Ep11 外伝 悪役令嬢は修道院で聖女になることにしました。その4
「それにね、死んだ人には敵わないもの。どんなに時間がたっても彼女は美しいまま彼と子供たちの中に残っているの。たとえ傍に居られたとしても、そんな人の隣に居続けるなんて耐えられないとも思ったのよ」
グレースは泣きそうなのをこらえて笑顔になったような顔をしている。
クレアは想像しただけで切なくなった。
残された者に出来るのは故人を忘れないことではあるけれど、それは傍らにいる別の誰かにとっては辛いことでもあるのかもしれない。
「だから、私はそのまま聖女として生涯彼女をを弔うことを選んだ。でも、もし誰かの”ただ一人の人”になれたのなら、違う選択をしたかもしれない」
クレアの胸はぎゅっとなった。
自分はどうだろうか。誰かのただ一人の人になれるのなら、どうするだろうか。
「あなたがどんな選択をしても私は責めないわ。でも、どうするか決めるのはジョンが大学を卒業するまで待ってみてもいいんじゃない?」
「えええ?」
「ん?ジョンじゃないの?」
「いえ、あの、なぜわかったのですか?」
「なんで分からないと思うのよ」
「・・・・・」
グレースが呆れたように笑っていた。
◇
「ねえ、アンジェリカ、王都に帰るついでにジョンを送っていくけれど、君も一緒に来ないか?」
ミハイルがやっとアンジェリカを掴まえて声をかけた。
ジョンの大学は王都にあるので一緒に乗せてもらえることになっていた。
「なぜ、私も?」
「…ほら、一度は王都も見てみるのもいいかなって」
「うーん…」
アンジェリカは華やかな王都にあまり興味がないようだった。
「王宮にはハーブガーデンがあるぞ」
ミハイルの言葉にアンジェリカの目がきらりと光った。
ミハイルはそれを見逃さなかった。
「それに温室もある」
「伺うわ」
被り気味の返事だった。
「……そういうことなら、私からもお願いがあるのだけど」
アンジェリカが、珍しくミハイルに頼みごとをした。
途中で修道院に寄りたいことと、クレアも一緒に連れていきたいという。
アンジェリカの話を詳しく聞いたミハイルは、「よし、二人を連れて行こう!」
と何やら企むような顔になった。
◇
クレアはアンジェリカたちといっしょに王都に向かうことになった。
アンジェリカに「一度は王都や王宮を見ておくのも悪くないでしょ?」と誘われたのだ。
「王宮のハーブガーデンや温室も見られるそうよ」
そう言われて、二つ返事で行くことにした。
屋敷を出発してから、途中で修道院によることになっていた。。
ジョンとアンジェリカの母の墓があり、ミハイルとクレアもともに花をささげた。
修道院で昼食を済ませた後、ジョンがクレアをハーブ園に連れ出した。
「この前の返事なんだけど……どうかな?」
ジョンが口火を切った。
「あの……本当にどうしてなの。今はたまたま傍にいた女が私だっただけでしょう?それはきっと恋とか愛なんかじゃないと思うの」
クレアの言葉にジョンの表情が変わった。
「……なんで?なんでそんなこと言うの?」
彼のこれほど悲しそうな顔をクレアは初めて見た。
「だって……」
クレアは言葉に詰まった。
メアリーにとっての侯爵様のように、ジョンだっていつか”間違いに気づく”日が来るかもしれない。
そうなった時、自分はどうなるのだろう?
メアリーとは逆に、還俗して修道院を出てしまえば自分はどこに居場所があるだろうか。
「君は僕の気持ちが嘘や軽薄な思い付きだと思ってるの?」
「……そうじゃないけど、この先、ほかの女性と出会うことだってあるでしょう?」
「ねえ、他の女性って……君に何がわかるんだ?」
「あなたに相応しい、爵位持ちの家の令嬢とか、豪商の娘とか、美しくて儚げな、きっとあなたの理想に合う女性よ?考えてみればわかるでしょ?」
2人の間に重い沈黙が流れた。
「……死なない人」
ジョンが、沈黙を破るように呟いた。
「え?……」
クレアは一瞬息を飲んだ。
「僕の理想は、若くして、二人の子供を残して死んだりしない人だ」
伏し目がちなままジョンがはっきりと言った。
今度はクレアが泣きそうになった。
「美しくて儚げ?そういう女性が好きな男は確かに多いよ。でも、僕はいつか消えそうな女性より、ずっと……」
ジョンが言葉を無くした。
「いつか、あの屋敷で一緒に生きていける人だよ。君しかいない」
ジョンが思い直したように言った。
クレアはグレースの言葉を思い出した。
”誰かのただ一人の人になれたのなら”
今、ジョンは確かに「君しかいない」といった。
クレアの頬に涙が伝った。
それを見てジョンが慌てた。
「ご、ごめん、責めるつもりはなかったんだ。でも、僕の気持ちは本当だ。それだけは分かってほしい」
「違うの、本当に、どうしたらいいのか、分からなくて……」
クレアの目から涙が次から次から溢れてくる。
「うん、すぐじゃなくていい、君の答えが出るまで僕はずっと待ってる」
ジョンが、そういってクレアにハンカチを差し出した。
柱の陰で二人の会話を聞いていたアンジェリカの頬にも涙が伝っていた。
同じく隣にいたミハイルが、そっとアンジェリカの頭を抱え寄せた。




