伯爵はなぜ加担したかは?」
「私が皇太子になった暁には伯爵の娘を妃に迎えることを見返りにしていたそうです」
それを聞いてミハイルは大きなため息をついた。
浅はかで欲だけは深そうな伯爵を思い出していた。
そして本人のあずかり知らぬところで担がれていたユージーンを見た。
ユージーンを殺せば、今度はそれを理由に更に攻めてくるだろう、逆に生かしても逆賊に与したと見なされる。
「貴殿の状況は承知した。処遇についてはしばらく預からせてくれ。その間、兵たちには一切手を出させないよう周知すると約束する」
ユージーンは黙って聞いていた。
ここまでくれば籠の鳥同然だった。
「その代わり、この屋敷からは出ないでくれ。外の兵士までは統率が取れる保証はない」
「良いでしょう……承知しました」
2人の話がまとまったところでジョージが立ち上がって2階に声をかけた。
「アンジェリカ、けが人を二階へ戻すから、降りてきなさい」
オリヴィアを抱えてアンジェリカが戻ると「外の空気を吸わせるわ」
そういって離れの外へ出た。
「あの子は?」
ミハイルがジョージに訪ねた。
「村の外れに住んでいた子供です。両親は兵士に殺され、孤児になったと」
「イングリット王国の兵士が?」
「いいえ」
ジョージが苦々しい表情で首を振った。
「あの子の母親はイングリット王国の出身でした。それで逃げてきた兵士を手助けしたのです。それを耳にした伯爵さまの騎士団の一部が両親に詰めより、殺気立った彼らは問答無用で…なぶり殺しです」
ジョージの悔しそうな表情にミハイルの顔も暗く沈んでいく。
「翌日後片付けに来た人夫が両親の傍らで呆然自失だったあの子を見つけたそうです……それからあの子は話せなくなったと聞いています」
それを聞いていた者たち皆が言葉を失った。
ユージーンが愕然として言った。
「そんな…あの子の両親が助けたのは私たちだ…」
離れを出たあと、ミハイルはアンジェリカを探した。
畑の方に向かうと、緑に囲まれたアンジェリカがいた。
「アンジェリカ、だましていてすまなかった」
「いえ。ミハイル殿下、私の方こそ存じ上げなかったとは言え、これまでの無礼をお許しください」
そう言って膝を曲げて頭を下げた。
「やめてくれ、今まで通りトムで構わない」
アンジェリカのよそよそしい態度にミハイルは寂しそうに言った。
アンジェリカを夕日が照らしている。影が彼女の凛とした顔をさらに美しく縁取っているようだった。
ミハイルは自分の方を影武者ということにしてケガが治るまでの間こちらに隠されていたが、いっそこのままバレなければ良いとさえ思っていた。
自分の正体を明かせば、彼女は自分から距離を置いてしまうだろう。そうなる前に彼女の心を振り向かせたかった。それまでケガが治らないように祈ってもいた。
「アンジェリカ、私はあと少しで腕の包帯も取れるそうだ。そうしたら又前線へ戻る」
「そんな…」
アンジェリカが悲痛な表情を浮かべた。
治しても治しても、また戦場に送り出されることへの腹立たしさをどこにやればいいのか分からなかった。
「大丈夫。俺は初めて生きて戻りたいと思っている。君に必ずまた会いたい」
どこか泣きそうな顔のミハイルの言葉にアンジェリカはどう返事をしていいか分からなかった。
「約束してください。必ず生きて…」
言い終わる前にミハイルが彼女の肩に顔を乗せた。
「本当は怖い。今度襲われたらどうなるか、分からない…」
しかし、ほかの兵士たちを差し置いて自分だけここに居続けるわけにもいかないことも、自分の影武者にどれほどの危険を背負わせているかもミハイルは分かっていた。
「……神様があなたを連れて行こうとしても、私たちが必ず連れ戻すわ」
アンジェリカはミハイルの背中を労わるように、そっと腕をまわした。
それは、恋でも愛でもない、ただただ相手への労わりだった。
「……必ず戻る。必ずこの戦闘を終わらせる」
ミハイルの声は静かな決意を含んだような声だった。
ミハイルは顔を見られないように、彼女から踵を返すと屋敷へ戻っていった。
今は彼女の顔を見られなかった。
アンジェリカは彼の何もかもを背負っているような背中を見ていた。




